カテゴリー「思想・宗教」の145件の記事

2017/08/20

【仏像】ちとインドっぽい美仏の如意輪観音様/願徳寺(京都)

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 美仏の国宝・如意輪観音で有名な願徳寺は、京都の西のはずれにある小さなお寺で、道路も細くて行きにくいです。観光客でごった返す市内とはまったく異なる静寂に包まれています。門も閉ざされており、通用口のインタホンで拝観を申し出ると、住職さんが扉を開けてくれます。


【寺院名】天台宗 仏華林山 宝菩提院 願徳寺
【公式サイト】公式サイトは見つからないので、京都観光NAVIのページにリンクしておきます。
kanko.city.kyoto.lg.jp
【住所】京都府京都市西京区大原野南春日町1223-2
【拝観】2月以外は拝観可だが、住職さんがいないと閉まってたりするようなので、事前連絡が無難。拝観料500円。
【仏像】
・如意輪観世音半跏像(木造菩薩半跏像) カヤ一木造 素地 像高88.2cm 平安時代前期 貞観時代 国宝! 写真は上記の京都観光NAVIに小さめだけどあり。
・木造薬師如来立像 木造漆箔 像高110.3cm 平安時代後期 藤原時代 重要文化財 写真


 如意輪観音さまは上の写真の本堂(=収蔵庫)に安置されております。
 いつもの六臂で立膝に頬づえをついたお姿とは異なり、二臂で、右足を下ろした半跏踏下坐(はんかふみさげざ)、というか、左足も組んでないので遊戯坐(ゆげざ)と言うのか、とにかくゆったりとして座り方です。ちょっとバタ臭いお顔で、衣紋がまるでバラの花びらのように渦を巻いていて、全体にインドっぽい雰囲気。目に黒い石が埋め込まれているのも珍しいです。表情は精悍で厳しい感じに見えるのですが、試しに天井のライトを消してみると、とっても柔和で慈悲深いお顔になります。
 このようなお姿でも如意輪観音なんかいな?と思ってぐぐってみると、石山寺の秘仏の如意輪観音が、同じように二臂で遊戯坐のようです。

 薬師如来さまの方は、衣紋が古風な印象で、生粋の日本の仏様でした。

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2017/08/19

【仏像】丈六の阿弥陀如来、珍しい四臂の坐像の十一面観音、ヨボヨボの僧形文殊菩薩など/法金剛院(京都)

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 5月下旬、ぽん太とにゃん子は洛西にある法金剛院に行きました。
 法金剛院は仏像だけでなく、庭園でも有名なようです。平安末期の池泉回遊式浄土庭園で、蓮の花の時期は参拝客で賑わうようですが、この時期は花菖蒲が見頃でした。

【寺院名】律宗 五位山 法金剛院
【公式サイト】なさそうなので、京都観光Naviのページにリンクしておきます。
kanko.city.kyoto.lg.jp
【住所】京都府京都市右京区花園扇野町49
【拝観】年末を除き毎日拝観可能。拝観料500円。
【仏像】
・本尊・阿弥陀如来(木造阿弥陀如来坐像) 坐高2.27m 平安後期 重要文化財 写真
・僧形文殊菩薩 一木造 平安時代 重要文化財 写真
・地蔵菩薩(金目(かなめ)地蔵菩薩) 一木造 平安時代 重要文化財 写真
・十一面観世音菩薩(厨子入木造十一面観音坐像) 鎌倉時代 重要文化財 写真

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 こちらが法金剛院の境内です。こじんまりと落ち着いた雰囲気ですね。

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 仏像はこちらの収蔵庫に祀られております。

 ご本尊の木造阿弥陀如来坐像は、丈六の大きな仏様。いわゆる定朝様で、古くは平等院・法界寺とともに定朝の三阿弥陀といわれていたそうです。平等院の阿弥陀様と比べると、ちょっとずんぐりむっくりした感じ。顎が玉のように丸くなってます。台座の蓮の花弁に細かい装飾が施されています。

 十一面観音様は、お座りになっており、腕は4本という珍しい像容。端正ですっきりしたお姿で、細かく作り込まれた光背や、身にまとった装飾品がとても繊細で美しいです。厨子(これも重文)に描かれた絵もすばらしく、作られた当初はさぞかし見事だったことでしょう。

 僧形(そうぎょう)文殊菩薩も、僧の姿をした年老いてヨボヨボの文殊菩薩で、ちょっと見たことないお姿です。首のあたりのスジスジが凄いです。供を従えて意気揚々と布教のために海を渡っていた若き文殊菩薩も、年取ってこんな姿になってしまったのか、という感じ。ウィキペディアによると、禅宗では剃髪して座禅をした姿の文殊菩薩がまつられるそうですが、このお寺は律宗だし。なんだかぽん太にはよくわかりません。
 

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 収蔵庫の奥の建物に安置された地蔵菩薩さまは、秘仏で通常は非公開ですが、たまたま(?)公開しいて、参拝することができました。目に金箔が貼られていたことから、金目(かなめ)地蔵と呼ばれるそうです。
 ちょっとずんぐりして、様式的な衣紋に古さが感じられるお地蔵様でした。

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2017/08/18

【仏像】快慶作十大弟子。定慶の六観音像もすばらしい/千本釈迦堂大報恩寺(京都)

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 今年の5月下旬、奈良で快慶展を見たぽん太とにゃん子は、京都に移動。夜は京都に引っ越したウシさん夫婦と、烏丸御池近くの居酒屋「加夢居」(ホームページ食べログ)で飲む。日本酒とお魚が充実したいい店でした。

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 翌朝、喫茶店のモーニングにはまっているぽん太とにゃん子、イノダコーヒー本店に行きました(食べログ公式サイト)。
 創業80年余の京都の老舗喫茶店。創業当時を思わせる旧館もありますが、大きなガラスの壁がある広々した本館ホールの席に座りました。頼んだのは、ロールパンにエビフリャーが挟まったもの。ここは名古屋か?美味しゅうございました。

 その後、千本釈迦堂ともう呼ばれる大報恩寺に、奈良の快慶展に出品されていなかった快慶仏を拝観しに行きました。

【寺院名】真言宗智山派 瑞応山 千本釈迦堂 大報恩寺
【公式サイト】・http://www.daihoonji.com
【住所】東京都府京都市上京区七本松通今出川上ル溝前町
【拝観】毎日拝観可能。境内に無料駐車場あり。
【仏像】
・十大弟子 木造 像高94.4〜98.0cm 鎌倉時代 建保6年(1218年)〜承久2年(1220年) 重要文化財
 舎利弗、目犍連(快慶作)、摩訶迦葉、須菩提、阿難陀
・六観音像 木造 素地 像高 聖観音177.9cm、千手観音180.0cm、馬頭観音173.3cm、十一面観音180.6cm、准胝観音175.7cm、如意輪観音96.1cm 鎌倉時代(貞応3年・1224) 定慶作 重要文化財
・銅像釈迦誕生仏 銅造 鍛金 像高53.3cm 鎌倉時代初期
・千手観音像 木造(一本作り)彩色 像高176.2cm 平安時代 重要文化財
・傅大士(ふたいし)および二童子像 木造 彩色 像高約70cm 室町時代 応永二十五年(1418)、院隆(いんりゅう)作 重要文化財
【写真】公式サイトに小さいけどすべてあり。

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 仏様たちは、写真の霊宝館に安置されております。

 まず、お目当の十大弟子ですが、修復だか調査のため半分が運び出されておりました。十大弟子のうち、快慶の作とされるのは目犍連と優婆離ですが、残念ながら優婆離は欠席でした。生々しくリアルな像で、端正な印象がある快慶がこのような像を彫ったとは、少し意外でした。

 六観音像は定慶の作。運慶の父・康慶の弟子と言われております。ぽん太とにゃん子はこれらの像がとっても気に入りました。
 運慶のようなダイナミックでエネルギッシュな感じはなく、すっきりした印象ですが、研ぎ澄まされた刀のような力強さがあります。それでいて女性のような柔らかい表情です。6躯とも保存がとてもいいです。
 如意輪観音は、向かって左から見た表情が気に入りました。准胝(じゅんでい)観音は、18本の腕の広がりが、まるで花びらのようでした。複雑で彫りが深い衣紋の表現も見事でした。

 傅大士と二童子の像は、ぽん太は初めて見ました。傅大士は名を傅翕(ふきゅう)といい、中国の南北朝時代の居士(在野の仏教徒)。二童子はその子供で左が普建(ふけん)、右が普成(ふじょう)。傅大士は輪蔵と呼ばれる回転式の経蔵を発明した人だそうで、輪蔵の前にこの三尊像が祀られることが多いそうです。この大報恩寺の像も、もともとは北野の経王堂に祀られていたものだそうです。
 院派の院隆の作。童子の笑顔が印象的でした。

 千手観音像は素朴で古風なお姿で、ちょっと彫りも荒い。目鼻が下に寄ったカエル系のお顔。菅原道真が自ら梅の古木に掘ったという言い伝えがあるそうです。

 国宝の本堂に安置された木造釈迦如来坐像(鎌倉時代、重文)は、残念ながら秘仏のため拝観できず。

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2017/08/17

【仏像・展覧会】現存の快慶仏のほどんどが出品「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」奈良国立博物館

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 遅ればせながら、今年の5月下旬、奈良国立博物館に快慶展を見に行ってきたときのご報告。

 快慶 - ウィキペディアを見ると、快慶の作とされている現存の仏像は、全部で42点。そのうち今回なんと34点が出品されており、出てないものを数えた方が早いくらい。さらにウィキペディア番外の「菩薩面」(浄土寺、兵庫)と「菩薩坐像」(伊豆山浜生協会、静岡)の2点もありました。
 これでぽん太はがまだ拝観していない快慶仏は、一挙にわずか6点となりました。

 しかし悲しきはぽん太の狸脳。一度ににこんなに見せられると、芥川の「芋粥」ではないけれど食傷気味となり、印象が重なってあまり記憶が残っておりません。

 狸ながらに思ったことは、運慶・快慶と並び称さられ、躍動的な運慶に比べて快慶は綺麗にまとまっている印象をぽん太受けていたのですが、快慶の出発点が後白河院と繋がっていたことを知り、ちょっと腑に落ちるところがありました。
 また快慶は、法然ら浄土宗教団との関わりも深く、「三尺阿弥陀」と称される小さめの阿弥陀立像を多数作っていることも初めて知りました。作家性を前面に押し出して新しい仏像を作り上げるのではなく、自分を消し去って端正で整った仏像を作ったのは、そうしたことが関係していたのかもしれません。


特別展 快慶 日本人を魅了した仏のかたち

平成29年4月8日〜6月4日
奈良国立博物館 東新館・西新館

・奈良国立博物館のサイト narahaku.go.jp/exhibition/2017toku/kaikei
・読売テレビのサイト ytv.co.jp/kaikei

・出陳品一覧 ダウンロード kaikei_ichiran.pdf (2324.0K)

主な出陳品


重要文化財 弥勒菩薩坐像 京都・醍醐寺 木造 金泥塗・截金 像高111.0 cm 鎌倉時代 建久3年(1192) 快慶作

弥勒菩薩立像 アメリカ・ボストン美術館 木造 漆箔 像高106.6 cm 鎌倉時代 文治5年(1189) 快慶作
  像内納入品 弥勒上生経(みろくじょうしょうきょう)及び宝篋印陀羅尼(ほうきょういんだらに) 紙本墨書 縦25.2 cm 長462.0 cm

重要文化財 四天王立像のうち広目天・多聞天 和歌山・金剛峯寺 木造 彩色・截金 像高[広目天]135.2 cm [多聞天]138.2 cm  鎌倉時代(12世紀) [広目天]快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 奈良・東大寺 木造 金泥塗・截金 像高98.7 cm 鎌倉時代 建仁3年(1203) 快慶作

国宝 僧形八幡神坐像  奈良・東大寺 木造 彩色 像高85.7 cm 鎌倉時代 建仁元年(1201) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来坐像 広島・耕三寺 木造 漆箔 像高74.0 cm  鎌倉時代 建仁元年(1201) 快慶作

菩薩坐像 静岡・伊豆山浜生協会 木造 漆箔 像高[その1]25.4 cm [その2]26.0 cm  鎌倉時代 建仁元年(1201) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 京都・遣迎院 木造 金泥塗・截金 像高98.9 cm 鎌倉時代 建久5年(1194)頃 快慶作
像内納入品 願文(がんもん)  1紙 紙本墨書 縦31.2 cm 横15.4 cm
        印仏(いんぶつ)・結縁交名(けちえんきょうみょう)  7綴 紙本墨摺・墨書

重要文化財 不動明王坐像 京都・醍醐寺 木造 彩色・截金 像高53.3 cm 鎌倉時代 建仁3年(1203) 快慶作

重要文化財 兜跋毘沙門天立像 京都・青蓮院 木造 彩色・漆箔 像高102.5 cm 鎌倉時代(13世紀)

重要文化財 十一面観音菩薩立像 三重・パラミタミュージアム 木造 漆箔 像高122.4 cm 鎌倉時代(13世紀) 長快作

釈迦如来立像 アメリカ・キンベル美術館 木造 金泥塗・截金 像高81.8 cm 鎌倉時代(13世紀) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 奈良・西方寺 木造 金泥塗・截金 像高98.5 cm 鎌倉時代(12~13世紀) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 京都・極楽寺 木造 漆箔 像高79.5 cm 鎌倉時代 嘉禄3年(1227)頃 行快作
像内納入品 現在過去帳(げんざいかこちょう)  1枚 紙本墨書 縦26.8 cm 横44.7 cm
        嘉禄三年法花三十講経名帳(かろくさんねんほっけさんじゅっこうきょうみょうちょう)  1巻 紙本墨書 縦30.5 cm 長293.2 cm
        過去訪名帳(かこほうめいちょう)  1巻 紙本墨書 縦31.4 cm 長151.8 cm
        阿弥陀如来印仏(あみだにょらいいんぶつ)  1枚 紙本墨摺 縦24.4~24.8 cm 横38.0~38.5 cm

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2017/08/12

【仏像】湯田中温泉の弥勒石仏・世界平和観音・延命煙草地蔵

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 せっかくなので、湯田中温泉の仏様をお参りしました(7月下旬)。

弥勒石仏 石像 大治5年(1130年) 長野県下高井郡山ノ内町平穏
世界平和聖観世音菩薩 聖堂 像高25m 昭和39年(1964) 大悲院 長野県下高井郡山ノ内町平穏2763-1
延命煙草地蔵 石像 享保16年(1731年) 長野県下高井郡山ノ内町平穏2792-4

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 まずは「弥勒石仏」。湯田中温泉の街外れの高台に、緑に囲まれて六角形のお堂が建ってます。入口の鍵を外しで、扉を開けて中に入ることができます。

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 じゃじゃ〜ん。いらっしゃいました。
 石仏といってもレリーフ状ですね。ふっくらしたほっぺに分厚い唇。全体に丸みを帯びて、暖かく優しそうなお姿。右手をあげて「よっ」と挨拶してます(というか施無畏印ですけど)。胸の卍はあとから掘られたものか。
 冒頭の写真のように、右斜め前から見たお顔が、一番いい気がします。

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 案内板です。平安後期の大治5年(1130)に安應聖人によって造られたそうです。

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 続いて、弥勒石仏に行く途中に頭が見えた「世界平和観世音菩薩」です。大悲殿というお寺の庭に建ってます。
 青銅製。高さは25メートルあり、青銅製では日本一の高さだそうです。

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 新しいものでしょうけれど、キッチュさはなくて、なかなか良いプロポーションです。昔のもののように、手が長かったりせず、現代的なスタイル。

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 お顔はおちょぼ口でタレ目ですね。
 ネットの情報によると、昭和初期にこの場所に33mの観音菩薩が建立されましたが、数年後に戦争の供出のために解体。昭和39年(1964)に再建されたのがこの像だそうです。
 大悲殿は200円で内部を拝観できるようですが、今回は省略。内部見学のレポートはこちらの珍寺大道場のサイトが詳しいです。戦前の旧観音像の写真もあります。


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 最後は「延命煙草地蔵」。世界平和観音からちょっと坂を下がったところにあります。

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 お顔はすり減ってしまっています。蓮華座も一体として掘り出されています。緑色の頭巾とよだれかけが珍しいですね。

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 案内板です。昔、遊郭の遊女さんたちがこのお地蔵様にお参りしておりましたが、いつの頃からか線香のかわりにタバコが供えられるようになったんだそうです。
 遊女たちのどのような願いを聞いてこられたのでしょうか。

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2017/07/31

【登山・石像・ジェラート】栗駒山の湯浜コースを途中まで/行者堂の役行者石像/あいすむら

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 湯浜温泉三浦旅館に泊まった翌日、運動のため、栗駒山の登山道のひとつ、湯浜コースを途中まで行って、戻ってくることにしました。

【山名】栗駒山
【山域】栗駒・早池峰
【日程】2017年6月28日(日帰り)
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】晴れ
【ルート】三浦旅館9:29…1024 m地点…三浦旅館12:47

(※3D地図や当日の天気図などは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】三浦旅館用の駐車スペースの隣に、登山者用の駐車スペースがあります。

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 三浦旅館から数分のところに、「行者堂」というお堂があります。周りは雪囲いがされてますが、なかには比較的新しいお堂があります。

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 当然のことながら入口の扉は鍵がかかっております。格子の間からガラス越しに内部が見えますが、暗くてよくわかりません。中央に石仏、向かって左に不動明王(?)、右に菩薩さまが祀られているようです。
 家に帰ってから写真を見て見ると、かなり磨耗していて像容がわかりにくいのですが、着物をきて腰掛けた姿。頭には頭巾をかぶって髭をはやし、右手に錫杖を持っているようです。左手はよくわかりません。「行者堂」という名前からしても、役行者(えんのぎょうじゃ)ですかね。
 まわりに奉納されているお札には、「栗駒神変大菩薩如意吉祥攸守護」という言葉が見えます。

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 こちらが向かって左の仏様です。火焔に囲まれ、左手には羂索。不動明王かと思われますが、右手は下げていて、火焔でちょっと見えにくいのですが、剣を持っていないように見えるのが気になります。そこそこ古そうです。

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 こちらが向かって右の仏様です。こちらは新しそうですね。菩薩さまですね。ん?足元にあるのはなんだ?鱗がありますね。魚かな。ということは、魚籃観音ですね。なんでここに魚籃観音が祀られているのか、ぽん太にはまったくわかりません。

 三浦旅館の駐車場のところの案内板には、次のように書かれておりました。例えばこちらのサイトの3枚目の写真をご覧ください。

役行者堂建立 総本山聖護院門跡 奉修 栗駒神変大菩薩 守護 石巻市羽黒町 本山修験宗 吉祥山文殊院信者一同


 さて、以上の情報をもとに、帰ってからぐぐってみました。
 ますは困った時の役小角-Wikipedia。寛政11年(1799年)に、京都の聖護院の住職が、役行者没後1100年にあたることを光格天皇に伝えました。それに応じて光格天皇は勅書をしたため、「神変大菩薩」(じんべんだいぼさつ)という諡(おくりな)を贈ったんだそうです。
 これで案内板の、「総本山聖護院門跡」「栗駒神変大菩薩」のあたりがわかりました。ちなみに門跡とは皇族や公家が住職を務めるお寺のことです。
 Wikipediaには役行者の像の写真も載っておりますが、この石像と同じ特徴を持っています。石像では見分けられないところは、左手には巻物をもっていること、一本脚の高下駄をはいていることでしょうか。


 ついで今日の一枚|くりこま荘電子図書館というページが見つかりました。
 このサイトによれば、栗駒山麓には、宮城・岩手から秋田に通じる仙北街道の古道が通っており、大地森御前の変則十字路のあたりに、かつては「役小角の石塔像」が置かれていたそうです。現在は湯浜温泉に移動されたと書かれていますから、これが上の石像でしょう。この像は北限の石塔像といわれ、明治以前の民俗信仰の研究上、大変貴重なものだと書かれています。現在はこの場所には、1メートル四方の石組みの台座だけが残っているそうです。
 別の部分によれば、この「巡りの石塔像」は1760年(宝暦10年)に建立されたもので、明治に入って忘れ去れていましたが、昭和35年ごろから石巻市の吉祥山文殊院住職であった遠藤賢学が修験道を復活させ、その後、湯浜分岐に石塔像を移動させました。平成10年にはさらに現在の位置に移動され、平成12年7月に行者堂が建立されたんだそうです。
 

 さらに次のようなサイトがありました。栗駒神変大菩薩|Koseki's Archives Page
 筆者が1989年7月に変則十字路近くの祠に立ち寄ったところ、供えられた生魚が異臭を放っていたと書いてあります。魚籃観音となにか関係があるんでしょうか?
 少し下には、この古道が仙台領で採れた海産物を秋田側に運ぶのに使われていたと書かれています。う〜ん、なるほどね。ちなみにこのサイトには、行者堂にあった菩薩を「普賢菩薩立像(?)」と書いてありますが、魚籃観音だと思います。


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 さて、湯浜コースは美しいブナの原生林が見事でした。あちこちに水芭蕉もあり、花の季節は美しかったことでしょう。

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 ギンリョウソウがあちこちに咲いていました。かなりの大群落だったので写真を撮ってみました。


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 下山後、栗原市一迫の「あいすむら」でジェラートをいただきました。安くて美味しいです(ダブルでたったの350円!)。公式サイトはこちらです。

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2017/06/29

【仏像】もうすぐ国宝に指定される白鳳仏/深大寺(東京都調布市)

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 梅雨の晴れ間に深大寺まで、新たに国宝に指定される白鳳仏を拝観しに行ってきました。


【寺院名】天台宗別格本山 浮岳山 深大寺
【公式サイト】・http://www.jindaiji.or.jp
【住所】東京都調布市深大寺元町五丁目15番地1
【拝観】毎日可。平成30年3月31日までは拝観料は志納。
【仏像】
・銅造釈迦如来倚像(白鳳仏) 像高83.9cm 白鳳期 国宝(2017年度指定見込み)  写真

・薬師如来、弥勒菩薩、十一面観音、満功上人像、大楽大師像(開山堂)


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 本堂です。こちらに安定されている宝冠阿弥陀如来は公開しておりませんでした。

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 こちらの釈迦堂に白鳳仏さまが安置されております。ガラスが貼ってあって、2mくらいの距離からの拝観です。案内のテープがエンドレスで流れております。お賽銭箱に拝観料を志納すると、パンフレットをいただけます。これまで許可されていた写真撮影は、今年の5月から禁止となっております。

 白鳳時代の銅像と聞いて30〜40センチの小さなものとか思っておりましたが、腰掛けた姿勢で像高83.9cmと、けっこう大きなものでした。
 腰掛けた姿勢(倚坐(いざ))で、背筋はすっと伸ばし、脚は膝を少し開いてゆったりした感じです。左足より右足の膝を少し外側に開いてます。印相は施無畏与願印(せむい よがんいん)ですが、右手の中指、薬指は先が欠損しているようです。ややお腹が出てますが、全体としては均整が取れていて、お顔は鼻から眉への曲線がくっきりと延びてお、切れ長の目。平安以降の荘厳で厳粛な表情ではなく、まことにおっとりした表情です。螺髪は表現されておりません。
 衣紋の流れが装飾的で、両脛の左右から交互にのびるシワや、両足の中央に描かれたサインカーブのような曲線、腰掛けから垂れ下がった衣の一番下の、波のような襞などがとても美しいです。
 のびやかで装飾的で、威圧感のない、とても素晴らしい仏さまでした。

 両脇には、奈良の新薬師寺の香薬師像と、兵庫県の鶴林寺の聖観音立像のレプリカが置かれております。どちらもオリジナルは重要文化財の白鳳仏ですが、ぽん太は残念ながらまだ拝観したことがありません。
 鶴林寺の聖観音さまは、ウェストをキュッと絞って、ちょっと腰をひねった流麗なポーズ。香薬師さまは、直立した姿勢や、両手の形、衣紋の流れなど、深大寺の白鳳仏さまと似ており、同じ工房で作られた可能性も指摘されているそうです。
 

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 元三大師堂です。こちらの本尊は慈恵大師坐像(じえだいしざぞう)だそうですが、厨子の扉は固く閉ざされておりました。天井の龍の絵は、河鍋暁斎によるものだそうです。

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 開山堂は昭和58年に新築されたもの。

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 堂内には薬師如来と弥勒菩薩、十一面観音、深大寺を開いた満功上人、天台宗に改宗した大楽大師の5像が祀られており、扉の格子の間から見ることができます。新しく見えますが、いつ頃のものでしょうか。弥勒菩薩の光背に火炎があるのが珍しいです。

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 このトーチカっぽい洞窟が延命観音窟です。

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 岩に線彫りされた延命観音さまです。案内板によると、昭和41年に秋田県象潟港の工事のおりに、海底から引き上げられたものだそうです。

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2017/06/28

【仏像】長谷寺式十一面観音の本家/長谷寺(奈良県桜井市)

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 今年(2017年)の5月下旬、ぽん太とにゃん子は奈良の長谷寺へ。ここには高さ10mのでっかい十一面観音さまがおられます。国宝・重文に指定されている木像のなかでは日本最大です。あまりのインパクトからか、これを模して日本各地に同じような像が作られ、「長谷寺式」と称されております。
 たまたま特別拝観が行われており、普段は本堂の外から上半身を拝むことしかできないところを、本堂内に入って観音様の足に直接触れることができました。

【寺院名】真言宗豊山派総本山 豊山神楽院 長谷寺
【公式サイト】・http://www.hasedera.or.jp
【住所】奈奈良県桜井市初瀬731-1
【拝観】入山料500円。
 2017年6月30日まで特別拝観が行われており、国宝本堂の中に入り観音様の御足に触れることができます(特別拝観料1300円(入山料を含む)。
【仏像】
・本尊木造十一面観世音菩薩立像 木造 像高1,018.0cm 室町時代 重要文化財 写真1写真2

・雨宝童子立像 木造 像高116.0cm 室町時代 重要文化財
・難陀龍王立像 木造 像高167.7cm 鎌倉時代 重要文化財
・地蔵菩薩立像 木造彩色 平安時代 重要文化財
・不動明王坐像 平安時代 重要文化財
  これら4像のお写真は長谷寺公式サイトのこちらのページにあります。

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 仁王門です。

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 恒例の仁王様チェックから。均整が取れた像ですね。でも、巨大な観音様をお守りするには、ちょっと力不足かも。

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 仁王門から本堂まで、長い階段を登ります。

 途中に「宗宝蔵」という宝物館があり、お宝がこの時期は無料で公開されておりました。

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 本堂も国宝です。現存のものは慶安3年(1650年)に落慶。
 こんかいの特別拝観では、本堂の側面から内部に入っていくことができます。
 暗い廊下を歩いていくと、右側に部屋があり、でっかい足が見えます。中に入ると観音様が見上げるばかりに立っていて、四方の壁は絵で飾られております。重要文化財の仏様のおみ足を直接なでてお参りをし、そのあと仏様の周りをぐるっと一周します。
 仏様のお姿は、足元直下から見上げる形なので、あんまりよくわかりません。右手に数珠と錫杖を持ち、左手位に水瓶を持ち、蓮華台ではな四角い磐石の上に立つという、長谷寺式の特徴は確認できました。

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 上はWikipediaからパブリックドメインの写真です。
 十一面観音さまは、普通は内陣から窓越しに上半身だけを拝観します。周囲には脇侍が配されてますが、かなり遠く、双眼鏡でやっと見えるくらいの感じ。
 左右の脇侍は難陀龍王と雨宝童子。どちらもぽん太は初めてです。
 難陀龍王は頭上に龍をいただき、中国風の服装。Wikipediaによると、八大龍王のひとりであり、また千手観音の眷属の二十八部衆のひとりでもあるとのこと。雨乞いなどで拝まれるそうです。
 雨宝童子は、コトバンクによると、両部神道で、天照大神が日向に降臨された時のお姿とされ、また神仏習合の考え方から大日如来が姿を変えたものでもあるそうです。
 この2像を両脇侍とすることにどのような宗教的背景があるのか、ぽん太にはまったくわかりません。

 この他、ともに国重文の地蔵菩薩と不動明王がいらっしゃいました。不動明王は木目がとても美しかったです。

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 本堂前の舞台からの眺めは、いかにも奈良らしい雅やかな景色です。

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2017/06/26

【仏像】秘仏世継観音が28年ぶりのご開帳/永源寺(滋賀県東近江郡)

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 永源寺の秘仏の御本尊が28年ぶりにご開帳されているので、拝観してまいりました。とは言っても去年(2016年)の11月の話だよ。写真が紅葉だからわかりますか……。

【寺院名】臨済宗永源寺派大本山 瑞石山 永源寺
 ・公式サイト:http://eigenji-t.jp
【住所】滋賀県東近江市永源寺高野町41
【拝観】秘仏の本尊世継観音が、平成28年11月8日から11月27日まで、28年ぶりにご開帳されました。次回は未定です。拝観料は500円。
【仏像】
・本尊秘仏観世音菩薩(世継観音)

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 紅葉で有名な永源寺。ちょうど最盛期とあって、観光客やカメラマンで賑わっておりました。
 世継観音さまは、茅葺の本堂のなかに祀られております。

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 ご本尊のお写真は、ネットを探してもみつからなかったので、ご開帳案内の看板の写真をアップしておきます。

 像高は60cmくらいでしょうか。座って定印を結んでおります。全体として綺麗なお姿。子供のようなお顔で、口をきゅっと結んでおり、口周りの表情筋が緊張しております。

 近江守護職の佐々木満隆が子供に恵まれず、この観音さまに祈願したところ子を授かったことから、世継観音として信仰を集めることになったそうです。

 永源寺には国重要文化財の「塑造寂室和尚坐像」があるはずですが、こちらは公開されておりませんでした。

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2017/06/25

【仏像】秘仏の如意輪観音はとってもチャーミング/小谷寺(滋賀県長浜市)

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 昨年(2016年)の11月中旬、滋賀県長浜市の小谷寺(おだにじ)の秘仏・如意輪観音が公開されているということなので、お参りに行ってきました。

【寺院名】真言宗豊山派 如意輪山 小谷寺(おだにじ)
 ・公式サイトはなさそうなので、長浜・米原・奥びわ湖観光サイトにリンクしておきます。
【住所】滋賀県長浜市湖北町伊部高密照円78-0257
【拝観】11月12日の開山忌の頃の数日間公開され、間近で拝観できます。拝観料は忘れました(´-`)。
【仏像】
・金銅如意輪観音半跏思惟像 市指定 写真1写真2
・愛染明王
・馬鳴観音
・如来

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 古くは白山を改ざんした泰澄(たいちょう)上人が小谷山に建てた山岳修験道場で、のちに浅井氏の祈願寺となり、秀吉や家康にも保護された小谷寺も、いまは小さな本堂がひとつあるだけ。
 本尊の如意輪観音は長く秘仏とされ、厨子を開けると大洪水が起きると言い伝えられてきたそうですが、2010年から開山忌にあわせて年1回公開するようになったそうです。

 地元の信者さんが総出でお手伝いしているという感じで、アットホームな雰囲気。いくつかある仏像を、懐中電灯で照らしながら一つひとつ丁寧に説明して下さいます。お茶を入れてくれたり、帰りには、本堂の前のダンボールに入れてあったでっかい柚子(獅子柚子かしら?)をくれました。
 
 如意輪観音さまは金銅仏で、小さいけど造形が細かくとってもチャーミング。如意輪といっても、お姿は二臂の半跏思惟像です。体をちょっと右(向かって左)に傾け、手足の流れも柔らかです。指が長いです。お顔もバタ臭くなくて少女のようで、冠には月があしらわれています。
 像の由来はよくわからず、飛鳥時代の渡来仏とも言われていますが、時期を推定するには銅を削って年代測定する必要があるそうで、今のところは行なっていないそうです。こちらの長浜市所在指定文化財一覧(pdf)では、鎌倉後期になってますね。

 そのほかに、お市の方(信長の妹で、浅井長政の正室となり、茶々・初・江の3人の娘を産んだ人)の持仏だったという愛染明王や、廃仏毀釈で地面に埋まっていたという如来像などがありました。
 なかでも馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)というのはぽん太は初めて聞いたものですが、馬に乗って糸巻きを持ってました。
 Wikipediaによると、馬鳴(めみょう)は古代インドの仏教僧侶。またこちらの遠藤純祐「馬鳴曼荼羅成立の背景について」(pdf)を斜め読みすると、中国の民間信仰の中で、白馬に乗った姿や、養蚕との関連が培われてきたようです。確かに日本でも諏訪や群馬などで信仰されていることがに多いようですね。

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