カテゴリー「思想・宗教」の171件の記事

2018/07/02

【仏像】微笑ましい飛鳥時代の薬師如来・虚空蔵菩薩 法輪寺(奈良県斑鳩町)

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 斑鳩の北側に位置する法輪寺。見事な飛鳥仏が祀られております。三重塔は、昭和19年(1944年)に落雷で焼失したのを、昭和50年(1975年)に再建したもの。


【寺院名】聖徳宗 妙見山 法輪寺
【公式サイト】http://www1.kcn.ne.jp/~horinji/
【住所】奈良県生駒郡斑鳩町三井1570
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】常時可。拝観料:特別公開のため600円。通常は400円。
【仏像】
木造薬師如来坐像 クスノキ 一木造 像高110.2cm 飛鳥時代 重文 写真
木造虚空蔵菩薩立像 クスノキ 一木造 像高175.4cm 飛鳥時代 重文 写真
木造十一面観音菩薩立像 3.5m 杉 平安時代 重文 写真
木造弥勒菩薩立像(聖観音立像) 一木造 像高157.3cm 平安時代 重文 写真
木造地蔵菩薩立像 桧 一木造 平安時代 像高149.8cm 重文 写真
木造吉祥天立像 杉 一木造 像高171.3cm 平安時代 重文 写真
妙見菩薩立像(御前立) 像高41cm 江戸時代 写真
米俵乗毘沙門天立像 像高157.0cm 平安時代 写真
楊柳観音菩薩立像

聖徳太子二歳像 像高57cm 鎌倉時代 写真
聖徳太子孝養像 室町時代
聖徳太子摂政像 江戸時代


 講堂の中に、飛鳥仏を始めとするたくさんの仏さまが祀られております。

 法輪寺のご本尊の薬師如来。いかに飛鳥仏といったアルカイックなスタイル。法隆寺の釈迦如来さまと似てますね。面長な顔、大きなてのひら、薬壷を持たずに施無畏与願印を結んでおります。衣紋も図式的。ニコニコしたお顔を眺めていると、久々に帰省して故郷のおじちゃんに会った感じがします。

 次は虚空蔵菩薩さま。薬師如来と似たアルカイックなお姿。左手は下げて花瓶の口を上からつまみ、右手は肘のところで正面に向かって曲げ、手のひらを上に向けています。面長で大きなお顔。なんかぽん太には、おじさんがお酒のとっくりを持って、「え〜い酔っ払っちゃったい。御免なすって。うぃ〜ひっく」と言っているように見えます。虚空蔵菩薩と言い伝えられておりますが、観音菩薩と考えられるそうです。

 講堂のご本尊の十一面観音菩薩さまは、時代が下って平安時代の作。像高3.5mと大きいですが、胴体からレン肉まで一木材から掘り出してあるそうです。お顔が独特です。目がまっちり、濃い眉毛、鼻筋が通っていて、厚くて小さな唇、ぷっくりふくれた顎、肉付きのいい喉。ちょっとバタ臭いお顔です。

 弥勒菩薩さまは、左手に持つ蓮華の花の上に塔が乗っており、アラレちゃんっぽいです。顔も丸顔。寺伝では聖観音菩薩とされてきたそうです。

 地蔵菩薩さまは、僧形のお顔が特色。

 ぽん太得意(といってよみうりランドで見ただけですが)の妙見菩薩さまはお前立ちです。よみうりランドのとは全然違うお姿で、腕が四本、鎧を着たいかめしいお姿。秘仏の方は4月15日のみご開帳されるようです。う〜ん見て見たい。

 そのほかいろいろな仏様がおりましたが、もう記憶が薄れてしまいました。

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2018/07/01

【仏像】年に3日のみ公開の国宝釈迦三尊像・重文四天王像 法隆寺上御堂(奈良県斑鳩町)

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 近くまで来たのでと法隆寺に寄り、修学旅行生に挟まれながら拝観していたところ、たまたま年に3日だけの上御堂(かみのみどう)の公開日に当たってました。


【寺院名】聖徳宗 法隆寺
【公式サイト】http://www.horyuji.or.jp
【住所】奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】毎年11月1日から3日まで公開。法隆寺の拝観料(1500円)で拝観可。
【仏像】
上御堂(かみのみどう)安置
 木造釈迦如来及両脇侍坐像 桜 一木造 像高:中尊230.0cm、文殊154.2cm、普賢150.2cm 平安時代 国宝 写真
 木造四天王立像 桧 寄木造 玉眼 像高:持国天167.2cm、増長天173.5cm、広目天168.9cm、多聞天171.0cm 室町時代 重文


 上御堂は、西院伽藍の大講堂から、さらに北側に登ったところにあります。建物自体が重要文化財で、鎌倉時代に再建されたものだそうです。
 修学旅行生も、ここまで足を延ばす人は多くありませんでしたが、それでも「年に3日しか見れない」というありがたさはわからないのか、足早に通り過ぎて行きました。

629pxshaka_kami_no_mido_horyuji 写真は、法隆寺-Wikipediaからのパブリックドメインのものです。
 釈迦如来は丈六の坐像。印相は施無畏与願印。全体にボリューム感があってどっしりとしており、金色に輝いており、さすが大寺院の仏様という感じの厳かで崇高なお姿。左脇侍の文殊菩薩は右手に劔、左手に巻物で、右脇侍の普賢菩薩は蓮をお持ちです。二人とも済ました表情でかしこまって控えております。国家的な大寺院にある公式の仏像、という感じがします。
 法隆寺の仏像-Wikipediaによると、桜の一木造とのことですが、こんなでっかい仏像を彫れる桜の大木があったのか、ぽん太にはちと理解できません。

 四天王は、室町らしい躍動感にあふれる像だった気がしますが、よく覚えてませんweep

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2018/06/30

【仏像】白洲正子が愛でた黒焦げのトルソー 松尾寺(奈良県大和郡山市)

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 奈良市の南西の丘陵地帯にある松尾寺。天武天皇の息子の舎人親王の創建と言われています。ここはなんと言っても、白洲正子が『十一面観音巡礼』でその美しさを褒め称えた黒焦げの仏像のトルソーが必見です。


【寺院名】真言宗醍醐派 松尾山 松尾寺
【公式サイト】http://www.matsuodera.com
【住所】奈奈良県大和郡山市山田町683
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】常時可。拝観料:範囲によっていろいろ。
【仏像】
千手観音像トルソー 木造 総高188cm 奈良時代 写真
十一面観音立像 桜 一木造 漆箔 像高110.6cm 平安後期 重要文化財 (奈良国立博物館寄託) 写真(お顔だけ)
如来形頭部残闕 桧 10世紀
役行者小角像 円空作 江戸時代 写真


 黒焦げのトルソーは、真っ黒に炭化していて、首も腕も失われ、胴体と脚の外形のみ留めております。昭和い28年(1953年)、本堂の解体修理中に、屋根裏から発見されたそうです。松尾寺の旧本堂は建治3年(1277年)に消失しており、現在の本尊は鎌倉時代の作。このトルソーは、火災以前に祀られていた旧本尊ではないかと考えられています。
 長く人々の信仰を集めた美しい仏さまを見慣れた目には、このトルソーは衝撃以外のなにものでもありません。しかしそれは、きらびやかな仏像以上に訴えかけるものを持っています。それはあらゆるものを朽ち果てさせていく無常さであり、また、自らを犠牲にして衆生を救おうとする菩薩の慈悲でもあります。

 奈良国立博物館に寄託されている重文の十一面観音さまが里帰りして公開されておりました。どういう仏様だったかは忘れました。

 このお寺にはもうひとつ、ご本尊の十一面観音がありますが、こちらは見ることができませんでした。なんと訪問日の翌日の11月3日が公開日でした。

 役行者は、背面に延宝3年(1675年)円空作という墨書があるそうです。しかし円空に特徴的な豪快さや闊達さはなく、ニコニコと微笑んだ可愛らしい像です。

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2018/06/29

【仏像】母性溢れる国宝十一面観音 法華寺(奈良市)

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【寺院名】光明宗 法華寺
【公式サイト】http://www.hokkeji-nara.jp
【住所】奈良県奈良市法華寺町882
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】常時可。拝観料:特別公開のため700円。普段は500円。
【仏像】
十一面観音菩薩立像 カヤ 一木造 素地 像高1.00m 平安初期 国宝 写真
維摩居士像 像高90.8cm 平安前期 国宝 写真
阿弥陀如来立像(横笛堂本尊) 鎌倉時代


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 写真は、法華堂-Wikipediaからのパブリックドメインのものです。
 この写真には光背がありませんが、なんか写真で見ると矢がいっぱい刺さったみたいな光背が印象的な、国宝の十一面観音様です。
 矢に見えるのは、蓮の葉でした。蓮の葉がこんなジュンサイみたいに細長く丸まるものか、ぽん太はこれまで着目したことがありませんでしたが、ぐぐって見ると出始めは丸まっているようです(千葉公園の四季)。現在の光背は明治時代の補作ですが、古い光背を踏まえたものだそうです。
 像高は1メートルとそれほど大きくありませんが、さすが国宝、存在感があります。最初から彩色していない素木像で、木目が美しいです。唇には朱が入ってます。胸はふっくらとしておりますが、ウエストは絞られていて、腰は左(向かって右)にひねられています。腕は長く、顎の肉付きなど、全体に豊満な感じがします。
 お顔は「婦人」という感じ。光明皇后の姿を模して作られたという言い伝えがありますが、高貴さよりも、母性、慈愛が伝わって来ます。

 
 国宝の維摩居士像は、見たはずだけど覚えてません。
 

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2018/06/28

【仏像】精緻で高貴な十一面観音菩薩 海龍王寺(奈良)

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 2017年11月上旬に訪問。

 ううう、スマホを機種変更したら、拝観した時の感想のメモが全部消えてしまいましたcrying。記憶も薄れてしまってますが、備忘録としてアップしておきます。

【寺院名】真言律宗 海龍王寺
【公式サイト】http://www.kairyuouji.jp
【住所】奈良県奈良市法華寺北町897
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】常時可。拝観料:特別公開のため600円。普段は500円。
【仏像】
十一面観音菩薩立像 桧 金泥 像高94.9cm 鎌倉時代 重文 写真1写真2
文殊菩薩立像 鎌倉時代 重文
愛染明王像 室町時代 市指定
不動明王像
毘沙門天像 平安末期〜鎌倉初期

 海龍王寺の十一面観音菩薩像は、金色に輝き、放射光型の光背を負い、精緻を極めた装身具を身にまとった、気品に溢れ高貴なお姿の仏様です。截金を駆使した装飾も見事。プロポーションも美しく、腰のひねりも控えめです。光明皇后が自ら刻んだ十一面観音像をモデルにして、鎌倉時代に慶派の仏師が作ったものだそうですが、快慶に近い美しさを感じます。

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2018/06/27

【仏像】宝冠の十一面観音と巨大な地蔵菩薩坐像 福智院(奈良市)

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 2017年11月、秋の特別ご開帳で、奈良の福智院を訪れました。


【寺院名】真言律宗 清冷山 福智院
【公式サイト】http://www.fukuchiin-nanto.com/index.html
【住所】奈良県奈良市福智院町46
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】常時可。拝観料:特別公開のため600円。普段は500円?
【仏像】
本尊 木造地蔵菩薩坐像 桧 寄木造 像高2.73m 鎌倉時代 重要文化財 写真
興正菩薩 南北朝 写真
宝冠の十一面観音菩薩立像 室町時代 写真


 大きな地蔵菩薩というと、江戸時代に作られた観光用(?)みたいなのを思い浮かべますが、この仏様は鎌倉時代の立派な仏様です。
 像高2.73メートルの丈六の坐像ですが、高い台座に座り、大きな光背を背負い、いっそう大きく見えます。座り方は半跏趺坐に見えますが、実は安座(いわゆるあぐら)だそうです。身体は肉付きよく、どっしりゆったり座っておられます。お顔は気迫が感じられます。衣が台座に垂れ下がっております。
 光背がまた珍しく、大小の化仏によって埋め尽くされた千体仏光背で、その迫力は圧巻です。

 興正菩薩さまは、このおじさんどっかでみたぞ!? あゝ、西大寺の中興の祖ですね。ここ福智院は真言律宗ですが、その総本山は西大寺。福智院も興正菩薩(叡尊)によって現在地に移され、創建されたと言われています。

 特別公開の十一面観音さまは、「宝冠の」(ほうかんむりの)という形容詞がついていますが、確かにせっかくの頭上面を冠で隠しているのはちょっと珍しいです。元は伊勢で祀られておりましたが、廃仏毀釈後に福智院にお迎えされたそうです。1m程度の小さな仏様ですが、表情やお姿など、したしみが感じられます。紆余曲折を経て福智院に落ち着き、ほっとしているかのようです。

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2018/06/24

【仏像】仏像の宝庫 慈恩寺再訪(山形県寒河江市)

 2年前に訪れた慈恩寺ですが、また観仏初心者の頃だったこともあり、印象がすっかり薄れてしまっていたので、こんかい再び訪ねてみました。

【寺院名】慈恩宗本山 瑞宝山 慈恩寺
【公式サイト】http://www.honzan-jionji.jp
【住所】山形県寒河江市大字慈恩寺地籍31
【拝観日】2018年6月13日
【拝観】毎日可能。拝観料500円。丁寧に解説をして下さいます。
【仏像】
●正門所蔵
金剛力士像
●本堂所蔵
弥勒菩薩坐像(前立ち) 像高44.1cm 鎌倉中期 県指定 写真
多聞天像 平安時代
持国天像 鎌倉時代
木造虚空藏菩薩坐像 像高32.0cm 割り矧ぎ造 玉眼 鎌倉後期 県指定 写真
婆羅門僧正像
木造阿弥陀坐像 室町時代
木造阿弥陀如来立像(歯吹きの弥陀) 割矧造 像高98.9cm 鎌倉時代 県指定 写真
木造聖観音立像 カツラ一木造  彫眼 像高108.3cm 鎌倉時代 県指定 写真
木造聖徳太子立像 像高95.0cm 鎌倉末期 2018年3月国重要文化財指定写真
●薬師堂所蔵
木造薬師如来及両脇侍像 鎌倉末期 国重文 写真
 薬師如来像 ヒノキ 寄木造 像高69.4cm
 日光菩薩像・月光菩薩像 割矧造 像高ともに109.1cm
木造十二神将立像 鎌倉時代 辰・午・未・申は後補 国重文


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 まずは山門(慈恩寺の公式サイトでは「正門」となってます)の金剛力士像から。これは素朴な像ですね。この寺が有する文化財の仏像とはちょっと路線が違ってます。

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 本堂です。元和4年(1618年)の築造で、重要文化財に指定されております。茅葺き屋根と、立ち並ぶ円柱が美しいです。

 ご本尊の弥勒菩薩さまは非公開で、拝観できるのはお前立ちのみ。丸々とした大きめのお顔、引き締まった表情、胸や腹の肉付きがよく、衣紋の彫りも深く鮮やか。まるで相撲取りみたいな気迫のこもった像です。後世のものと思われる金属製の透かし彫りの宝冠をかぶっております。

 向かって右には多聞天。平安時代の作だそうで、ちょっとお顔が珍しいです。右手から腰、足にかけてのポーズがなかなか見事で、迫力があります。

 向かって左には持国天。こちらは鎌倉時代だそうですが、ポーズに動きがなく不自然。厚みがなく前のめりで、ちょっと劣る感じ。

 増長天や広目天はありませんが、欠けているわけではなく、東北では二体のみの例が多いそうです。
 実際、中尊寺金色堂では向かって右に持国天、左に増長天、福島県の白水阿弥陀堂では向かって右に持国天(寺伝広目天)、左に多聞天でした。

 宮殿を左に回り込んだところには、木造虚空蔵菩薩坐像。像高約30cmの小さな仏様ですが、なかなかの美仏。やや丸顔ながら、若々しく、真剣な表情。プロポーションもよく、衣紋も深く力強く彫られています。透かし彫りの円筒状の宝冠を被っておられます。

 その左には婆羅門僧正像。かなり傷んでおりますが、婆羅門僧正は、インドに生まれ唐を経て日本に迎えられた僧侶で、東大寺盧舎那仏像の開眼供養のときの導師をつとめたそうです。この婆羅門僧正が、天武天皇の勅によって慈恩寺を開いたという伝説があるそうです。

 宮殿の右側には、びんずる様と、弘法大師像がありました。

 宮殿の向かって左の部屋には、四体の仏像が安置されております。

 向かって一番左が室町時代の阿弥陀如来坐像。ちょっと人をくったような表情をしております。

 その右が木造阿弥陀如来立像。通称「歯吹きの弥陀」と呼ばれるのは、口の中に金属製の歯が埋め込まれているからだそうです。螺髪もひとつひとつ刻んで漆で貼り付けられているそうです。どういう思想でこのような像を作ったのか、ぽん太には皆目見当がつきません。全体としてはどっしりと落ち着いた感じの美しい像で、細かい截金細工がほどこされております。なかなかの名品です。
 解説によると、地元の誰だかが奈良まででかけて快慶一派に仏像の制作を依頼し、出来上がった仏像をかついで戻ってきたという言い伝えがあるそうです。

 その右は木造聖観音立像。鎌倉時代の作でありながら一木造で、目も彫眼。これは、古い時代の檀像(香木を使った仏像)を模した復古像なんだそうです。わずかに左足を曲げて腰をひねったポーズも、どこか雅やか。お顔は赤ん坊のようです。髪の毛の髻(もとどり)がないのも珍しいですね。しぶくていい仏像です。

 一番右は、今年の3月に国重要文化財に指定されることが決まった聖徳太子像。髪を中央で分け、袈裟をかけ、右手に柄香炉を持ったお姿で、聖徳太子が16歳のときに父である用明天皇の病気平癒を祈ったという伝説を基にした、いわゆる「孝養像」です。思いつめたような表情、シンプルながら美しい袈裟の襞、截金などによる細かい紋様など、素晴らしい像です。体内には血液を使って書いたお経(血書経)などが収められていたそうです。

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 薬師堂に移動すると、正面に薬師三尊像が祀られており、その背後には十二神将が控えております。

 薬師如来は像高70cmとそれほど大きいものではありませんが、とてもきらびやかで神々しい仏様です。内部に花洛院保の銘が見つかり、院派の大仏師院保の作であることがわかりました。鎌倉時代というと、運慶に代表される慶派の力強く躍動的な仏像を思い浮かべますが、院派はこのようにきらびやかで、かつちょっと硬い感じだそうです。
 両脇侍の日光・月光菩薩は、ちょっと見慣れない面長のお顔。なんか昔、漫画家イラストで見たことあるような……。両像とも左足を曲げていて、対称的になっていないのも面白いです。中尊とは作風が違うと考えれているそうです。

 十二神将は、表情もポーズも非常に生き生きとしており、彩色もかなり残っていて、いつまで見てても見飽きません。辰・午・未・申の4体は後補だそうです。
 
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 前回に来た時、なんだかわからなかった祠のなかの池、今回解説してくださった方に聞いて見たところ、生活水として利用した湧き水なんだそうです。慈恩寺がある場所は、地質の関係か湧き水が少なく、境内の何ヶ所かの湧き水を大切に使っていたそうです。

 面白い言い伝えがあるそうで、慈恩寺の地区に嫁いで来た娘が、湧き水でお米を研いでいたところ、一人のお坊さんが通りかかり、水を所望しました。その娘は水が貴重と言われていたので、米の研ぎ汁を僧侶に与えたそうです。お坊さんは「美味しい」といって研ぎ汁を飲みましたが、それ以来湧き水は、米の研ぎ汁のように白く濁ってしまったそうです。

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 確かに白く濁ってます。


 非公開の仏像も多い慈恩寺ですが、本堂落慶400年を記念して、今年(2018年)の9月10日から10月14日まで「慈恩寺の宗教と仏像展」と称する特別公開があるようです(本堂落慶400年記念 「慈恩寺の宗教と仏像展」のご案内)。ちらしでは、釈迦如来坐像、木造騎獅文殊菩薩及脇侍像、木造騎象普賢菩薩及十羅刹女像が公開されるようですが、他のも見れるといいな……。

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2018/06/23

【仏像】木造阿弥陀如来立像・安国寺(山形県鶴岡市)

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 山形県鶴岡市の安国寺にある、県指定の木造弥陀如来さまです。


【寺院名】浄土宗 安国寺
【公式サイト】みつかりません。山形の宝検索naviにリンクしておきます。
http://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1341
【住所】山形県鶴岡市新海町22-5
【拝観日】2018年6月13日
【拝観】要事前連絡 拝観料:志納
【仏像】阿弥陀如来立像  像高97.6cm 鎌倉後期? 県指定
  大きめの写真が、上記の山形の宝検索naviにあります。


 像高1m弱のいわゆる三尺阿弥陀。外陣からの拝観でやや遠いのと、色が黒っぽいのとで、ぽん太の老眼ではあまりよく見えませんでした。
 上にリンクした写真を見ると、けっこうがっしりした体型で、長く垂れ下がった袖の波打ち具合が独特な気がします。
 両脇侍も小さく、子供のような顔で、制作年代は新しいかもしれません。

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 境内に六地蔵が祀られておりました。
 また、北海道開拓使大判官の松本十郎のお墓があるという案内板が出ておりましたが、あいにくぽん太は聞いたことがない人でした。

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2018/06/22

【仏像】大きな定朝様の木造阿弥陀如来坐像・極楽寺(山形県鶴岡市)

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 山形県鶴岡市の極楽寺に、県指定文化財の阿弥陀如来坐像を拝観しに行きました。鶴岡市にはもうひとつ、加茂にも極楽寺がありますので、お間違えにならぬようご注意ください。
 思ったより大きくて、立派な阿弥陀さまでした。

【寺院名】浄土宗 華蔵山光明院 極楽寺
【公式サイト】公式サイトはないようなので、山形の宝検索Naviにリンクしておきます。
http://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1347
【住所】山形県鶴岡市陽光町11-5
【拝観日】2018年6月13日
【拝観】要事前連絡。拝観料:志納
【仏像】
木造阿弥陀如来坐像 寄木造 漆箔 像高107.2cm 平安末期? 県指定
観音菩薩立像 江戸時代?
勢至菩薩立像 江戸時代?
【写真】どうしても見つかりません。いただいたコピー刷りのパンフレットの画像をアップしておきます(画像)。

 事前連絡せずに、ダメもとで訪れました。住職さんはお出かけ前だったようですが、東京から来たと聞いて、時間を取ってくださいました。内陣に入れていただき、間近から拝観させていただきました。本当にありがとうございました。

 像高107センチとけっこう大きいのにびっくり。定朝様の良いお姿の阿弥陀さまでした。右手をあげ、左手を下げた来迎院。お顔は丸顔で、鼻筋が通って口が小さく、温和で涼やかな表情です。額の白毫には水晶が埋め込まれています。衣紋も美しく流れています。

 脇侍として観音・勢至菩薩を伴っています。向かって右の観音菩薩は蓮台を捧げ、左の勢至菩薩は合掌しており、いわゆる来迎形式の阿弥陀三尊像となっておりますが、両脇侍は江戸時代の後補のようです。

 かなりの補修がされているためか、国指定にはなっておりませんが、なかなか素晴らしい平安時代後期の優美な阿弥陀如来さまだと思いました。

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2018/06/15

【仏像】お顔がパンパン。不空羂索観音坐像 不空院(奈良市高畑町)

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 不空院は、鑑真住房跡に建てられたお寺と言われております。言われは定かではありませんが、八角円堂が建てられ、不空羂索観音が安置されました。鎌倉時代には大いに栄えましたが、その後衰退。江戸時代の安静の大地震で八角円堂以下堂宇が倒壊し、明治の廃仏毀釈を迎えました。大正時代に再興されて現在の本堂が建てられました。もともと弁財天が祀られていたことなどから、ならまちの芸妓たちの信仰を集め、さらにかけこみ寺の役割も果たしたそうです。
 写真の向かって左の鳥居のあるところに祀られているが、「縁きりさん」と「縁結びさん」と呼ばれる神様です。

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 鳥居の横にいるのは、なぜか狛犬ではなく狛狸。いわれはわかりません。

【寺院名】真言律宗 春日山(しゅんにちざん) 不空院
【公式サイト】http://fuku-in.com/index.htm
【住所】奈良県奈良市高畑町1365
【拝観日】2017年11月2日
【拝観】春秋の特別拝観以外は予約が必要。拝観料は忘れました。
【仏像】
不空羂索観音菩薩坐像 寄木造 漆箔 玉眼 像高103,9cm 鎌倉時代 重文 写真1写真2

 不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん、ふくうけんじゃくかんのん)は、六観音、あるいは七観音のひとつに数えられ、菩薩の様々な変化のうちのひとつであり、古いものに属するそうです。
 経典にはさまざまな姿で描かれておりますが、多くの腕を持ち、鹿の毛皮を着ているという特徴があるそうで、シカつながりで春日大社で祀られているタケミカヅチの本地仏とされるそうです。
 日本では、一面三目八臂の像容が普通で、手のひとつには羂索(投げ縄)を持っています。この投げ縄で、衆生を救ってくれるわけですね。
 以前の記事で書いた、東大寺三月堂の不空羂索観音が有名ですね。

 さて、不空院の不空羂索観音さまですが、座って像高1mということで、ほぼ等身大の大きさ。額に縦に目があって、一面三目八臂のしきたり通りのお姿。服は特に鹿皮っぽくありません。座っているのがちと珍しいですね。鎌倉時代の作とのことで、ウェストが引き締まり、肘を貼り、力強いお姿。正面で合掌する二臂以外の腕は、細く作られてます。お顔がパンパンではち切れんばかり。顔力はハンパないです。


 このお寺には秘仏の宇賀弁財天女がありますが、そのお厨子の扉は……「私の記憶の限りでは、見た覚えはございません」。

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