カテゴリー「思想・宗教」の197件の記事

2019/06/04

【仏像】密教彫刻の世界/東京国立博物館本館

 東寺展を観たついでに寄りました。小さな企画展でしたが、初めて見る仏さまばかりで、重文もいっぱいありました。しかも一部をのぞいて写真もオーケー。さすが東京国立博物館です。

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 重文の十一面観音菩薩立像は、中国の唐時代に作られた檀像の仏さま。頭でっかちでインド風のお顔。お腹を突き出しております。奈良の談山神社に伝わったものだそうです。

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 こちらは和歌山県は那智勝浦で出土した飛鳥時代の金銅仏。日本の十一面観音の最古例だそうです。

 千葉・小松寺の重文の十一面観音さまは写真撮影禁止。写真は下のリンクからご覧ください。鎌倉時代の鋳銅製です。坐像で4臂のお姿が、十一面観音としては珍しいです。銅板を打ち抜いて作ったという光背が装飾的で見事です。


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 石川県白山市の十一面観音坐像は金銅製で、もとは懸仏(かけぼとけ)だったそうです。鎌倉らしい美しいお姿ですね。

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 鎌倉時代の如意輪観音菩薩坐像は、色が黒くて目つきが鋭い。隅っこに座ってなんか悪巧みをしてるように見えます。

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 重要美術品の不動明王は平安時代の作。全体に肉付きがよく、頬から顎もふっくらしており、腰のひねりも強くて、ちょっと色っぽい不動明王さま。オリジナルのものかどうかぽん太にはわかりませんが、裳(スカート)の模様がとても綺麗です。

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 こちらの鎌倉時代の不動明王様は、どっしりと直立。布の表現がとても見事です。

 運慶の孫にあたる康円の最晩年の作の愛染明王は、写真撮影禁止(下にリンクしてあります)。運慶のようなダイナミックさには欠けますが、細かく装飾的に美しく作り込まれています。重文です。

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 今回の展示作品のなかで最も目を引く色鮮やかな仏さま。赤い彩色や、身にまとった装飾品、裳に施された截金など、非常に美しいです。

 光得寺の大日如来は、運慶の作とも言われているもので、すでに何回かお目にかかっています。

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 平安時代の大日如来は、けだるそうで、衣紋の彫りも浅く、平安後期の定朝様のお姿。

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 南北朝時代の千手観音様は、装飾的で、細長いお顔、ブロックを積み上げたような造形など、この時代の特徴を表しております。

 鎌倉時代の十一面観音様は、プロポーションも良くないし、衣紋の彫りもぎこちない感じがします。
 
 そのほか、中国やチベットの仏像がいくつか展示されておりました。

 

【展覧会名】密教彫刻の世界
【博物館名】東京国立博物館 本館14室

【公式サイト】https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1957
【住所】東京都台東区上野公園13-9
【拝観日】2019年5月9日
【拝観】開催期間:2019年3月19〜6月23日
【仏像】・展示作品リスト

  ◎重要文化財 ○重要美術品 ◆初拝観

◎◆ 十一面観音菩薩立像 1躯  木造、素地 中国 奈良・多武峯伝来  像高42.4cm 唐時代・7世紀  C-304
 ◆ 十一面観音菩薩立像 1躯  銅造、鍍金 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山出土  像高30.9cm 飛鳥時代・7世紀  北又留四郎氏他2名寄贈 E-14848
◎◆ 十一面観音菩薩坐像 1躯  銅造 像高60.5cm 鎌倉時代・13世紀  千葉・小松寺蔵 写真
 ◆ 十一面観音菩薩坐像 1躯  石川県白山市白山比咩神社境内出土  鎌倉時代・13世紀  C-1052
 ◆ 不空羂索観音菩薩立像 1躯  鎌倉時代・13世紀  奈良・法隆寺蔵
 ◆ 如意輪観音菩薩坐像 1躯  鎌倉時代・13世紀  C-1883
○◆  不動明王立像 1躯  平安時代・12世紀  東京・大田区蔵
 ◆ 不動明王立像 1躯  鎌倉時代・13世紀  個人蔵  
◎◆ 愛染明王坐像 1躯  康円作  鎌倉時代・文永12年(1275)  京都・神護寺蔵  写真
◎◆ 愛染明王坐像 1躯  鎌倉時代・13世紀  C-1858
◎ 大日如来坐像 1躯  鎌倉時代・12~13世紀  栃木・光得寺蔵
◎◆ 大日如来坐像 1躯  平安時代・11~12世紀  C-311
 ◆ 千手観音菩薩坐像 1躯  南北朝時代・14世紀  C-306
 ◆ 十一面観音菩薩立像 1躯  鎌倉時代・13世紀  C-331 写真
 ◆ 八臂十一面観音菩薩立像 1躯  中国 清時代・17~18世紀  TC-271
 ◆ 馬頭尊立像 1躯  中国 清時代・18~19世紀  TC-293
 ◆ ヴァジュラバイラヴァ父母仏立像 1躯  中国 清時代・17~18世紀  東ふさ子氏寄贈 TC-723
 ◆ チャクラサンヴァラ父母仏立像 1躯  中国・チベットまたはネパール  15~16世紀  服部七兵衛氏寄贈 TC-192  

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2019/06/03

【仏像】立体曼荼羅のほとんどが観れる!特別展「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」(東京国立博物館)

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 東京国立博物館に、東寺の仏さまがやってきたので、行ってまいりました。

 

【博物館名】東京国立博物館 平成館
【公式サイト】https://toji2019.jp
【住所】東京都台東区上野公園13-9
【拝観日】2019年5月9日
【拝観】開催期間:2019年3月26〜6月2日
【仏像】・作品リストpdf
   ⦿国宝 ◎重要文化財 ◆初拝観 番号は出品目録の番号

4 弘法大師坐像 江戸時代・18世紀 東寺
69 ⦿ ◆ 女神坐像 平安時代・9世紀 東寺 写真
70 ⦿ ◆ 武内宿禰坐像 平安時代・10世紀 東寺 写真
71 ◆ 獅子・狛犬 平安時代・9世紀 写真
84 ⦿
兜跋毘沙門天立像 中国 唐時代・8世紀 東寺
85 ◎◆ 地蔵菩薩立像 平安時代・9世紀 東寺 写真
86 ◎◆ 聖僧坐像 平安時代・9世紀 東寺 写真
87 ◎◆ 獅子 平安時代・9世紀 東寺 写真
95 ◎◆ 五大虚空蔵菩薩坐像 中国 唐時代・9世紀 東寺 写真
96 ◎ 宝生如来坐像 江戸時代・天保5年(1834) 東寺
97 ◎ 阿弥陀如来坐像 江戸時代・天保5年(1834) 東寺
98 ◎ 不空成就如来坐像 江戸時代・天保5年(1834) 東寺
99 ◎ 阿閦如来坐像 江戸時代・天保5年(1834) 東寺
100 ⦿ 金剛宝菩薩坐像 平安時代・承和6年(839) 東寺
101 ⦿  金剛法菩薩坐像 平安時代・承和6年(839) 東寺
102 ⦿  金剛業菩薩坐像 平安時代・承和6年(839) 東寺
103 ⦿  金剛薩埵菩薩坐像 平安時代・承和6年(839) 東寺
104 ⦿  降三世明王立像 平安時代・承和6年(839) 東寺
105 ⦿  軍荼利明王立像 平安時代・承和6年(839) 東寺
106 ⦿  大威徳明王立像 平安時代・承和6年(839) 東寺
107 ⦿  金剛夜叉明王立像 平安時代・承和6年(839) 東寺
108 ⦿  持国天立像 平安時代・承和6年(839) 東寺
109 ⦿  増長天立像 平安時代・承和6年(839) 東寺
110 ⦿  帝釈天騎象像 平安時代・承和6年(839) 東寺
【写真】公式サイトにも多数あり。



 圧巻は、講堂の立体曼荼羅を構成するほとんどの仏さまがいらしていること。広い展示室にゆったりと配置され、どの像も360度から見ることができます。一体いったいをじっくりと拝むことができました。
 ただやはり、東寺の講堂にみっしりと配置された迫力はありません。あれ、こんなに小さかったかな。東寺ではもっと大きい印象がありました。イケメンの帝釈天さまも撮影可になっていて、人々が囲んで写メをカシャカシャ撮りまくってましたが、なんだかお気の毒な気がしました。もちろんぽん太もいっぱい写真を撮ったけどね。

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 象にかけられた布に美しい浮き彫りの模様があることに、こんかい真横から見ることができて、初めて気が付きました。

 やはり、平安時代の菩薩・明王たちは、江戸時代の如来たちより格段と素晴らしいです。当初の如来はどのようなお姿をしていたんだろうかと思いました。

 女神坐像(69)と武内宿禰坐像(70)は、御影堂で厳重秘仏として伝えられ、昭和32年(1957)に「発見」さたもの。女神坐像は、岸田劉生の「麗子像」を思わせるお姿で、大きな顔に黒い髪がかかり、頭から胴体の前後の厚みがあります。髪の毛のお下げが両肩から胸に、風大左衛門の涙のように垂れ下がっており、仏像とはまったく異なる表現で、見ていて有り難さよりも畏れ感じます。武内宿禰坐像は裸像で、衣を着せて祀られたんだそうです。
 獅子・狛犬(71)は、すっくと起立しており、背が高くて首が長く、なんだかバタ臭い。ひょっとしてガンダーラ風?
 地蔵菩薩立像(85) は、もとは西寺にあったそうです。とっても穏やかな平安仏。
 聖僧坐像(86)は、もともとは食堂の上座に置かれ、現在は宝物館にあるようですが、ぽん太が以前に宝物館を訪れたときは展示されてなかった気がします。
 獅子(87)は下を向いていじけていますが、背びれのようなタテガミのようなものがある不思議な造形。
 五大虚空蔵菩薩坐像 (95)は観智院に安置されており、唐から持ち帰られたものだそうです。5躯全員が動物に乗っています。造形は素朴。お顔は面長で、安○総理に似ています。

 仏像以外にもお宝の山で、空海が最澄にあてて書いた書状である国宝の「風信帖」は、字がへたっぴなぽん太も思わず見とれました。

 ミュージアムショップで売ってた帝釈天騎象像のフィギュア、買いたかったけど、7,200円とちょっとお高かったので、泣くなく我慢しました。

 

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2019/05/31

【仏像】運慶作といわれる重文の大日如来 半蔵門ミュージアム(東京)

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 「半蔵門ミュージアム」というのがあって、無料で仏像が見れると聞き、国立劇場で文楽を観た帰りに行って見ました。


【博物館名】半蔵門ミュージアム

【公式サイト】
https://www.hanzomonmuseum.jp
【住所】東京都千代田区一番町25
【拝観日】2019年5月23日
【拝観】休館日:毎週月・火曜、年末年始 拝観料無料!
【仏像】◎重要文化財 ◆初拝観
◎大日如来坐像  木造 漆箔 玉眼 像高61.6cm 鎌倉時代
◆不動明王坐像  木造 漆箔 像高82.7cm 平安〜鎌倉時代
◆梵王身立像(観音三十三応現身のうち) 木造 彩色 像高74.3cm 室町時代
【写真】大日如来と不動明王は、上の公式サイトにあり。
【出品目録】下の画像をクリックすると拡大します。

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 行ってみると、仏教系の新興宗教・真如苑の施設でした。かつて女優の島田陽子が信者であるとかないとか言われて有名でしたね。ということで、メインで祀られていた仏さまは、2008年に海外オークションにかけられてあやうく海外流出しそうだったところを真如苑が競り落とした、運慶作といわれる大日如来さまでした。直後は
東京国立博物館に寄託されたはずで、ぽん太も以前に東博でお目にかかったことがありますが、2018年4月にこのミュージアムを作り、仏さまを引き取って一般公開したようです。

 建物は新しくてきれいです。展示品は多くありませんが、その分ゆったりとしております。何よりも、従業員や、拝観者の多くは信者さんだと思うのですが、とてもニコニコして物静かで親切で幸せそうでした。宗教の力は偉大ですね。さらに都会の一等地で無料で重要文化財を拝ませてくださるのですから、ありがたい限りです。

 大日如来さまはガラスケースに収められておりますが、ケースが小さいのでかなり間近で拝観でき、しかも360度から見ることができます。
 やや小さめの像ですが、とても整っていて、自然な感じ。運慶というと力強いダイナミックなポーズを思い浮かべますが、この仏様は力がはいっておらず、企んだ感じがありません。お顔もお体も、ふっくらとハリがあり、若者のように見えます。もちろん空間的な構成感は運慶の面目躍如というところ。頬のあたりにふっくらと肉がついておりますが、奥行きがあるので、実物は写真で見るほど太った感じはしません。裳(も:ズボン)のウェストのあたりの襞も細かく表現されています。組んだ足の部分の衣紋も、様式的になりすぎず、素直に美しく流れています。
 実に素晴らしい仏さまでした。

 平安〜鎌倉に作られたという不動明王は、上の歯で下唇を噛み、両目は正面を睨みつける古風なお姿ですが、ポーズや表情に硬さがあって、ちょっと新しい感じもします。のちの修復のせいかもしれません。

 梵王身立像は、室町時代の作ですが、つり上がった目が印象的で、丁寧に彫られた美しい像です。観音三十三応現身というのは、法華経の観世音菩薩普門品第二十五(いわゆる「観音経」)に書かれているもので、観音菩薩がさまざまな姿をとって衆生を救うというものです。近世になって、民衆に信仰されていたさまざまな観音様をこれらに割り当てたのが、いわゆる三十三観音です。三十三観音の方が有名ですが、観音三十三応現身の方が元になっているんですね。
 本像は、世俗の姿をしているのが珍しいです。

 4階のシアターで、大日如来と運慶の紹介フィルムが上映されておりました。真如苑の教義の宣伝だったらやだなと思ったのですが、一回「真如」という言葉はでてきたものの、教義とは無関係のちゃんとした解説フィルムでした。勉強になりました。

 そのほか、2〜3世紀ごろのガンダーラの仏伝図浮き彫りや、頭部、江戸時代の仏涅槃図がありました。

 また、奈良時代の百万塔や、経典や文書などが特別展示されておりました。

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2019/03/08

【仏像】滋賀の仏さまがいっぱい。高月観音の里歴史民俗資料館

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 これまで何回か訪れながら、運悪く拝観できなかった高月観音の里 歴史民俗資料館を、初めて見ることができました。


【博物館名】高月観音の里 歴史民俗資料館

【公式サイト】
https://www.city.nagahama.lg.jp/section/takatsukirekimin/
【住所】滋賀県長浜市高月町渡岸寺229
【拝観日】2019年2月27日
【拝観】休館日:毎週火曜、祝祭日、年末年始 拝観料300円(渡岸寺の半券で割引あり)
【仏像】●県指定、○市指定
○木造馬頭観音立像(平安後期、横山神社所有)
●木造神像 四躯(平安~鎌倉時代、春日神社所有)
○木造日吉山王二十一社本地仏(室町時代、日吉神社所有)
 木造阿弥陀如来坐像(平安時代、金蔵寺所有)
 木造十一面観音坐像(江戸時代、冷水寺所有)
○木造天部形立像 二躯(平安後期、子安地蔵堂)
 木造菩薩形立像(いも観音)(安念寺所有)
 木造僧形坐像(平安後期、白山神社釈迦堂所有)
●木造十一面観音懸仏(南北朝時代)
 十一面観音三尊像(十一面観音、薬師如来、阿弥陀如来)(室町時代、高月町浄光寺)写真



 仏像だけではなく、絵画や書、民俗資料なども展示されていました。

 馬頭観音は三面八臂で、どっしりとしたやや素朴なお姿。
 木造神像は、神像というと茫洋としたお姿が多いなか、黒尾を傾げたりしてやや写実的なのが珍しです。鎌倉のリアルな表現ががちょっと入っているのか?
 日吉山王二十一社本地仏は、室町らしくブロックを積み重ねたようなプロポーションで、金属製の飾りがよく残っております。神仏習合を示す像ですね。
 冷水寺の江戸時代の十一面観音は、坐像なのがちょっと珍しいです。
 子安地蔵堂の天部形立像二躯は、崩壊が激しいです。
 安念寺の菩薩形立像は別名いも観音と呼ばれているそうですが、「芋」ではなくて、「いもがさ」(疱瘡、痘瘡)、つまり天然痘除けですね。
 白山神社の木造僧形坐像も崩壊が著しいです。
 高月町浄光寺の十一面観音三尊像は、中尊が十一面観音で、左脇侍が薬師如来、右脇侍が阿弥陀如来。菩薩が如来を二人従えるという極めて珍しい組み合わせです。お姿は素朴で、地方仏の系統です。

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2019/02/04

【仏像】伊豆に国重文や平安仏がずらり・かんなみ仏の里美術館(静岡県函南町)付:桑原薬師堂、桑原三十三所観音霊場

 箱根のちょっと南に、平安仏や、重要文化財の仏像がある美術館があるのを知ってますか。ぽん太は以前から気になっていたのですが、こんかいご縁があって訪れることができました。
 場所は、熱海と三島の間にある静岡県函南町。ぽん太は以前、地表に現れた丹那断層を見に訪れたことがあります(【伊豆の不思議スポット】丹那断層公園(国指定天然記念物))。

【博物館名】かんなみ仏の里美術館
【公式サイト】・http://www.kannami-museum.jp
【住所】静岡県田方郡函南町桑原89番地の1
【拝観日】2019年1月24日
【拝観】毎週火曜日休館(※火曜日が休日の場合は、直後の平日)、拝観料300円
【仏像】 ◎国指定重要文化財 ●県指定 ◯町指定
◎阿弥陀如来及両脇侍像 鎌倉時代 實慶作
   中尊 檜 割矧造  像高89.1cm
●薬師如来座像 割矧造 像高110.0cm 平安中期
●十二神将立像 檜 割矧造 像高91.5cm〜105.4cm 平安時代/鎌倉時代/南北朝〜室町/江戸時代
 菩薩立像(?) 江戸時代
 菩薩立像(?) 江戸時代
◯不動明王像 木造 室町以降
●地蔵菩薩像 木造 平安時代
●聖観音像 木造 平安時代
●毘沙門天像 木造 平安時代
◯経巻上人像 木造 江戸時代以降
◯空海上人像 木造 江戸時代以降
【写真】公式サイトの中にあります。 ・所蔵品のご紹介|かんなみ仏の里美術館

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 山間の小さな町のなかに、モダンな建物が見えてきます。伸びやかで雅な感じがあり、いい建物です。写真には写っておりませんが、お堂のような四角錐の屋根がついてます。
 美術館の公式サイトに建物の紹介ページがあるのですが、設計者は書いてありません。ググってみると、「栗生明 + 栗生総合計画事務所」の設計のようです(かんなみ仏の里美術館|栗生明 + 栗生総合計画事務所)。ぽん太は初めて聞いた名前ですが、Wikipediaを見ると有名な人みたいですね。平等院鳳翔館は、ぽん太も行ったことがあります。
 こちらの真泉洋介氏のプラスマイズミアーキテクトのサイトに、栗生総合計画事務所在籍時担当物件としてかんなみ仏の里美術館が出ております。実質的な設計担当は真泉氏だったのかもしれません。
 竣工は2011年とのこと。けっこう新しいんですね。

 受付でチケットを買うと、無料でボランティア・ガイドさんが解説してくれるというので、よろこんでお願いいたしました。仏様や仏像についての基本知識はもちろんのこと、展示されている仏像の来歴や、この美術館が造られた経緯など、細かく分かりやすく説明していただきました。とっても参考になりました。ありがとうございます。足の手術、うまくいくように祈っております。

 展示室はガラスを多用したモダンな空間で、暗闇の中に、スポットライトに照らされた仏さまが浮かび上がるような感じ。

 中央に安置された平安時代の薬師如来さまの存在感がはんぱないです。回り込んで360度から見ることができます。
 像高1mちょっとでそんなに大きくははないのですが、顔から上体にかけての前後の厚みがあって、重厚感があります。お顔は丸顔でふくよか、肉髻も大きいです。衣紋の流れはけっこう様式的ですが、翻波式はみられません。でも彫りは全体に浅めな感じもあり、定朝様の影響が少し入り始めた頃の仏様さまのような気がします。素晴らしい仏さまだと思われます。

 薬師如来様の背後の壁に、十二神将が安置されております。像高1m前後と大きく、12体揃っているのが立派です。ただし造られた時代は、鎌倉、南北朝〜室町、江戸時代とまちまちです。どれがどうだか、メモしておかなかったらわからなくなってしまいましたが、やはり鎌倉時代のものが表情やポーズが躍動的で素晴らしく、時代が下がるにつれてポーズがぎこちなくなり、表情もマンガ的になっていきます。なぜ仏像の表現が鎌倉をピークに衰えていったのか、ぽん太はいまだにわかりません。

 そして国重文の鎌倉時代の阿弥陀三尊像。これも素晴らしいです。
 一見して慶派独特のはつらつさがあり、肉付きの良さ、空間感覚も見事です。しかし運慶のような躍動感や、快慶のような荘厳さはなく、柔らかく曲線的な印象です。お顔はなかなかの美形です。口元が引き締まっておりますが、威圧感はなく、普通の人のような穏やかな表情です。
 全体に金箔はほとんど剥げて、黒い漆の下地になっているのですが、観音菩薩の左手の肘から先だけ、金色に光っております。なんでも、壊れてしまった仏様の部分ぶぶんが保存されていたのですが、間違って違う仏様に取り付けられていたりしたものもあり、観音様の左手は最近正しく付け直されたため、色合いが異なるんだそうです。
 阿弥陀如来の墨書、両脇侍の朱書きにより、作者は運慶の兄弟弟子にあたる實慶(じっけい)であることがわかっております。
 實慶の名は、国宝の「運慶願経」のなかに記されておりましたが、彼が作った仏像は長い間みつかりませんでした。ところが昭和59年(1984)に修禅寺の大日如来の解体修理が行われた際、實慶という名前の記された墨書が見つかり、大騒ぎになりました。そしてさらに、この阿弥陀如来の中からも實慶の名前が出て来て、再びびっくり仰天となったそうです。
 この署名の写真が美術館に展示されているのですが、「運慶じゃないの?運慶にしちゃえ!」ってな感じで、「實」の字にしんにょうが付け加えられているのが面白いです。

 江戸時代の二躯の菩薩立像(観音と勢至か?)がありましたが、アフリカのお面のようなお顔で、ちと残念でした。
 室町以降に造られたの不動明王も、痩せこけていて、ポーズも固く、いまいちな印象。
 平安時代の聖観音と地蔵菩薩、毘沙門天は、素朴な地方仏で悪くありません。
 江戸時代の空海上人像と経巻上人像もありました。


 なかなか素晴らしい仏さまでしたが、ではなんで現在この地に、このような立派な仏さまたちがいらっしゃるのか、という疑問が湧いて来ます。
 ガイドさんの説明では、ここ桑原は箱根山から連なる尾根のひとつの傍にあり、箱根神社との繋がりがあったのではないか、ということでした。
 ぽん太の考えでは、現在も近くに国道1号線が走っており、交通の要所からちょっと離れた山あいという立地が関係しているようにも思えます。同じく東海道の近くにある、滋賀県甲賀の櫟野寺と、立地が似ている気がします。
 建久二年(1191)に作られた『筥根山縁起并序』という巻物があり、箱根山開創以来の歴史が記されております。原本は失われてしまいましたが、室町時代の写本があり、そのひとつは箱根神社の宝物館に展示されています。ここには、現在美術館がある桑原地区に、七堂伽藍を備えた小筥根山新光寺という大寺院が、弘仁8年(817)に建立されたと記されているそうです。この記述が事実かどうかはわかりませんが、薬師如来像はこのお寺の御本尊だったと言われているそうです。
 また、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、石橋山合戦で戦死した北条宗時(北条時政の嫡男)の墳墓堂桑原にあったという記載があり、阿弥陀三尊は、このとき時政が造らせたものだと考えられているそうです。
 地元の人たちが大切に守って来た仏さまたちですが、明治維新の廃仏毀釈のおりには、あちこちに分散して保管せざる終えませんでした。そして明治30年代後半、地元の有志が資金を出し合って、美術館から5分ほどのところに桑原薬師堂を建設し、散りぢりになっていた仏さまたちを一堂に集めました。
 そして平成4年(1992)に阿弥陀三尊像が重文に指定されたこともあり、平成20年(2008)には薬師堂の仏像24躯が函南町に寄贈され、美術館が平成23年(2011)にが作られました。
 仏さまたちを守って来た地元の人たちの信仰心と熱意は素晴らしいですね。だからこの美術館の名前は、かんなみ仏の美術館ではなく、仏の「里」美術館なのでしょう。
 ただ、信仰を集めて来た仏さまたちが、美術品として展示されているのは、ちょっと残念な気もします。

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 こちらが桑原薬師堂です。立派なお堂ですね。

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 背後の山の斜面には、「桑原三十三所観音霊場」があり、10分ほどの順路に石仏が並んでおります。
 約200年前(文化三年・1806年)に作られたものだそうで、西国三十三所観音巡りを実際にすると日数がかかり、農作業に影響が出るので、有志がお金を出してこのミニ霊場を作ったんだそうです。
 いくつか崩れているものもありますが、全体に保存がいいです。
 山頂には、西国三十三所には入っていない善光寺如来、勢至菩薩、伊豆七不思議の一つを刻んだ手石如来があり、必見です。でも写真は撮り忘れました。

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2019/01/28

【仏像】銅像延命地蔵菩薩像及脇童子像 日金山東光寺(静岡県熱海市)

 ぽん太とにゃん子は、伊豆の岩戸山に登ってきたのですが、登り口にあった東光寺が歴史あるお寺であり、古い参道には多くの石仏があることを知りました(岩戸山登山と岩戸観音の記事はこちら《【登山】東光寺から岩戸山、岩戸観音》)。
 この記事は、東光寺に関するご報告です。

 

寺院名】真言宗 日金山東光寺(ひがねさん とうこうじ)
【公式サイト】https://higanesan.com
【住所】静岡県熱海市伊豆山968
【拝観日】2019年1月23日
【拝観】拝観自由。ただし通常は無住で、ご本尊は閉じられた扉のガラス越しに拝観するしかなく、とても見づらいです。いつ開扉されるのか、ぽん太は知りません。
【仏像】 ○市指定
○銅像延命地蔵菩薩像及脇童子像 像高 
本像324cm、掌善91cm、掌悪93cm 江戸時代?
 閻魔大王石像
 奪衣婆石像

 

 岩戸山登山の記事に書いたように、東光寺は、走湯権現(現在の伊豆山神社)と深い関係があり、鎌倉時代には源頼朝の信仰に支えられました。伊豆山神社のある熱海から東光寺に至る道には、多くの石仏群が配祀られています。

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 山道を登ってきた参拝者が初めて見る東光寺の風景がこちら。正面やや右の建物のなかには、お彼岸のときに建てられると思われる幟がいっぱい入ってます。

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 こちらが本堂です。ガラス戸は閉まっており、ガラス戸越しに中を覗き込むしかありませんが、内部が暗いので見にくいです。

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 こちらがご本尊のお姿です。案内板によると半跏像だそうで、それで像高3mはなかなかの大きさです。右手に錫杖を持ち、左手は見えませんが、宝珠をお持ちのようです。キッチュな印象はなく、とても整ったお姿です。
 脇侍の二童子は、両側の灯りと蓮華の後ろに、ちらりと見えてます。

 延命地蔵とは、「延命地蔵菩薩経」に基づく地蔵菩薩の一形態ですが、残念ながらこの経典は日本で作られた偽経だそうです。このお経の最後で、左右を固める掌善童子、掌握童子について書かれているそうです(延命地蔵菩薩経 - Wikpedia)。

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 これがその案内板。脇童子の背に寛文十一年(1671年)と書かれているので、江戸時代前半の作と思われます。

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 一方こちらの案内板には、この地蔵菩薩は頼朝の建立によると書かれており、この矛盾を考証する力はぽん太にはありません。

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 本堂の前には様々な石仏が置かれておりますが、これは閻魔大王だそうです。ちょっと漫画チックです。

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 こちらは奪衣婆(だつえば)。かなり怖いです。子供だったら泣くと思います。奪衣婆は三途の川で亡者の衣服を剥ぎ取る鬼女で、このように胸をはだけた姿で表現されることが多いようです。その位置付けは時代とともに様々に変わったようです。
 いずれにせよ、地蔵菩薩に閻魔大王、奪衣婆という組み合わせは、地獄からの救済の民間信仰と関連していたと推測されます。重要文化財に指定されている元箱根の磨崖仏からうかがえる地蔵信仰とも、関連しているのかもしれません。

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 石仏の中に、にゃん子が好きな如意輪観音さまもいました。すごく素朴な像ですが、お顔がとてもお優しく、どこか引かれます。

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 東光寺の西側、仏塔が並んだ小道を登っていくと……

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 日金の三仙人塚があります。日金山東光寺にゆかりの三仙人を供養する宝篋印塔で、左から順に木生仙人、松葉仙人、金地仙人です。

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 案内板によると、中央の松葉仙人は南北朝時代、両側は江戸時代のようです。

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2018/12/31

【仏像】5年に1度ご開帳の秘仏・薬師三尊ご開帳 大善寺(山梨県勝沼町)

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 今年の10月、以前に訪れたことがある勝沼の大善寺(【仏像】重文の日光・月光菩薩と十二神将 ぶどう寺大善寺@山梨県勝沼町)で、秘仏薬師三尊の特別公開が行われたので、行って来ました。
 この仏さまは、5年に一度しかご開帳されませんが、今年はそれに加えて、大善寺の開山1300年にあたるんだそうです。

【寺院名】真言宗智山派 柏尾山 大善寺(ぶどう寺)
【公式サイト】・http://katsunuma.ne.jp/~daizenji/
【住所】山梨県甲州市勝沼町勝沼3559
【拝観日】2018年10月3日
【拝観】基本的に毎日可(時間は変わります)。拝観料500円(ご開帳時も同額でした)。駐車場有り。
【仏像】
薬師三尊像 (初) 写真
  薬師如来像(葡萄薬師) サクラ 一木造 像高86.7cm 平安時代 重要文化財
  日光菩薩立像 サクラ 一木造 像高102.6cm 平安時代 重要文化財
  月光菩薩立像 サクラ 一木造 像高101.8cm 平安時代 重要文化財

十二神将立像 檜一木造・寄木造 像高138.2〜145.9cm 鎌倉時代 重要文化財
日光菩薩立像・月光菩薩立像 檜寄木造・玉眼 像高248.0/247.0cm 鎌倉時代 重要文化財


 
 こんかいはご開帳ということで、平日だというのに、なかなかの賑わい。受付や案内など、地元の人たちも多く参加している感じでした。

 さて、本尊の薬師三尊さまは、今回はじめて拝観できました。

 中尊の薬師如来さまは、像高90cm弱で、等身大よりやや小柄な印象。顔も大きめで、胸やお腹も肉付きが良く、座椅子にもたれかかるような、ゆったりした姿勢です。お顔はふっくらとしていて、やや面長で、顎は小さめ。目は切れ長で釣り上ってます。左手には葡萄を持っています。右手は与願印だと思うのですが、内側に親指があるかのようで、ちょっと造形が乱れてます。後年の補修によるのかもしれません。

 日光・月光菩薩は、胸や、腿から下の肉付きが良く、お腹もぷっくりしてます。目は細くて、まぶたはやはり腫れぼったいです。それぞれ内側の脚の膝を、少し曲げています。衣紋は翻波式。普通とは反対に、月光菩薩の方がつり目で厳しい表情をしており、日光菩薩の方が柔らかいお顔です。

 全体として、優しさと荘厳さを兼ね備えており、都風の洗練されたものではありませんが、平安時代の地方仏として存在感のある仏さまだと思いました。勝沼にあって、ぶどうを持っているというのが素晴らしいですね。


 前回も拝観した十二神将、キャラは立ってるけど、ポーズなど躍動感にはちと欠けます。
 大きな日光・月光菩薩。寄り目であることがわかりました。

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2018/12/30

【仏像】「京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-」サントリー美術館

 もうだいぶ前の話ですが、サントリー美術館で開かれた醍醐寺展に行ってきました。あらゆるジャンルの密教美術が展示されており、仏像は8点でしたが、全てが国宝か重要文化財で、快慶作もあるという、充実したラインナップでした。

 醍醐寺は以前に訪れたことがありますが(
【仏像】国宝薬師三尊、五大明王など。醍醐寺(京都))、こんかいは5躯が初拝観でした。

 初拝観のものから先にご紹介します。

 まずは何と言っても如意輪観音坐像(15:出品リストの番号)(写真)。平安中期の、ゆったりおっとりした優美なお姿。お顔もふっくらとして、満ち足りた表情。伏し目がちにして、なにか思案しているのか、それともまどろんでいるのか。腰を曲げて、まるで光背によりかかってでもいるように、ゆったりと座っております。如意輪観音さまの右手は、頬に手のひらをあてている場合と、手の甲を当てている場合がありますが、この像は手の甲の方。とっても優しそうな素晴らしい如意輪さまです。

 ついで快慶作の不動明王(26)(写真)。鎌倉時代の作ですが、上の歯で下唇を噛み、両目を見開いて正面を見据えるという古風なお顔。京都の東寺・講堂の不動明王(写真)に習った、いわゆる「大師様」のお姿です。そうした制約のなかでも、細かい表情や、絞り込まれたウエスト、ちょっと持ち上げた両肩など、鎌倉らしい躍動感があり、それでいて全体として美しく収まっています。

 国宝の虚空菩薩立像(27)(写真)は、でっぷりしているというか、寸詰りというか、変わったお姿。衣紋も彫りが深くてぐるんぐるんしており、足の部分は翻波式になっております。平安初期の仏様ですね。同じ時代の三井寺の十一面観音(写真)をちょっと思い出します。
 この像は、長らく「聖観音菩薩立像」とされて来ましたが、つい先日の平成27年(2015)、調査を元に「虚空蔵菩薩立像」とお名前が変更になったそうです(春季特別公開 - 醍醐寺)。

 阿弥陀如来坐像(28)は、定朝様の整った仏様でした。

 仏像ではありませんが、聖宝坐像(5)(写真)も初めて観ました。聖宝は、平安初期に醍醐寺を開山したした人で、空海の孫弟子にあたるそうです。江戸時代の作ですが、表情から人となりが伝わってくる、見事な像です。わざわざ吉野右京種久作と付記されており、ググってみると、有名な仏師のようですが、詳しいことはよくわかりません。

 あとは再会した仏様たち。
 国宝の薬師如来および両脇侍像は、階段近くの吹き抜けスペースに展示されており、最初は(恐れ多くも)上から見下ろし、やがて足元に降りていくという感じでしたが、迫力はなかなかのものでした。
 五大明王は、霊宝館に安置されていたものですね。
 象に乗った帝釈天と、ちと珍しい牛に乗る閻魔さまも、久々にお目にかかりました。


 


京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-

2018年9月19日~11月11日(11月8日訪問)
サントリー美術館

サントリー美術館の公式サイト
特設サイト

出品リスト(pdf, 430.8K)

出品された仏像
    ◎重要文化財 ⦿国宝 番号は出品リストの番号です。

 写真は、醍醐寺文化財アーカイブスで見ることができます。

5 聖宝坐像 吉野右京種久作 江戸時代 延宝2年(1674) (初) 写真
14 ⦿ 薬師如来および両脇侍像 平安時代 10世紀
15 ◎ 如意輪観音坐像 平安時代 10世紀(初) 写真
22 ◎ 五大明王像 平安時代 10世紀
23 ◎ 帝釈天騎象像 平安時代 10世紀
24 ◎ 閻魔天騎牛像 平安時代 12世紀
26 ◎ 不動明王像 快慶作 鎌倉時代 建仁3年(1203) (初) 写真
27 ⦿ 虚空菩薩立像 平安時代 9世紀 (初) 写真
28 ◎ 阿弥陀如来坐像 平安時代 12世紀 (初)

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2018/12/16

【仏像】釈迦如来坐像(甲賀三大佛)大池寺@滋賀県甲賀市

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 甲賀三大仏、最後は大池寺の釈迦如来さまです。


【寺院名】臨済宗妙心寺派 竜護山 大池寺(だいちじ)
【公式サイト】・大池寺公式サイト
【住所】滋賀県甲賀市水口町名坂1168
【拝観日】2018年11月13日
【拝観】拝観料400円。
【仏像】釈迦如来坐像 写真


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 広々した敷地に、手入れの行き届いた庭があり、明るい雰囲気のお寺です。

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 「蓬莱庭園」と呼ばれている枯山水の庭園です。まるで現代の抽象彫刻のようですね。拝観したのは11月中旬でしたが、紅葉がとても見事でした。刈り込まれているのはサツキだそうで、春もさぞ美しいことでしょう。江戸初期の小堀遠州の作と伝えられているそうです。

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 中庭と白壁。禅宗らしいデザインですね。

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 「禁酒」の看板がありました。このお寺で修行するのはぽん太は絶対に不可能です。

 釈迦如来さまは、本堂に安置されております。丈六の仏様ですが、台座が高くて円光もあり、とっても大きく見えます。パンフレットによれば、天平時代に行基菩薩が一刀三礼(一回ノミを入れるたびに三回礼拝する)でお造りになったと伝えられているそうです。しかし衣の彫りも薄い定朝様のお姿で、平安中期以降、あるいは近世にそれを模したものかもしれません。
 しかしお顔といい、お姿といい、いかにも「大仏」という感じの堂々とした仏さまです。

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2018/12/15

【仏像】阿弥陀如来坐像(甲賀三大佛)十楽寺@滋賀県甲賀市

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 櫟野寺を拝観したところ、置いてあったパンフレットで「甲賀三大佛」というものがあることを知り、ついでに巡ることにしました。甲賀市観光ガイドのページをご覧ください。
 三大仏とは、櫟野寺の薬師如来、十楽寺の阿弥陀如来、大池寺の釈迦如来です。昔から言われていたものではなく、近年観光スポットとして新たに作られたもののようで、十楽寺で解説してくれたお姉さんが、つい最近までは観光客がお参りに来るような寺ではなかったとおっしゃってました。
 しかし実際に行ってみると、とってもすばらしい仏さまで、多くの人が参拝する価値があると思いました。


【寺院名】浄土宗 清浄山二尊院 十楽寺(じゅうらくじ)
【公式サイト】・十楽寺ホームページ
【住所】滋賀県甲賀市土山町山中351
【拝観日】2018年11月13日
【拝観】拝観料500円。
【仏像】 △市指定
  本尊丈六阿弥陀如来 像高278cm 江戸時代前期
△ 本尊阿弥陀如来坐像 像高89.5cm 平安時代後期
  救世観世音菩薩 像高69cm 南北朝以後
△ 十一面観世音菩薩 像高217cm 平安時代
  十一面千手観世音菩薩 像高202cm 鎌倉時代
△ 摩耶夫人像 像高86cm 室町時代
  裸形阿弥陀如来

  釈迦誕生仏
  薬師如来
  毘沙門天像


 まずは冒頭の写真の、本尊丈六阿弥陀如来。丈六ということで大きく存在感があります。仏具に囲まれれていて、ちょっと全体は見にくいです。江戸時代の作ですが、俗っぽさがなくて、すっきりとした品の良いお姿です。

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 続いて本尊阿弥陀如来坐像。こちらは像高約90cmと小さめですが、平安時代後期の作とのこと。お寺のパンフレットやWikipedia(参考文献が十楽寺パンフレットになってますが)には重要文化財と書いてありますが、国指定文化財等データベースにも出てないし、違うんじゃないかな?ちなみに十楽寺ホームページには市指定文化財になっており、こちらの甲賀市の文化財一覧 - 甲賀市でも、市指定になってます。
 てなことはさておき、これまたとても良い仏さまです。ふっくらしたお顔で、ちょっと笑みを浮かべております。体つきもふっくらしてますね。衣紋の彫りは浅めですが、様式的にならず自然な感じです。

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 こちらは救世聖観世音菩薩さま。像高約70cmとさらに小さめ。南北朝以降の作だそうですが、これも古風な感じのいい仏様ですね。体はほっそり。脚の部分の衣紋の流れは複雑で、室町以降の感じですね。切れ長の三日月型の目。口もとはすぼめています。

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 十一面観世音菩薩です。像高は2mちょっとと大きめ。市指定の立派な平安仏です。非常に整ったお姿です。

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 鎌倉時代の十一面千手観世音菩薩です。こちらも像高約2m。

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 お顔にマスクの線がついてます。痛みが激しいのが残念ですね。

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 室町時代の摩耶夫人像です。摩耶夫人は、ブッダのお母さんですね。

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 拡大すると、脇の下からブッダがお生まれになっているのが見えます。

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 これは珍しい!裸の阿弥陀さまです。ぽん太は初めてお目にかかりました。
 解説では、裸の像に、本物の布の法衣を着せるようにしたものだとのことでした。

 裸形阿弥陀は珍しいものだそうです。ぐぐってみると、奈良県桜井市璉珹寺(女人裸形阿弥陀仏)、埼玉県久喜市常観堂、京都市転法輪寺、奈良国立博物館、滋賀県大津市浄光寺、埼玉県白岡市興善寺などが見つかりました。縁があったら拝んでみたいです。

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