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2021/01/02

【鉄道模型】青梅電気鉄道1号形電気機関車・その1(1/80、16番)

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 コロナ禍の自粛生活を利用して、青梅電気鉄道1号形電気機関車が完成いたしました。

 と聞いても「なにそれ」と言う人が多いかと思いますが、国鉄のED36形、西武鉄道のE41形と言ったらわかるでしょうか。ぽん太も東京育ちなので、子供のころ見たピンク色のE41形をカッコイイと感じたのを覚えてます。デッキを備え、正面の扉が偏っていて、前後・左右で異なる窓配置、側面のベンチレーターなど、独特の風貌が魅力。それもそのはず、元々はイギリスから輸入された電気機関車なのです。

 いつ買ったのか覚えていない(おそらく30年くらい前)フクシマ模型のED36キットを作り始めたのは数年前。このキットはED36としてもE41としても組み立てられる仕様なたのですが、国鉄旧型電気機関車ファンのぽん太としては当然ED36として、しかも写真で見た大型パンタを中央に一基備えた姿でくみたてようと考えました。

 ところがいろいろ資料を集めている過程で、嘘かホントかパンタが一基なのは戦争の物資不足が関係しているなどという記述を見つけ、平和主義者のぽん太としてはちょっと迷いが出てきました。そしてさらに様々な写真を眺めているうちに、イギリスから輸入した直後の青梅鉄道時代の姿が、エキゾチックで古風でとっても魅力的に見えてきました。

 という次第で青梅鉄道1号形として組み立てることに決定! しかしながら、ぽん太の技術不足から作りきれなかったところや、資料が足りずに想像で作った部分もあるのはご勘弁を。正確には「青梅電気鉄道1号形スタイル」といったところでしょうか。

 

 青梅電気鉄道1号形は、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社から輸入されました。同社から輸入された電気機関車としては、側面にずらりと並んだベンチレーターが印象的なED17や、複数の孔があけられた台枠のEF50が有名ですね。これらはディック・カー(Dick Kerr)工場で製作されたため、日本ではディッカーという愛称で呼ばれました。

 実は日本の輸入電気機関車のうち、一番両数が多いのがEE社製でした。ただ当時のイギリスの電気機関車性能が良かったわけではなく、トラブルも多かったようです。このような問題のある電機を大量に輸入した背景には、当時の日英通称の政治的思惑が絡んでいたなどという噂もあるようです。

 青梅鉄道は4両を輸入しましたが、同形機が総武鉄道(現在の東武)、秩父鉄道、伊勢電気鉄道(現在の近鉄)などにも導入されたようです[1][a]。

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 さて、まず青梅鉄道1号機1-4の歴史と移り変わりをまとめましょう[a][f][g]。

青梅鉄道1号形1

青梅電気鉄道1号形1

青梅電気鉄道1号形1011

国鉄1011

西武鉄道41

西武鉄道E41

廃車解体

青梅鉄道2号形2

青梅電気鉄道2号形2

青梅電気鉄道2号形1012

国鉄1012

西武鉄道42

西武鉄道E42

廃車解体

  ?

青梅電気鉄道2号形3

青梅電気鉄道2号形1013

国鉄1013

国鉄ED361

西武鉄道43

西武鉄道E43

廃車、横瀬で保管


青梅電気鉄道2号形4

青梅電気鉄道2号形1014

国鉄1014

国鉄ED362

西武鉄道44

西武鉄道E44

廃車、横瀬で保管

JR新鶴見機関区で保存?

 青梅鉄道の立川 - 青梅間が開通したのが1894年(明治27)。青梅の石材や織物、木材、日向和田の石灰石の運搬が主な目的でした。

 1926年(大正15)、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社から電気機関車を1台輸入。1号形1となりました。ついで1927年(昭和2)と1929年(昭和4)10月の2回に分けて、3両が輸入されました(細かい内訳不明)。1号形とは自重や細部がことなるため2号形-2,3,4とされましたが、実質的には同一形式です。

 同時期の1929年(昭和4)5月に、青梅鉄道は「青梅電気鉄道」に社名変更しております。

 1931年(昭和6)、青梅電気鉄道西立川駅と、南武鉄道立川駅のあいだに貨物連絡線ができ、共同運行が行われるようになります。

 これに伴って、1 - 4番機が、順番に1011 - 1014に番号変更となります。その時期は不明ですが、1941年4月12日に撮られた1番機[2]、3番機[1]の写真があるので、それ以降と考えられます。

 1944年(昭和19)4月1日、青梅電気鉄道が鉄道省に戦時買収されます。当時の例に倣って、買収後も私鉄時代と同じ形式番号で運用されました。

 1948年(昭和23)5月に1012、11月に1011が廃車され、西武鉄道に譲渡され、41形(1011→41、1012→42)となります。

 1952年(昭和27)、1013,1014に国鉄形式番号が与えられ、ED36形1,2となりました。

 1960年(昭和35)、ED361、ED362が廃車となり、西武鉄道へ譲渡され、それぞれ41形43、44となりました。

 1961年(昭和36)、西武鉄道の41形がE41形に変更となり、41 - 44は、それぞれE41-E44となりました。

 1976年(昭和51)、E41は廃車・解体処分。

 1986年(昭和61)、E42も廃車・解体処分となりました。さらに翌1987年(昭和62)、E43、E44があいついで廃車となりますが、両者は解体されずに横瀬車両基地に保管。E44はさらに1990年(平成2)にJR貨物に譲渡され、新鶴見機関区で動態保存。2015年(平成27)に搬出されたという情報がありますが、詳細不明です。

Img_5321

 さて、フクシマ模型のキットはED36-1(E43)を模型化したと書いてあるので、青梅の1号形 - 3ということになります。これが輸入されたのが、1927年(昭和2)か1929年(昭和4)10月のどちらか。そして1929年(昭和4)5月に青梅鉄道は青梅電気鉄道に改名されておりますから、3番機には短期間の青梅鉄道時代があったのかもれしませんし、なかったのかもしれません。それ以後1013に番号が変更となるまで(上記のように、1941年4月から1944年4月1日の間のどこか)が、今回のぽん太の模型の年代設定となります。(その2 に続く)



参考文献

[1] 「私鉄買収電機の系譜〈下〉 (RM library (4))」 ネコ・パブリッシング 1999年

[2] 「電気機関車展望 1」久保田敏、日高冬比古著、交友社、1976年

参考サイト

[a] 青梅鉄道1号形電気機関車 - Wikipediahttps://ja.wikipedia.org › wiki › 青梅鉄道1号形電気機...:ご存知Wikipedia

[b] フクシマ 国鉄ED36形 - 岡山模型店DANhttp://www.lok.jp › ed36:フクシマ模型ED36の完成写真。

[c]  西武鉄道 横瀬車両基地の保存車 E43http://c5557.photoland-aris.com › yokoze › yokoze-E43:横瀬に保存されている西武鉄道E43の写真。

[d]  東武鉄道の電気機関車 - Gゲージ鉄道模型・風雅松本亭:ED36と同形な、東武博物館に保存された東武ED101型の写真。

[e] English Electric Traction for Japan – Railway Mattershttps://twsmedia.co.uk › english-electri...:英語のサイトですが、イングリッシュ・エレクトリック社から日本に輸出した電気機関車について書かれているページで、そこに秩父鉄道の同形機の写真?あり。

[f]  青梅線 - Wikipediahttps://ja.wikipedia.org › wiki › 青梅線

[g] JR東日本八王子支社|中央線まめ知識|青梅・五日市線の歴史https://www.jreast.co.jp › chuousen › history_oume

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