カテゴリー「思想・宗教」の157件の記事

2018/05/18

【仏像】奈良から平安初期の薬師如来の変遷がわかります。「名作誕生-つながる日本美術」東京・国立博物館

 文楽を見た帰りに寄ったため、入館したのが4時過ぎ。閉館は5時だったので、仏像だけゆっくり見て、あとは駆け足の鑑賞となりました。
 音声ガイドのナレーションがなんと壇蜜さんだったので、ひょっとしたらセクシー解説なんじゃないかと思ってつい借りそうになりましたが、観仏に色欲は禁物と、あきらめました。
 今回の展覧会は、「名作誕生-つながる日本美術」と銘打っており、有名作品がどのような背景で生まれ、どのように受け継がれていったかを示すものです。第1章「祈りをつなぐ」の1「木の祈り」では、国宝の元興寺薬師如来立像(8〜9世紀)を中心に、8世紀に中国で作られた仏像に始まり、鑑真が中国から連れて来た仏師によるもの、それを元に日本人が作ったもの、そして9世紀になって日本的な様式が確立していくという流れを見てとることができました。
 
 仏像は11点が出品されており、国宝が2点で、残りのすべても重要文化財。ちょっと見に行けないところや、行っても見れない仏様などもあり、なかなかのラインアップでした。

 山口県、神福寺の十一面観音菩薩立像は、像高45cmと小さめのですが、一木造で、深く細かく掘られています。お顔や頭上面、指先が失われているのは残念です。唐代後期に中国で作られたものだそうで、胴長のプロポーションが外国風です。秘仏で、通常は30年に1度のご開帳。

 道明寺の十一面観音というと、国宝のそれが有名ですが、これは「試みの観音」と呼ばれる重要文化財の方です。しかし、国宝は月1回ご開帳されるに対し、重文は普段はご開帳されておりません。そういう意味では、こちらのほうが貴重かもしれません。
 「試みの観音」ということは、菅原道真が、国宝の十一面観音を彫る前に、試しに彫ったものということでしょうか。胴長短足で大きな顔、切れ長の目。小さいながらもなんか迫ってくるものがある仏様です。

 唐招提寺の伝薬師如来立像は、ほぼ等身大の一木造。どっしりとボリューム感があり、特に太ももあたりがすごいです。衣紋も特にお腹のあたりが深く密に彫り込まれています。両腕は欠けております。鑑真に伴われて日本に来た仏師の作と考えれているそうです。

 同じく唐招提寺の伝衆宝王菩薩立像は、上と同じく唐招提寺の旧講堂に安置されていた仏さま。

 元興寺の薬師如来立像は「国宝」です。奈良国立博物館に寄託されており、そちらで拝観することができます。体の雰囲気は、唐招提寺の伝薬師如来立像と似ておりますが、衣紋に変化がつけられていたり、彫りもやや浅いなど、ちょっと日本風になってきてます。おおらかさを残す体に比べ、顔は小さめで表情も厳しいです。これって、頭だけ後からつけたんじゃないの?などとぽん太は思ってしまいますが、こういうものだそうです。
 
 奈良県笠区の薬師如来立像は、お顔がちょっとアレ。頬から喉がでっぶりと肉付きよく、目つきも怖いです。お体は上の元興寺に似てますが、さらに衣紋は写実的となり、流れが自然になってきてます。体のバランスも良くなってます。

 京都・阿弥陀寺(京都国立博物館に寄託?)の薬師如来立像は、1m足らずの大きさですが、ぎゅっと凝縮されたような充実した仏様。体つきもどっしりしており、大きめの角ばったお顔も、目を吊り上げて怖い表情。いわゆる翻波式の衣紋も美しくかつダイナミックです。

 大阪の孝恩寺の薬師如来立像は、等身大の仏様。衣服や、衣紋の流れは、これまでの仏様と似ていますが、すらりと背が高いプロポーションが特徴か。背が高いついでに、頭髪、特に肉髻が盛り上がっていて、顔が小さく、しかも下の方にキュッと集まってます。気の弱いおばちゃんみたいな表情。威厳や威圧感はありません。

 兵庫県は淡路島の成相寺の薬師如来は、ほぼ等身大の仏様ですが、これまた力強さが感じられます。堂々たる体、翻波式の衣紋、ほどよく角ばったお顔、切れ長でつり上がった目、キュッと引き締まった口。

 薬師如来の最後は京都・春光寺。これも平安初期らしいのびやかで力強い作品でした。

 次は部屋が変わって、壁には様々な普賢菩薩の絵が飾ってあり、中央に大倉集古館の国宝の普賢菩薩騎象像が安置されております。東京所蔵の唯一の国宝仏像彫刻です。
 こちらは12世紀の作で、前の部屋の8〜9世紀の仏様とは全然違い、非常にバランスのとれたお姿。お顔もちょっと丸みをおびて、お優しいです。
 枝葉末節ですが、象の玉たまとおち○ち○がちゃんと表現されていることに気がつきました。また、この像だけでなく、多くの像で象の鼻が平べったく表現されてますが、上唇がそのまま伸びていると誤解していることもわかりました。


 仏像以外にも様々な作品が展示されておりました。
 特に昨年、84年ぶりに発見されたという幻の雪舟、「倣夏珪山水図」も展示されていたのですが、下調べが不十分で見逃しました……。

創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年 特別展「名作誕生-つながる日本美術」

東京国立博物館 平成館
2018年4月13日~ 2018年5月27日
(5/16に鑑賞)

特設サイト
国立博物館公式サイト

出品目録(pdf, 928.4K)


【出展された全仏像リスト】●国宝、◎重要文化財

◎伝薬師如来像 木造 像高160.2cm 奈良時代 8世紀 奈良・唐招提寺 画像
◎伝衆宝王菩薩立像 奈良時代 8世紀 奈良・唐招提寺 画像
◎十一面観音菩薩立像 一木造 像高45cm 中国・唐時代 8世紀 山口・神福時 画像
◎十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 大阪・道明寺 画像
●薬師如来立像 一木造 素地 像高164.8cm 奈良〜平安時代 8〜9世紀 奈良・元興寺 画像
◎薬師如来立像 平安時代 9世紀 奈良・笠区 画像
◎薬師如来立像 像高95.1cm 平安時代 9世紀 京都・阿弥陀寺 画像
◎薬師如来立像 一木造 黄土彩 像高158.4cm 平安時代 9世紀 大阪・孝恩寺 画像
◎薬師如来立像 榧 一木造 像高156cm 平安時代 9世紀 兵庫・成相寺 画像
◎薬師如来立像 榧 像高146.7cm 平安時代 9世紀 京都・春光寺 画像
●普賢菩薩騎象像 平安時代 12世紀 東京・大倉集古館 画像

【その他の主な出品作】
●天橋立図 雪舟等楊筆 室町時代 15世紀 東京国立博物館
 倣夏珪山水図 雪舟等楊筆 室町時代 15世紀 山口県立美術館寄託
◎仙人掌群鶏図襖 伊藤若冲筆 江戸時代 18世紀 大阪・西福寺
●洛中洛外図屏風(舟木本) 岩佐又兵衛筆 江戸時代 17世紀 東京国立博物館
 士庶花下遊楽図屏風 岩佐又兵衛筆 江戸時代 17世紀 富山・白河豚美術館
 見返り美人図 菱川師宣筆 江戸時代 17世紀 東京国立博物館

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2018/03/31

【展覧会】葛井寺の千手観音、道明寺の十一面観音など・特別展「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」東京国立博物館

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 東京国立博物館で開催された「仁和寺と御室派のみほとけ」展は、仏像ファンにとって、なかなか見応えのある展覧会でした。
 特に、普通でもなかなか見れない秘仏がいくつも来てました。いずれも数年に1度、あるいは年に数日しか公開されていないものばかり。ブリューゲルでもベラスケスでも、所蔵している美術館に行けば見ることができますが、これらの秘仏はお寺まで出かけたとしても、なかなか見ることができません。
 また、普段なら修行僧しか入れない仁和寺の観音堂の内部が、仏像や壁画にいたるまで再現され、写真撮影オーケーになってました(冒頭の写真)。その迫力に圧倒されそうになります。

 今回ぽん太とにゃん子が見たかったのは、大阪は葛井寺(ふじいでら)の国宝・千手観音菩薩坐像。お写真は例えばこちら(葛井寺|サライ公式サイト)。毎月18日と、8月9日しか見ることができない秘仏です。
 「千手」観音といっても、実際は42本の手で表現されていることが多いのですが、この仏さまは千本の手を持っております。ってゆ〜か、実際に数えてみたら1041本で、なんと千本以上の手をお持ちだったそうです。
 千本近い手を持つ千手観音を「真数千手」などと呼ぶようで、代表作は唐招提寺の千手観音(現存953本)ですね。ぽん太は他に、福井県小浜市の妙楽寺や(本数不明)、京都府京田辺市の寿宝寺の千手観音を拝観したことがあります(ともに正確な手の本数は不明です)。
 全国に真数千手がどれだけあるのかは定かではありませんが、こちらのサイト(和顔愛語 古寺と古仏を訪ねて)にかなりのものがリストアップされてます。
 で、葛井寺の千手観音に話を戻すと、写真で見るほどのワラワラ感はありません。そして手ばかりに気を取られがちですが、お顔がとてもよい表情をしております。正面から見ると、ちょっと気の小さいお父さんのようですが、(仏さまから見て)斜め左から見ると、なかなかハンサムでお優しいお顔です。東大寺法華堂の日光・月光菩薩(現在は東大寺ミュージアムにあります)との類似性が指摘されているそうです。
 お身体は、千本の手のボリュームに対抗するためか、やや太めでがっしりとしており、上体をやや前に倒してます。
 さらに今回は仏様の後ろ側に回りこめるので、十一面のうちのにこやかな大笑面や、千本の手が付いている様子も見ることができました。

 もう一つぽん太とにゃん子が見たかったのが、大阪は道明寺の国宝・十一面観音菩薩さまです。お写真はたとえばこちら(まるわかり天神縁起)。こちらも毎月18日と25日にしかご開帳していない秘仏です。菅原道真が自ら刻んだという言い伝えがあるそうです。
 頭上面から台座の蓮肉まですべてを一木から彫り出したという一木造り。素材はカヤで、ほとんど彩色せずに木肌の美しさを見せております。お顔や体はふっくらとして肉付きがよいです。正面から見るとウエストがしまってますが、横から見るとお腹の前後の幅が大きいです。衣紋も彫りが深く、ちょっとマニエリスム的な迫力があります。
 国宝の十一面観音は日本に7躯ありますが(リストは例えばこちらまったりと和風)、これでぽん太は、室生寺と六波羅蜜寺をのぞいて5躯を拝観したことになります。

 仁和寺の秘仏本尊・薬師如来坐像も出品されてました。お写真は例えばこちら(金閣寺・御朱印)。像高12センチと小さいですが、白檀を細かく彫んであり、素地の上に精緻な截金(きりかね)文様(細かく切った金箔を貼って描いた模様)が施されております。光背や台座に、日光・月光菩薩や七仏薬師、十二神将まで刻まれてます。
 仏さまが小さいこともあって、立ち止まらないでくださいのシャンシャン状態でした。
 実はこの仏さま、昨年の京都国立博物館の「国宝」展にも出ていて、そこではゆっくりと見ることができました。その時は金印がシャンシャン状態でした。

 同じく仁和寺の阿弥陀三尊像(国宝)は、仁和寺創建当時のご本尊だったと言われております。お写真は、例えばこちらのサイト(仏像リンク)の真ん中あたりにあります。
 ボリューム豊かで顔もぱんぱん。おちょぼ口で、なんか可愛らしいです。脇侍の観音・勢至菩薩も、同じようなお顔で体もぽっちゃり。見慣れたお姿とはだいぶ違います。両脇寺が立像で、阿弥陀如来が坐像なのが珍しいですが、奈良時代以来の伝統とのこと。お座りになって定印を結んでいるお姿の阿弥陀如来としては、現存最古のものだそうです。ということはこのお姿は、われわれには見慣れた姿ですが、当時は最新のものだったということですね。

 そのほか様々な仏さまがいらっしゃいましたが、あまりに多すぎるので感想をいちいち書くのは差し控えたいと思います。
 


特別展「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」

東京国立博物館
会期:2018年1月16日~ 2018年3月11日
訪問日:2018年2月28日

特設サイト
東京国立博物館のサイト

作品リスト (pdf: 987.0K)

出展された仏像のリスト

9  国宝 薬師如来坐像 円勢・長円作 1軀 平安時代・康和5年(1103) 京都・仁和寺
139   覚深法親王像   1幅 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
140   顕證坐像   1軀 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
147   千手観音菩薩立像 1軀 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
148   降三世明王立像   1軀 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
149   不動明王立像   1軀 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
150   二十八部衆立像   28軀 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
151   風神・雷神立像   2軀 江戸時代・17世紀 京都・仁和寺
152 国宝 阿弥陀如来坐像および両脇侍立像  3軀 平安時代・仁和4年(888) 京都・仁和寺
153 重文 吉祥天立像   1軀 平安時代・10世紀 京都・仁和寺
154 重文 愛染明王坐像   1軀 平安時代・12世紀 京都・仁和寺
155 重文 文殊菩薩坐像   1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・仁和寺
156 重文 悉達太子坐像 院智作 1軀 鎌倉時代・建長4年(1252) 京都・仁和寺
157 重文 釈迦如来立像   1軀 鎌倉時代・13世紀 宮城・龍寶寺
158   菩薩坐像   1軀 奈良時代・8世紀 神奈川・龍華寺(神奈川県立金沢文庫管理)
159 重文 大日如来坐像   1軀 平安時代・10世紀 三重・蓮光院
160 重文 降三世明王立像   1軀 平安時代・11世紀 福井・明通寺
161 重文 深沙大将立像   1軀 平安時代・11世紀 福井・明通寺
162 重文 馬頭観音菩薩坐像   1軀 鎌倉時代・13世紀 福井・中山寺
163 重文 十一面観音菩薩立像   1軀 平安時代・10世紀 京都・遍照寺
164 重文 五智如来坐像   5軀 平安時代・12世紀 大阪・金剛寺
165 重文 大日如来坐像   1軀 平安~鎌倉時代・12世紀 大阪・金剛寺
166 国宝 十一面観音菩薩立像   1軀 平安時代・8~9世紀 大阪・道明寺
167 国宝 千手観音菩薩坐像   1軀 奈良時代・8世紀 大阪・葛井寺 2/14~
168 重文 如意輪観音菩薩坐像   1軀 平安時代・10世紀 兵庫・神呪寺
169 重文 不動明王坐像   1軀 平安時代・10世紀 広島・大聖院
170 重文 千手観音菩薩坐像   1軀 平安時代・10世紀 香川・屋島寺
171 重文 八幡神本地仏坐像   3軀 平安時代・11世紀 香川・長勝寺
172 重文 千手観音菩薩坐像 経尋作 1軀 平安時代・12世紀 徳島・雲辺寺
173 重文 毘沙門天立像 慶尊作 1軀 平安時代・寿永3年(1184) 徳島・雲辺寺
174   不動明王立像 慶尊作 1軀 平安時代・12世紀 徳島・雲辺寺

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2018/03/30

【仏像】若者っぽい十一面観音さまは必見。禅定寺(京都府宇治田原町)

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 十一面観音さまに会いに禅定寺に行ってきました。
 写真は本堂です。茅葺の屋根と、手入れが行き届いた庭がいい雰囲気です。江戸時代に建てられたものだそうです。

【寺院名】曹洞宗 白華補陀落山 観音妙智院 禅定寺(びゃくげほだらくさん かんのんみょうちいん ぜんじょうじ)
【公式サイト】http://zenjyoji.jp/index.html
【住所】京都府綴喜郡宇治田原町大字禅定寺小字庄地100
【拝観日】2018年3月5日
【拝観】毎日可。拝観料500円。
【仏像】
 十一面観音立像(本尊)  寄木造漆箔 像高286cm 藤原時代初期(10世紀末) 重文
 日光菩薩立像 一木造彩色 像高203cm 本尊とほぼ同時期 重文
 月光菩薩立像 一木造彩色 像高208cm 本尊とほぼ同時期 重文
 文殊菩薩騎獅像 一木造彩色 像高 57cm 藤原時代 重文
 持国天 一木造彩色 像高164cm 藤原時代 重文
 増長天 一木造彩色 像高163cm 藤原時代 重文
 広目天 一木造彩色 像高156cm 藤原時代 重文
 多聞天 一木造彩色 像高161cm 藤原時代 重文
 延命地蔵菩薩半跏像 一本道彩色 像高 88cm 藤原時代 重文
 大威徳明王像 一木造彩色 像高 60cm 藤原時代 町指定

 金剛力士像 阿形・吽形 江戸期
【写真】公式サイトの下記のページにリンクがあります。
http://zenjyoji.jp/actual1.html

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 まずは仁王門です。

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 恒例の仁王様から。阿形がピンボケです……。あんまり神々しさはなく、そこらのおっちゃん風。

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 仏さまは宝物館のなかにいらっしゃいます。雨の日は湿気の関係で拝観を断れることも多いのですが、お参りさせていただけました。
 正面に十一面観音さまと日光・月光菩薩がおられ、手前の左右に向かい合わせになって、ほかの仏様が安置されております。

 ご本尊の十一面観音さまは、像高3メートル弱とかなり大きいです。若々しく張りのある精悍なお顔で、手塚治虫の漫画に出てきそうです。まっすぐに立って胸を張り、体からも力がみなぎっています。観音様というと女性的な仏さまが多いですが、この像は青年っぽいです。これはお参りする価値があります。

 日光・月光菩薩は、ほかのお寺から移された客仏とのこと。膝を少し開いてゆったりと立ち、表情も含め、ちょっとオリエントっぽいです。日光菩薩はちょっと肘を張っています。月光菩薩の方が静かな感じ。

 四天王は古風で雅やかな味わいがあります。邪鬼ではなく岩座の上に立っております。

 地蔵菩薩は、岩の上に腰掛けて片足を下に垂らした「半跏」なのが珍しいです。

 獅子に乗った文殊菩薩は、ちょっぴり太めで衣服も簡素。ぱかっと口を開けた獅子も装飾的で、これまた雅やかで古風。

 その横には、象に乗った普賢菩薩、ではなくなんと大威徳明王! 大威徳明王といえば、水牛に乗っているのがあたりまえ。うっかり乗り間違えたのか? んなわけない。後から組み合わされたものでしょう。ということで、残念ながら国の重文には指定されず、町指定の文化財。象が顔を上げて口を開き、パオ〜〜ンと鳴いてる感じなのがいいです。妙に惹かれる仏様です。

 片隅に伝運慶の狛犬(?)が置かれておりましたが、運慶には似ても似つかぬお姿で、ご愛嬌といったところか。

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 こちらは本堂の隣にある観音堂。なかで薬師如来や十二神将を見たはずですが、ちと覚えてません。お写真も見つかりませんでした。

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2018/03/29

【仏像】磨崖仏とフィールドアスレチック・笠置寺(京都府笠置町)

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 「京都・南山城十一面観音巡礼」(公式サイトはこちら)のチラシに出ていた十一面観音さまを見に、笠置寺に行ってきました。
 曇り〜雨模様で、時折激しい雨がパラつくという不安定な天気です。
  車のすれ違いもできないような山道をうねうねと登っていくと、駐車場に出ます。ここから長い石段を登ると山門があります。

【寺院名】真言宗智山派 鹿鷺山 笠置寺(しかさぎさん かさぎでら)
【公式サイト】http://www.kasagidera.or.jp
【住所】京都府相楽郡笠置町笠置山29
【拝観日】2018年3月5日
【拝観】毎日可。拝観料300円。駐車場がありますが、途中の道が狭いです。
【仏像】
  本尊弥勒磨崖仏 奈良時代
  虚空藏磨崖仏

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 「笠置型燈籠」を復元したものです。解説によると、平安時代に山道に建てらていたとの文書が残っているものの、どういう形かまったくわからなかったのですが、インターネットで全国に資料を求めたところ、大正時代の本に形や大きさが記載されていることがわかり、復元に至ったそうです。

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 こんなところに猫の石像が……。台座には「笠やん」と書いてあります。なんだろ?

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 正月堂のなかに正解が。境内を案内する猫としてマスコミを賑わした野良猫ちゃんだそうです。

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 山道を歩いていくと、巨岩が目に入ります。
 手前に写っている十三重石塔は国の重要文化財。ぽん太にはありがたみがよくわかりません。

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 笠置寺ご本尊の弥勒磨崖仏。
 こりゃなにかい?心が綺麗な人にだけ見えるってやつ?
 笠置寺は、元弘元年(1331年)に鎌倉幕府打倒を企てて挙兵した後醍醐天皇が陣をしいたところで(元弘の乱)、戦火により笠置寺は消失、磨崖仏も表面が剥離してしまったそうです。

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 正月堂のなかにあった復元図です。

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 こちらが正月堂。室町時代に再建されたもの。奈良のお水取りの第一回目が、ここで行われたという言い伝えが残っているそうです。

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 さらに道をすすむと、また磨崖仏が。こちらは形がくっきり残ってます。虚空蔵磨崖仏です。

 このあと、もうちょっと行けば十一面観音さまがいるのではないかと道を進んで行ったのですが、ほとんどフィールドアスレチック状態で、「胎内くぐり」やら「太鼓石」やら「ゆるぎ石」やらの奇岩があります。小雨が降っていたので、写真はありません。
 約30分後、やっと入り口に戻ってきました。受付の人に聞いたら、阿弥陀如来は受付の隣の収蔵庫に安置されているけど、天気が悪いので本日は後悔していないとのこと。最初に聞けば良かった。
 でも、フィールドアスレチックの間、土砂降りにならなかったのが、せめてものご利益でした。

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2018/03/28

【仏像】ふくよかな阿弥陀様さまにあゝ癒されます・岩船寺(奈良県木津川市)

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 京都南部の木津川市、浄瑠璃寺の近くにある岩船寺。中世には奈良の寺院の世俗化を嫌った僧たちの修行の場だったという。
 し、しかし、50人くらいの団体客がバスで到着。大混雑でしたcoldsweats01。おかげで解説が聞けたのでよかったけど……。
 本堂に阿字池、三重塔など、伽藍が整ったお寺です。

【寺院名】真言律宗 高雄山(こうゆうざん) 報恩院 岩船寺
【公式サイト】なし
【住所】京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43
【拝観日】2018年3月5日
【拝観】毎日可。拝観料400円。。
【仏像】
  木造阿弥陀如来坐像 欅一木造 像高284cm 平安時代 重文
  厨子入木造普賢菩薩騎象像 一木造 像高39cm 平安後期 重文
  木造四天王立像 鎌倉時代 市指定

  十一面観音像 鎌倉時代
  十二神将像 室町時代
  薬師如来像 室町時代
  釈迦如来像 室町時代
  不動明王像 室町時代
  菅原道眞像 ムロマリ時代

  石室不動明王像 鎌倉時代 重文

【画像】下記のサイトでお写真が見られます。
  阿弥陀如来・四天王
   ・ストイックに仏像
   ・仏像クラブブログ
  普賢菩薩
   ・letuce's room


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 本堂はなかなか古風……に見えますが、昭和63年に再建されたもの。このなかにご本尊の阿弥陀如来さま他の仏様が安置されております。

 ご本尊の阿弥陀如来坐像は、丈六かやや大きめの坐像。ふっくらしたお顔で、体もふくよか。定朝以前の古風なお姿で、なんか癒されますね。頭と胴体が一木造で作られているそうです。また、円が二つ重なったような二重円光と呼ばれる光背も、古風な形式だそうです。衣の一部に朱色が残ってます。

 普賢菩薩騎象像は、像高39cmと小さいですが、平安後期に作られた重要文化財です。厨子のなかに収められています。雅びやかでチャーミングな仏様ですが、ニタっと笑う象が怪しいです。鼻に蓮華を持っているのもぽん太は初めて見ました。

 四天王は鎌倉時代の作。邪気ではなく岩の上に立っているのは、「岩船寺」という名前にちなんだのか、という解説でした。

 裏側に回り込むと、十一面観音ほかの仏さまが安置されています。

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 庭にある石室の中には……

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 不動明王のレリーフがあります。鎌倉時代の作で、重要文化財だそうですが、ぽん太にはちとありがたみがわかりません。

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 三重塔も室町時代に建てられたもので、重要文化財です。垂木をちっちゃな邪気が支えているのが珍しいそうですが、どこかな?

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 あ、いた。

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2018/03/27

【仏像】技芸天はお顔とお体のアンバランスが美しい・秋篠寺(奈良市)

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 技芸天で有名な秋篠寺に行ってきました。

【寺院名】秋篠寺
【公式サイト】なし
【住所】奈良県奈良市秋篠町757
【拝観日】2018年3月5日
【拝観】毎日可。拝観料500円。無料駐車場あり。
【仏像】
  技芸天 像高204.5cm 頭部:乾漆 天平時代、体部:寄木造 鎌倉時代 重文
  愛染明王 寄木造 鎌倉末期
  帝釈天 像高206.0cm 頭部:乾漆 天平時代、体部:寄木造 鎌倉時代 重文
  不動明王 寄木造 鎌倉末期
  薬師如来 像高140.5cm 寄木造 鎌倉後期 重文
  日光菩薩・月光菩薩 一木造 平安初期 重文
  十二神将 像高65.8〜72.5cm 寄木造 鎌倉末期
  地蔵菩薩 一木造 平安中期 重文
  五大力菩薩 像高102.5~ 123.5cm寄木造 平安末期
【写真】下記のサイトにお写真がいろいろあります。
ノンさんのテラビスト/a>

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 写真は東門です。
 普通はお寺の名前は、〇〇宗××山△△寺となっておりますが、ここは単に「秋篠寺」。昭和24年以後、どこの宗派にも属していないそうです。奈良時代末期に遡るという創建のいわれも定かではないそうです。ちょっと不思議なお寺ですね。

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 こちらが仏さまが収められている本堂です。創建当初は講堂でしたが、鎌倉時代に大修理が行われ、以後は本堂と呼ばれているそうです。奈良時代の様式が残されており、国宝に指定されております。

 本堂の内部が土間になっているのも珍しいです。やや暗いなか、大きめの仏様がずらりと並んでおり、厳かな雰囲気です。。
 中央に本尊の薬師如来、左右に日光・月光菩薩、その後ろに十二神将が並びます。それらの向かって左側に、内側から地蔵菩薩、技芸天、左端に五大力菩薩。向かって右側には、内側から不動明王、帝釈天、愛染明王が配置されております。

 ご本尊はさておき、まずは技芸天から。等身大よりやや大きく、全体にぽっちゃり系。優しい笑みを浮かべたお顔、軽くひねってなまめかしささえ漂うポーズ。人気があるのがうなづける素晴らしい仏さまです。
 技芸天というのは、ぽん太は初めて聞いたお名前ですが、現在の日本にはこの像しかないんだそうです。「摩醯首羅大自在天王神通化生伎藝天女念誦法」などの経典に記載され(原文はこちら。ぽん太は読めまひぇん)、大自在天の髪際から化生した天女で、吉祥と芸能を司るそうです。
 この像は、元々は天平時代に乾漆造りで造られましたが、災禍によって首から下が失われてしまい、鎌倉時代に体部が寄木造りで補われたんだそうです。
 そう言われてもう一度よく見てみると、お顔は天平らしい天真爛漫で屈託のない笑顔。きっと当初のお体は動きが乏しく古風だったことでしょう。しかし現在のお体は、鎌倉時代らしく、実にしなやかで優雅。衣の流れも繊細で装飾的です。顔に合わせてふくよかに作ってるのも見事!
 つまりこの像の魅力は、天平の頭部と、鎌倉の体部のアンバランスが生み出していると言ってよいでしょう。
 喩えて言えば安達祐実みたいなものか(ナンノコッチャ)。

 ご本尊の薬師如来は、鎌倉時代後期の作ですが、わざと古風に造られているそうです。お顔も肉付きがよくてちょっと木喰っぽく、定朝様式以前を模したのでしょうか。衣紋の流れはノミ跡がシャープで流麗。衣服が台座にまで垂れ下がっているのは宋風でしょうか?

 日光・月光菩薩は平安初期の一木造り。体にひねりがなく、まっすぐ直立しているのが古風です。よくある蓮の花のような日輪・月輪ではなく、卓球のラケットみたいなのを持ってるのが珍しいです。解説によると鏡なんだそうです。

 十二神将は、鎌倉時代末期の作とのことで、それぞれの個性や動きがうまく表現されております。帝釈天さまは、技芸天と同じように、天平のお顔に鎌倉のお体。こちらはどっしりとしております。地蔵菩薩はけっこう小さいですが、お顔が怖い。お厨子の中に愛染明王像。五大力像は、痩せててポーズも定型的で、あんまり迫力がありませんでした。

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2018/03/26

【仏像】渡海文殊ほか鎌倉時代の仏さまがいっぱい・西大寺@奈良市

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 東大寺は知ってても、西大寺(さいだいじ)は知らない人が多いのでは?
 名前の通り、奈良の西部にある西大寺。奈良時代創建の真言律宗の総本山ですが、その後衰退し、鎌倉時代に叡尊によって復興されました。ということで、奈良のお寺でありながら、鎌倉時代の仏像がいっぱいあります。

 ぽん太とにゃん子は、昨年春に三井記念美術館で行われた「奈良西大寺展」を見ているのですが、狸と猫だけにあんまり覚えてないのと、美術館ではなくお寺で見たいという気持ちから、訪ねてみることにしました。実際、西大寺展に出品されていなかった仏像をいくつも見ることができました。

 本堂、四王堂、愛染堂、聚宝館の四つのお堂がありますが、残念ながら聚宝館は拝観期間外。残りの三つのお堂を拝観いたしました。

【寺院名】真言律宗総本山 西大寺(さいだいじ)
【公式サイト】http://saidaiji.or.jp
【住所】奈良県奈良市西大寺芝町1-1-5
【拝観日】2018年3月6日
【拝観】四つの建物があり、拝観時間が若干異なります。聚宝館は開館期間が決まってます。秘仏愛染明王は期間限定の公開。料金は四堂全部なら1000円。有料駐車場有り。
【仏像】
本堂
  本尊釈迦如来立像 鎌倉時代 重文
  文殊菩薩騎獅像及び四侍者像 鎌倉時代 重文
  弥勒菩薩坐像 鎌倉時代 市指定
  弘法大師坐像 江戸時代
  興正菩薩坐像 江戸時代
四王堂
  十一面観音立像 平安後期 重文
  四天王立像(金銅四天王邪鬼) 増長天の邪気が天平時代 他は鎌倉〜室町 重文
愛染堂
  愛染明王坐像(お前立ち)
  興正菩薩寿像 鎌倉時代 国宝

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 まず本堂から。この建物自体が、江戸中期に建てられた国の重要文化財です。

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 中央にはご本尊の釈迦如来さまがいらっしゃいます(以下、この記事の仏像の写真は、すべてWikipediaのパブリックドメインのものです)。もちろん「奈良西大寺展」には来てませんでした。
 一見してわかる「清涼寺式釈迦像」ですね。縄を巻いたような頭髪、両肩を覆う衣、前面の同心円状の衣の襞などが特徴です。
 インドに仏陀がまだ生きていた頃にその姿を刻んだ像がありました。その像はのちに中国に伝わり、10世紀後半にそれを模刻したものが日本に請来され、京都の清涼寺に祀られました。この像は「生きているお釈迦様」として信仰を集めたそうで、なんと体内には内臓の模型が収められていました。
 鎌倉時代になって、この釈迦像を模刻したものが日本各地に100体近く作られ、「清涼寺式釈迦像」と呼ばれております。この清涼寺式釈迦像の流行に大きな影響を与えたのが、上で触れた西大寺の中興の祖の叡尊です。叡尊は、仏教をお釈迦様が生きていた時代にまで戻し、お釈迦様自身を崇拝することが大切だと考えたため、清涼寺式釈迦像を本尊としたと言われております(清涼寺式を中心とする特定の模刻像の流行(1)。これ、高校生の論文ですね。お見事です)。
 運慶・快慶が活躍した鎌倉時代に、このような復古調の模刻像を本尊としたのには、叡尊の深い深い思いがあったんですね。

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 次は、ご本尊の向かって左に安置されている、文殊菩薩騎獅像及び四侍者像。いわゆる渡海文殊の形式です。「奈良西大寺展」には、文殊菩薩・善財童子・最勝老人が来てました。ということで優填王(うでんおう)と、仏陀波利三蔵(ぶっだばりさんぞう)には初めてお目にかかりました。
 これらは鎌倉時代らしい素晴らしい仏様です。文殊様が持っている蓮の葉が閉じているのか、チューリップみたいに見えるのが不思議です。獅子がとても生き生きしております。つぶらな瞳の善財童子や、口をへの字に結んで体を弓なりに曲げた優填王など、キャラが立ってます。

 向かって右には、弥勒菩薩坐像。写真は例えばこちらのサイトの真ん中辺にあります。丈六の大きな坐像で、顔が大きく、どっしりしております。

 他には江戸時代の弘法大師像や、興正菩薩坐像がありました。


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 次は四王堂です。奈良時代に西大寺が創建されるきっかけとなった金銅の四天王を祀るためのお堂ですが、現在のものは江戸時代に再建されたものです。

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 内部の四天王も、残念ながら当初のものは残っておらず、後年に再興されたもの。持国天・増長天・広目天は銅像で、多聞天像は左足の膝から下を除き木造。増長天が踏みしめている邪鬼だけが、天平時代の創建当初のものだそうです。
 ぽん太は銅像の四天王は初めて見ましたが、やはり重量感があります。

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 中央には丈六よりも大きな十一面観音様がおられます。下垂した右手に錫杖を持ち、左手には蓮の華瓶。いわゆる長谷寺式の十一面観音像ですね。平安後期の作で、元々は法勝寺十一面堂の本尊であったものを、正応2年(1289年)に四王堂に移したそうです。


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 最後は愛染堂です。
 秘仏の愛染明王は公開されておりませんでしたが、「奈良西大寺展」でお目にかかりました。今回は前立ちの愛染明王さまにご挨拶。

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 興正菩薩寿像です。興正菩薩=叡尊ですね。素晴らしい写実彫刻ですが、本人が生きている間に長寿を願って造られた寿像(じゅぞう)であることが、特色だそうです。国宝ですね。

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2018/03/25

【仏像】本尊阿弥陀如来など@西念寺(京都府木津川市)付:回復地蔵(貝吹地蔵)

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 京都府は木津川市にある西念寺を訪問。
 『万葉集』や『古今和歌集』にも記されている鹿背山(かせやま)の中腹にあり、いにしえは浄勝寺と呼ばれておりましたが、江戸時代に西念寺と改称され、現在に至っているそうです。
 また鹿背山には中世に城郭が築かれていたそうです(木津川の文化財と緑を守る会)。

【寺院名】西山浄土宗 鹿山(かせやま) 医王院 西念寺(さいねんじ)
【公式サイト】https://rokuzan.jimdo.com
【住所】京都府木津川市鹿背山鹿曲田65
【拝観日】2018年3月6日
【拝観】通常は本堂は非公開。薬師堂は扉の小窓からの拝観となる。期間限定で公開されるようだが、時期は要問い合わせ。駐車場はありません。
【仏像】
本堂
  本尊阿弥陀如来坐像 像高89.77cm 江戸時代
  阿弥陀如来坐像 像高56.3cm 平安後期
  善導大師坐像
  法然上人坐像
薬師堂
  薬師如来坐像 像高50.7cm 平安後期 府指定
  日光・月光菩薩立像
  十二神将
近所
  回復地蔵

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 大ぼけコンビのぽん太とにゃん子、何も考えずに西念寺を訪れましたが、お寺の人は不在。どうしようかと悩んでいたところに、ちょうど住職さんが帰宅。拝観を申し出ると、普段は仏様は公開していないとのこと。ところが、わざわざ東京から来たぽん太とにゃん子を哀れんだのか、御本尊にだけお参りさせて下さいました。説明もしてくださり、とってもお優しい住職さまでした。

 江戸時代に作られたという阿弥陀さまは、ちょっとキョトンとした表情で、どちらかというと魚顔の、お優しいお顔。
 ご本尊の向かって右奥に三体の坐像があり、右から善導大師、阿弥陀如来、法然上人。阿弥陀さまは今のご本尊が作られる以前のご本尊だったそうですが、平安後期の作風だそうで、古風でこれまたお優しい表情の、いい阿弥陀様でした。善導大師が帽子(名前は忘れました。水冠かな?)を被っているのがちょっと珍しいそうです。
 お写真は、ネットで探しましたがちょっと見当たらないです。

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 こちらは薬師堂です。さすがにこちらまで開扉はしていただけず、扉の小窓からの拝観。仏様のお写真は例えばこちらにあります(関ジャニ丸山さんが顔まね披露 西念寺の十二神将像|朝日新聞DIGITAL)。

 厨子の扉は開いていて、中に小ぶりな薬師如来さま。こちらも穏やかな表情です。両脇に日光・月光菩薩、逗子の外側に十二神将がいるのがわかりますが、あまりよく見えませんでした。

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 鐘楼の鐘は、戦争中に供出させられそうになりましたが、当時の住職が、村人に時を知らせる大切な鐘であることを説明し、供出を免れたそうです。
 樹皮が付いたままの丸太の撞木が珍しいですね。
 お寺のお庭も端正に手入れされていて、住職さんのお人柄が伝わります。


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 住職さんに教えていただき、お寺のすぐ近くにある磨崖仏のお地蔵さんを拝観しました。苔の緑が美しいですね。

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 左手に持っている宝珠が法螺貝のように見えるので、貝吹地蔵(かいふきじぞう)と呼ばれるようになり、転じて回復地蔵とも呼ばれているそうです。
 南北朝時代の作といわれているそうですが、保存状態がよく、笑顔が素敵です。

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 西念寺の近くで見かけた家。ブルーの瓶(?)が埋め込まれており、ちょっと不思議な建物です。

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2018/03/20

【仏像】外人が気づかず素通り!木造金剛力士像@東大寺南大門、奈良県

 東大寺を歩いていたら、なにやらでっかい門が……。をゝ、これは南大門ではないか?とうことは、この中には仁王様が……をゝ、あったあった!ということで見てきました。

 前回見たのはいつだったか覚えていないくらいの昔。その後仏像に興味を持ち、写真はなんども見てるけど、さすがに実物は迫力があります。そんじょそこらの寺の、なまはげだかなんだかわからない仁王様とは違います。
 外国人観光客が、けっこう気がつかずに素通りしているのが残念。景観保護のためかもしれませんが、外人さんでもわかるような案内板が欲しいところ。


【寺院名】華厳宗大本山 東大寺 南大門
【公式サイト】http://www.todaiji.or.jp/contents/guidance/guidance8.html
【住所】奈良県奈良市雑司町406-1
【拝観日】2018年3月7日
【拝観】常時可能。拝観無料。
【仏像】木造金剛力士立像 木造 像高8.4m 建仁3年(1203年) 運慶・快慶他 国宝

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 まずは向かって右の吽形……と言われてアレ?と思った人は、仏像の通ですね。通常は向かって右が口を開けた阿形で、左が口を閉じた吽形になっていますが、東大寺南大門では逆ですね。
 東大寺の仁王様にはもう一つ珍しい特徴があって、それは互いに向かい合っているということです。普通は両方とも手前を向いております。こうした理由については、ぐぐるといろいろ書かれていますが、実のところはよくわかりません。
 腕や体をひねってダイナミックなポーズで、衣服もなびいてます。勢いよく動いている一瞬を写真で捉えたかのような造形。もちろんカメラなどない鎌倉時代の作。
 写実性と、造形的な様式性が、見事なバランスで入り混じっています。


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 こちらが吽形です。ぐっと重心を下げ、どっしりとしたお姿。ダイナミックさには欠けますが、バランスが良く、力が漲っています。

 二体の金剛力士像は、運慶が指揮をとって制作されましたが、二体の作風の違いから、誰がどれを造ったのか、さまざまな説がありました。以前は阿形が快慶、吽形が運慶が主になって作られたとされ、いや、動きのある阿形が運慶だろう、などという人もいたりしました。1988年から1993年にかけて行われた解体修理で、阿形から運慶、快慶の名が、吽形からは定覚、湛慶らの名前がみつかりましたが、どのように役割分担したかはいまだに議論が続いているそうです。

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2018/03/17

【奈良】東大寺二月堂のお水取りを初めて見る。

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 奈良の東大寺は二月堂で行われる有名な宗教行事、お水取りを見てきました。
 とはいえ、それを目当てに行ったのではなく、たまたま奈良・京都を旅行していて、奈良の居酒屋に入ったら、店員さんからちょうどお水取りの最中であることを知らされ、急遽見に行くことにしたのです。
 店員さんの口調は「なんでこの時期に奈良に来てお水取りを見に行かないんだ!?」みたいな感じで、奈良市民のお水取りに対する並並ならぬ思い入れを感じました。

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 こちらが昼間の二月堂。参拝客で賑わっております。

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 まだ17時ごろだというのに、早くも場所取りの人たちがいます。

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 ところでお水取りってそもそもなに?二月堂に松明が掲げられる映像が頭に浮かびますが……。
 Wikipedia東大寺のホームページを見てみると、二月堂のお水取りは、修二会(しゅにえ)と呼ばれる宗教行事らしい。古来より、冬が終わって一年の初めに豊作を祈る祈年祭(としごいまつり)という儀式が重視されておりましたが、それに相当する仏教行事が修二会だそうです。ですから修二会は、日本各地のお寺で、さまざまなやり方で行われております。
 東大寺の二月堂でもそうした修二会が行われてきたわけですが、ここにひとつの伝説が加わります。若狭神様が魚を採っていて、二月堂の参集に遅れてしまったため、二月堂のほとりに清水を涌き出させて観音様に捧げたんだそうです。
 そういうわけで二月堂の修二会には、「水を汲む」という行事が組み込まれることになり、二月堂の修二会全体が「お水取り」と呼ばれることになったのです。
 修二会は現在3月1日から2週間にわたって行われますが、12日深夜に狭義の「お水取り」の儀式が行われるそうです。二月堂の隣にある若狭井(わかさい)という井戸から水を組んできて、秘仏十一面観音さまの須弥壇の下の甕に「香水」として収めるのだそうです。これらの甕のうちの一つは、「根本香水」と呼ばれ、お水取りの儀式が始まって以来、減った分だけ継ぎ足されてきたものだそうです。「秘伝のタレ」みたいなものですね。

 お水取り(=修二会)の有名な儀式に「お松明」があります。2月堂のテラス(?)に火が焚かれた映像は、誰でも見たことがあると思います。
 木造建築で火を使って火事になったりしないのかと思いますが、心配した通り、寛文7年(1667年)の修二会の最中に失火して二月堂は消失。1669年に再建されたものが、現存の二月堂だそうです。
 お松明は、もともとは儀式をする人たちが二月堂に入場するときの道灯りでした。それが「せっかくだから派手にしよう」ということで、現在のようなかたちに至ったわけですね。お松明は3月12日だけ行われていると思っている人が多いのですが、実は2週間の期間中毎日行われております。ただ12日は、ひときわ大きい松明(籠松明)が11本、一度に焚かれるそうです。

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 というわけで、14日間の修二会では、お松明やお水取り以外にもさまざまな儀式がおこなれているわけで、たとえばこちら(pdf)でその時刻表を見ることができます。
 実はこれらの儀式は、勝手に二月堂の中に入って、無料で見ることができるのです。
 二月堂の正面と両側面の板戸(壁のように見えます)がところどころ開くようになっていて、そこから中に入れます。扉をあけると、暗闇の中に多くの人が座っております。中はほとんど真っ暗で、行われている儀式は何も見えず、ただ物音を聞き、気配を感じるだけです。それでも、とても宗教的な気持ちになることができます。


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 さて、6時過ぎに二月堂に到着。すでに多くの観光客が詰め掛けてます。火の粉を浴びれる真下にはもう入れず、手前の広場からの見学です。灯篭と灯篭の間からテラスが見える位置をゲット。

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 向かって左手から松明が登ってきて、テラスから突き出され、振り回されます。

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 松明が左から右へ、勢い良く移動します。

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 そして右側で再び振り回されます。飛び散る火の粉。真下で見てる人は、ダウンとかに穴があいちゃうんじゃないかな?お寺の人が箒で一生懸命建物から火の粉を払います。
 これが次々と10本。12日のように、11本が勢ぞろいすることはなかったですが、素晴らしい光景でした。
 奈良仏教は、こういう大掛かりな儀式を伝えてきたのですね。お松明だけでなく、12日間続く修二会のパワーは、「鎮護国家」の力がありそうです。

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