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2020/01/04

【仏像】石塔のなかから700年ぶりに見つかった白鳳仏/般若寺(奈良市)

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 コスモス寺として有名な般若寺。コスモスはもう終わりかけでしたが、すばらしい白鳳仏を拝むことができました。




寺院名】真言律宗 法性山 般若寺(はんにゃじ)
【公式サイト】http://www.hannyaji.com
【住所】奈良県奈良市般若町221
【拝観日】2019年11月5日
【拝観】毎日拝観可。通常拝観500円。秘仏特別拝観はプラス200円
【仏像】⦿国宝 ◎重要文化財
◎秘仏阿弥陀如来 金銅造 像高40.9cm  白鳳時代 お姿1お姿2
◎胎内仏三尊 お姿1
  地蔵菩薩 紫檀材 一木造 像高9.8cm 平安時代
  大日如来 桧材 一木造 像高5.2cm 平安時代
  十一面観音菩薩 金銅造 像高11.8cm 平安時代
◎白檀四天王立像 江戸時代 お姿
◎厨子入金銅製十一面観音像 お姿
 薬師如来坐像 お姿
 木造阿弥陀如来立像(焼けあみだ) 木造 一木造 平安時代

◎八字文殊菩薩騎獅像(般若寺本尊) 鎌倉時代後期 お姿
 不動明王坐像 江戸時代 お姿
 弘法大師像 江戸時代 お姿
 四天王像 江戸時代 お姿
 興正菩薩 叡尊上人 平成の模刻 お姿



 秘仏特別公開は、本堂の裏の宝蔵堂にて行われました。
 まずは秘仏阿弥陀如来。白鳳時代の金銅仏で、像高約40cmの小さな仏様。手と顔が大きく、体が小さい、デフォルメされたプロポーション。お顔は見る角度によってさまざまな表情を見せますが、基本的にはお優しい顔。胴体は、体のラインが出てなくて、「お姿2 」のように正面から見るとこけしのように見えますが、衣紋がとても流麗で、端にギザギザがついていて、「お姿1 」 のように斜めから見ると、服の立体感がよくわかります。右手を挙げ、左手を下げ、来迎印を結んでおります。
 冒頭の写真の石塔は十三重石宝塔と呼ばれ、鎌倉時代の建長5年(1253年)に作られたもので、重文に指定されております。昭和39年(1964年)に大修理が行われたのですが、五重目の内部からこの像が見つかりました。ということは、700年間にわたってこの石塔の中に秘められていたことになります。当初は金色に光り輝いていたそうです。

 で、この阿弥陀如来さまの台座のなかに、和紙に包まれて入れてあったのが、胎内仏三尊(重文)です。一番大きい十一面観音が約12センチ、もっとも小さい大日如来は約5センチと小さいです。備え付けの虫眼鏡で見るのですが、それでもちっちゃくて細かいところがよくわかりません。
 十一面観音は、花びらみたいな光背がついていて、衣服のひらひらも綺麗に残ってます。地蔵菩薩も衣類の表現が細かいです。大日如来は5センチと言いましたが、その3分の1は台座ですから、小さくてよくわかりません。解説によると、宝冠に6体の仏像が描かれているそうです。なんと細かい。

 白檀四天王立像(江戸時代、重文)は、十三重石塔の十重目から発見されたものだそうですが、崩壊を防ぐために、ガラスケースのなかで脱脂綿の上に寝かされ、ホルマリンに浸けられています。小さな黒い仏さまを虫眼鏡でじっと見ていると、オタマジャクシを観察しているような気分になってきます。でも、胎内仏同様、とても精緻に作られています。

 厨子入金銅製十一面観音像(鎌倉時代、重文)は、元禄大修理のときに十三重石塔の八重目から見つかり、厨子に安置されたものとのこと。ということは白檀四天王立像は、このときに逆に納入されたということかな? 小さくてよくわからない仏さまです。

 木造阿弥陀如来立像(焼けあみだ)は、頭部が焼け、手足が失われた仏さま。令和元年の日本は台風などの災害が多かったですが、火災で自分の身を失いながらもなお、われわれを救おうとしてくれる仏さまを見ると、涙が出そうになってきます。

 そのほかにも、いくつかの納入品や、渡海文殊の残骸(?)が展示されておりました。また、年代不詳の塑像の薬師如来坐像も祀られておりました。

 
 さて本堂に戻って、本尊として祀られているのが、鎌倉時代の八字文殊菩薩騎獅像 。ながらく経堂の秘仏だったそうです。鎌倉時代らしい名品で、獅子も非常に生き生きと美しく彫られています。文殊さまは赤茶色をしており、衣の裾やズボン(?)に截金細工が残っています。

 他に江戸時代の不動明王、弘法大師、四天王など。

 般若寺の所有として平安初期の銅造薬師如来立像(重文)がありますが、奈良国立博物館に寄託されているようです。

 ところで般若寺といえば、客殿の建物が東京都港区白金台に移築され、荏原製作所の創業者の畠山一清の邸宅の一部となりました(昭和14年(1939年)竣工)。この建物は戦後になって般若苑という名前の料亭として使われましたが、この料亭は三島由紀夫の小説「宴のあと」の舞台としても有名です。般若苑は2005年に閉店し、その後建物も解体。その跡地には、テラス白金と呼ばれる白亜の大豪邸が建てられ(お姿)、プールやボーリング場まで備えているとの噂で、ある有名社長との関連が囁かれているようです。
 ゴ、ゴホン。ひさびさに余計なみちくさをしてしまいました。

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