カテゴリー「芸能・芸術」の83件の記事

【第九】やっぱ西本智実はカッコええのう

 ナマ西本智実を一度見て、失礼!、聴いてみようと、出かけてきました。
 西本智実と言えば、美しい容姿で有名な女性指揮者で、「男装の麗人」ともウワサされています。ちなみにこちらがオフィシャルサイトです。美しい写真もありますよ。だれですか、とろりん(西村知美)と間違えているのは。あの西本智実をぽん太の生息地の多摩地区で見れるとなれば、行かない手はありません。
 風の便りによれば、西本智実のコンサートには、彼女と同じように黒いパンタロンスーツに身を包んだコアなファンが押し寄せるとのこと。西村智実を見るも楽しみですが、訪れる観客を見るのもまた楽しみです。ひょっとして客席は、そんな女性ばっかり?中年タヌキのぽん太は、ホールへ向かう道すがら、ひょっとしたらとっても場違いなところに来てしまったのではないかと気恥ずかしくなり、顔を伏せて裏道を歩いてゆきました。しかし実際に行ってみると、普通に第九を聴きに来た多摩地区のおじさん・おばさんも多く、バッチリ化粧を決めた熱烈なファンは見当たりませんでした。ぽん太の考え過ぎだったのでしょうか?

 オーケストラの音合わせがすんで、客席が暗くなり、いよいよナマ西村の登場です。今回はクラシック・コンサートでありながら、ぽん太は双眼鏡を持参。さっそうと下手から登場する様子をアップで眺めます。胸から上に黒い刺繍が施されたタキシードがカッコいいです。宝塚風の濃いメークをしているのかと思ったら、意外とナチュラル・メイクで、かわゆらしかったです。
 まずは「フィガロの結婚」序曲。指揮ぶりもオーソドックスで、けっこう淡々とタクトを振っていました。そのせいか細かなニュアンスには欠けた気がしましたが、あくまでも「第九」の前菜なのでこんなものでしょうか。しかし、なんで「第九」の前に「フィガロの結婚」なのか、という疑問も残ります。メイン料理を引き立てるために、どのような前菜を出すかは、とっても大切なことのはず。十分に考えた上での選曲なのでしょうか?地方公演なので、有名でわかりやすけりゃいいや、という理由だけだったとしたら、ぽん太は納得できません。
 続いて休憩を挟まずお目当ての「第九」。全体としては悪くなかったですが、特徴というか、自己主張があまり感じられませんでした。昨年聴いたシフの第九は、とにかく速くて閉口しましたが、(ぽん太は納得しなかったものの)一本筋は通っていました。西本ならではの音楽を聴かせて欲しいところです。アンサンブルやリズムが時々乱れたのは、オケの実力もあったのかも。ところどころにテンポや音量でアクセントを付けるのですが、曲全体としての構成に裏打ちされていないので、唐突な印象を受けてしまいます。何回か、フッと一瞬の静寂を作るのは、ちょっとキザッタらしいけど面白かったです。激しい部分では、力強さを出そうとしてなのか、タクトを鋭く降っては止め、鋭く降っては止め、という動作になるので、ビートが強調されて旋律の流れが寸断されていたようにも思われました。終楽章は熱演でしたが、宗教性というか思想性というか、高尚さにはやや欠けた気がします。逆に意外とよかったのが3楽章。この曲が、こんなに美しくて奇麗な曲だったとは、これまで気がつきませんでした。

 コンサート終了後は、CD等の購入者を対象に、サイン会が行われました。数百人が並んでいたように思います。すごい人気です。ぽん太とにゃん子は、サインはもらいませんでしたが、近くから美しい御姿を鑑賞させていただきました。演奏が終わったばかりなのに、一生懸命ファンサービスをしている姿が、ちょっと気の毒にも思えました。
 ぽん太としては、もっと憂いを含んだ横顔や恍惚とした表情を聴衆に見せたり、キッとオケを睨んだりして、ビジュアル系を徹底して欲しいです。音楽ももっとスタイリッシュにして、「他の指揮者がやったら怒るけど、西本なら許せるよな〜」というビューティーな演奏を期待します。
 もっとも西本自身は、こうした「売れ方」は望んでおらず、実力で勝負したいと思っているのでしょう。しかし容姿の美しさも天から授かった才能で、そのおかげで多くのファンが聴きに来てくれるのですから、それを感謝し大事にしつつも指揮者としての実力を身につけて欲しいと、ぽん太は願っております。

どりーむコンサート
東京交響楽団が贈る 人類讃歌〜ベートーヴェン「第九」
2008年11月30日/府中の森芸術劇場どりーむホール

モーツァルト
 歌劇「フィガロの結婚」K.492より序曲
ベートーヴェン
 交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱付」

     指揮:西村智実
   ソプラノ:澤畑恵美
メゾ・ソプラノ:林美智子
   テノール:経種廉彦
   バリトン:宮本益光
   合唱指揮:安藤常光
     合唱:東響コーラス
    管弦楽:東京交響楽団


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【オペラ】荒川静香の記憶と重なって思わず涙/キエフ・オペラ『トゥーランドット』(2008年11月23日)

 先日『マノン・レスコー』を観たキエフ・オペラですが、次に『トゥーランドット』を観てきました。『トゥーランドット』といえば、オペラ初心者のぽん太には、なんといっても荒川静香のイナバウワーのイメージです。おそらくほかの聴衆の多くもそうでありましょう。2006年トリノ・オリンピックの荒川静香のYoutubeの動画はこちら。ぽん太も久々に見ましたが、柔らかくてしなやかですばらしい演技ですね。でもイナバウワーって、意外と一瞬だったんですね。
 今回は某デパートのカード会員の特別企画で、「見どころ講座」と「リハーサル見学」つき。「見どころ講座」、楽しみにしていたのですが、何の手違いか講師の先生の到着が遅れて、話しを聞く時間が短くなってしまったのが残念でした。あらすじを追いながら、聞き所を解説していただきました。到着が遅れたあいだ、光藍社の偉い人が公演にまつわる舞台裏などを話して下さり、それもまた面白かったです。手違いのお詫びとして公演プログラムもいただき、ありがたいかぎりです。リハーサル見学では、合唱の歌手たちが、私服で発声練習をするという、普通ではけっして見られぬ場面を見ることができました。学校の音楽の時間のように、少しずつ音程をあげて行きながら、声慣らしをしてました。そのあとオケも加わって、出だしの部分のリハーサルをしていました。私服のおじさん・おばさんたちが、本番では見事な衣裳を着て化粧もばっちり決めて出てきたときには、そのギャップが面白かったです。
 さて感想ですが、先日観た『マノン・レスコー』より、格段とよかったです。その理由が、プッチーニの遺作の『トゥーランドット』が出世作の『マノン・レスコー』より音楽や脚本が優れているからなのか、歌手がよかったためなのか、それとも事前に「見どころ講座」を聞いたおかげなのか、オペラ初心者のぽん太にはさっぱりわかりませんでした。
 しかし、音楽的に『トゥーランドット』が『マノン・レスコー』よりはるかに優れているのは確かなようで、和声や構成もより複雑ですし、ドラマとしてもよくできてますし、また「誰も寝てはならぬ」のようなすばらしいメロディもあります。Wikipediaの「トゥーランドット」の項目によれば、ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』の影響をうけたりもしているそうですが、ほかにもストラヴィンスキーっぽいところとかもあったような気がします。とはいえ決して難解で高尚にはならず、あくまでも通俗レベルの上をキープしているところがプッチーニっぽいです。
 あらすじは簡単に言えば、ツンデレ姫トゥーランドットのお話しです。興味がある方は上にリンクしたWikipediaをご覧下さい。
 歌手では、カラフのオレクシィ・レプチンスキーが、とても伸びやかで明るい声で朗々と歌い、イタリアっぽくてすばらしかったです。トゥーランドットのザクラスニャーナは、容姿は貫禄があって気が強そうでトゥーランドットに合っていますが、声の質は意外と軽やかでかわいらしく、ツンデレのデレになってからの方が似合っていると思いました。それからすばらしかったのが、リューのアッラ・ロジーナ。美人で細身。カラフへの身分を超えた愛のために自らの命を捧げる女奴隷の役を、見事に歌い上げました。もう少し声に細かな表情があるといいのですが。
 演出は伝統的で奇をてらったところはありません。セットも重厚で、それなりに豪華でした。コンヴィチュニーのような新解釈もいいけど、古典的・伝統的な演出の「グランド・オペラ」も悪くないですね。

 ところで『トゥーランドット』の元になる物語に関しては、いろいろと説があるようで、上述のWikipediaからもリンクされていますが、香川大学教授の最上英明氏の論文がとても面白いので、ぽん太もリンクを張っておきます(「トゥーランドット物語の変遷」(1997)、「トゥーランドット物語の起源」(1998))。
 日本の昔話『竹取物語』も、「謎掛け姫」物語のひとつと考えていいのでしょうか?また、「名前当て」という点では、グリム童話の『ルンペルシュティルツヒェン』が思い出されます。青空文庫に邦訳のテキストがあります。
 

『トゥーランドット』
作曲:ジャコモ・プッチーニ
ウクライナ国立歌劇場
2008年11月23日・調布ドリームホール

トゥーランドット:ジャンナ・ザクラスニャーナ
カラフ:オレクシィ・レプチンスキー
皇帝アルトウム:ステパン・フィツィチ
ティムール:セルヒィ・マヘラ
リュー:アッラ・ロジーナ
ピン:ペトロ・プリイマク
パン:セルヒィ・パシューク
ポン:パブロ・プリイマク
役人:ミハイロ・キリシェウ

指揮:ヴォロディミル・コジュハル
管弦楽:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団
合唱:ウクライナ国立歌劇場オペラ合唱団
バレエ:ウクライナ国立歌劇場バレエ団

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【オペラ】力強いけど繊細な表現力に欠けるかな/キエフ・オペラ『マノン・レスコー』(2008年11月19日)

 「マノン・レスコー」と聞くと、ぽん太がまず思い出すのは、岩崎良美の「あなた色のマノン」である(Youtubeの動画はこちら)。なにやら恋に生きた女の話しらしい。それにしても岩崎良美はどうしているのだろうか。

 感想は、正直言うと、こんなもんかな、という感じでした。このオペラを初めて観たぽん太には、プッチーニが悪いのか、歌手が悪いのか、演出が悪いのか、とんと区別がつきません。
 1893年初演。プッチーニの出世作とのことですが、心を揺さぶるようなアリアがありません。マノン・レスコーのテチヤナ・アニシモヴァは声量はありますが、声を張り上げたときに柔らかさがなく、繊細な表現力に欠ける気がしました。デ・グリューのドミトロ・ポポウはなかなか伸びのある声でしたが、イタリア的な明るさがないような気がしました。
 なんだか場面が飛んで筋がわかりずらかったのですが、「マノン・レスコー」は、当時は誰でも知っている有名な話しだったからとのこと。しかし、第2幕でジェロンテの妾宅にいきなりデ・グリューが現れるのは、不自然なのはもとより、家宅侵入ではないでしょうか。またそこで、これまでみんなにちやほやされて喜んでいたマノンが、突然「愛しているのはあなただけよ」と歌いだすのも、「をいをい、さっきまで喜んでたくせに」と突っ込みたくなります。第3幕でも、デ・グリューが「私もこの船に乗せてくれ」と言い出し、いきなり船長が「下級水夫として乗せてやる」とか言って、「やった〜」とマノンと階段の途中で抱き合うのも、わけが分かりません。アメリカまでイチャイチャしながら航海したのでしょうか?最後のルイジアナの荒野の場面も、いわゆる「異国情緒」というヤツなのでしょうか、ちょっと唐突です。「あなた色のマノン」で、「ああずっとこのままあなたが疲れ果て、砂にたおれるまで愛してくれますか」とか「連れてって下さい遠く遠く砂漠よりも、遠く果てなく」というのは、これだったのか。
 セットや衣裳は意外と豪華。全体として素朴で力強いけど、ちょっと繊細さに欠けて大味なオペラだったように思います。リーゾナブルな価格で「マノン・レスコー」を観れたのでよかったです。なかなか熱演だったのに、歌手ごとのカーテンコールがなく拍手が終わってしまったのが、ちょっと申し訳ない気がしました。
 こんど、原作を読んでみたいと思います。
 それからキエフ・オペラは、荒川静香で有名な『トゥーランドット』も観に行く予定なので、またご報告いたします。


キエフ・オペラ(ウクライナ国立歌劇場オペラ)
「マノン・レスコー」
作曲:G.プッチーニ
2008年11月19日、東京文化会館

      マノン・レスコー:テチヤナ・アニシモヴァ
          レスコー:ヘンナージィ・ヴァシェンコ
 騎士レナート・デ・グリュー:ドミトロ・ポポウ
ジェロンテ・ド・ラヴォワール:セルヒィ・マヘラ
         エドモンド:セルヒィ・パシューク
         旅籠の主人:アンドリィ・ゴニュコフ
          舞踏教師:ドミトロ・クジミン
           音楽家:テチヤナ・ピミノヴァ
         街灯点灯夫:ユーリィ・アブラムチュク
         射撃隊軍曹:エフゲン・オルロフ
            軍曹:ミハイロ・キリシェウ

            指揮:ヴォロディミル・コジュハル
           管弦楽:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団
            合唱:ウクライナ国立歌劇場オペラ合唱団
           バレエ:ウクライナ国立歌劇場バレエ団

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【歌舞伎】こんな恐ろしい芝居は見たことない・仁左衛門の『盟三五大切』

 こんな恐ろしい芝居、いや、小説や映画を含めて、こんな恐ろしいものは初めてでした。
 ぽん太とにゃん子がごひいきの仁左衛門をはじめ、豪華な顔ぶれによる顔見世大歌舞伎、うきうきとした気分で観に行ったのですが、こんな怖い目に遭うとは思いませんでした。
 というのは『盟三五大切』のことです。ぽん太は初めて観る演目です。作が『東海道四谷怪談』などで有名な四世鶴屋南北なので、おどろおどろしいのはある程度予測しておりましたが、仁左衛門演じる薩摩源五兵衛は心底怖かったです。
 この狂言の初演は1825年(文政8年)江戸中村座。筋書によれば、小万・源五兵衛の心中事件を題材にした並木五瓶の『五大力恋緘』(がだいりきこいのふうじこめ)を下敷きに、当時大阪曾根崎新地で起きた五人切り事件と、『忠臣蔵』や『東海道四谷怪談』を結びつけて作られているそうです。歌舞伎ではこれを「綯い交ぜ」(ないまぜ)というそうですが、ポストモダン的な「引用」と言ってもいいでしょう。この台本は、さまざまな事件や作品を「引用」しているというだけでなく、色男と傾城のつやっぽいやり取りから、語り、殺人、ありきたりなお笑い、怪奇的な場面など、あらゆるもののごた混ぜ、チャンプルーで、キッチュな香りが濃厚です。
 仁左衛門は、「二軒茶屋」までは後半のネタを割らず、あくまでも人のいい色男の若侍として源五兵衛を演じます。「五人切」では殺しの美学。忍び寄る影が丸窓に映り、中央に立ちはだかったところで障子がすーっと開くところで、青ざめた仁左衛門の表情に背中がゾクゾクします。そしてだんまりのようなスローで様式的な動きのなか、次々に人々が斬り殺されます。気分がすっかり暗くなり、幕間の弁当がすすみません。
 「四谷鬼横町」になると、まさに幽霊です。八右衛門が身代わりでお縄にかかったことで、すべての恨みは晴れたかのように見えますが、それでもやはり恨みが忘れられぬと、源五兵衛は立ち戻ってきます。小万を切り刻み、刺青のある腕を落とし、子供までも手にかける様子は、まるで地獄絵図です。歌舞伎ではしばしば悪や人殺しが描かれます。この狂言でも、三五郎は源五兵衛を騙して百両を奪い取るという「悪」を働きます。しかしここでの源五兵衛は、そうした通常の悪とは比べ物にならない、人間の業というか、根源的な悪を表していました。ぽん太の目にはうっすらと涙がこぼれて来たのですが、それは同情やカタルシスの涙ではなく、ぽん太のなかにもおそらくは潜んでいる、あらゆる人間が持つ根源的な悪に対する、哀しみの涙でした。
 小万殺しの場面の猟奇的な美しさも見事でした。帯にくるんだ首を、いとおしそうに抱きながら立ち去る姿は、オスカー・ワイルドの『サロメ』で、サロメが銀の皿にのせられたヨハナーンの首に接吻する場面を思い出しました。
 薄暗い中に、源五兵衛を迎えに来た志士が一斉に並び、志士の一員に加われたことを源五兵衛が悦ぶというラスト・シーンは、筋の流れがめちゃくちゃで、まるで不条理劇のような迫力でした。
 今月の新橋演舞場における海老蔵の仁木弾正や福岡貢の殺しもそれなりに面白かったのですが、本日の仁左衛門の芸をみてしまうと、まだまだレベルの差を感じます。

 ところで、殺人の場面でのきまりに対して拍手が起きるのに、ぽん太は違和感を感じます。ぽん太の感覚では、拍手というのは、「囃し立てる」というイメージがあり、目出度いものを誉めたたえる意味があるように思えます。殺人のような場面では、いかにその演技がすばらしかろうと、拍手をするのは場違いのような気がするのですが、皆様はいかがお感じでしょうか。こういうときは、大向こうの鋭いかけ声があっているような気がします。とはいえ、ぽん太の「拍手」の語感に関しては、直ちに論拠を提示することはできません。ぽん太だけの思い込みかもしれません。
 ところで、小万が腕に彫った「五大力」ってなんだ?洋服の「五大陸」なら知っているが。goo辞書で引いてみると、もともとは五大力菩薩を意味しますが、五大力の加護によって封が解けずに相手に届くようにと、女性が恋文などの封じ目に書くようになり、さらに、女性が誓いや魔除けの言葉として使うようになったのだそうです。

 昼の部のもうひとつの演目「吉田屋」は、以前に仁左衛門がとても可愛らしく演じた記憶が残っています。藤十郎の伊左衛門は、上方らしい柔らかい雰囲気に満ちておりました。馬鹿ばかしいほど明るく目出度いラストで、暗くなった気分がようやく救われました。


歌舞伎座百二十年・吉例顔見世大歌舞伎
平成20年11月・歌舞伎座
昼の部

一、通し狂言 盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)
    序 幕 佃沖新地鼻の場
        深川大和町の場
    二幕目 二軒茶屋の場
        五人切の場
    大 詰 四谷鬼横町の場
        愛染院門前の場
          薩摩源五兵衛    仁左衛門
            芸者小万    時 蔵
          六七八右衛門    歌 昇
           出石宅兵衛    翫 雀
          お先の伊之助    錦之助
            芸者菊野    梅 枝
         ごろつき勘九郎    権十郎
           廻し男幸八    友右衛門
           内びん虎蔵    團 蔵
          富森助右衛門    東 蔵
            家主弥助    左團次
            僧 了心    田之助
          笹野屋三五郎    菊五郎

二、玩辞楼十二曲の内 廓文章(くるわぶんしょう)
    吉田屋
          藤屋伊左衛門    藤十郎
            扇屋夕霧    魁 春
           若い者松吉    亀 鶴
           女房おきさ    秀太郎
         吉田屋喜左衛門    我 當

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【バレエ】なんじゃこりゃ?夏休み子供ミュージカルか?新国立劇場バレエ『アラジン』

 新国立劇場にバレエの『アラジン』を観に行って来ました。新国立劇場のバレエを観るのは実は初めてです。これまでなんとなく敬遠していたのですが、よく考えてみたら、ぽん太が棲息する多摩地区から近いし、「国立」ということは莫大な赤字を出しながら運営しているはずですから「お買い得」に違いなく、観ない手はありません。
 『アラジン』は新作で、これが世界初演とのこと。またダンサーはすべて日本人で、外人ダンサーの「フィーチャリング」はありません。
 初台の駅を降りると、いつもと雰囲気がちょっと違います。いかにもバレエを習っているようなスタイルのいい女の子や、家族連れがいっぱいです。中高年夫婦のぽん太とにゃん子はちょっと浮いた存在です。
 新国立劇場の『アラジン』のページはこちらです。公演が終了したらリンク切れになるのでしょうか?

 さて、感想ですが、「新作の初演」というので、なにか芸術的に新しいものなのかと思っていましたが、踊りも音楽も目新しいものはなく、ちょっとがっかりしました。まあ、題名とポスターから、薄々予想はしておりましたが。まず音楽からして、アメリカの子供向き映画やミュージカルのよう。実際に作曲したカール・ディヴィスは、映画音楽やミュージカルで活躍している人のようです。踊りもそれなりに観ていて楽しいのですが、「ををっ」と言わせるようなテクニックの見せ場や、おじさんを恍惚とさせるような味わいはありません。代わりにあるのは、空飛ぶ絨毯などのイリュージョンや、ゴージャスなセットです。さすが税金を大量投入しているだけあります。セットを東京バレエ団に貸してあげたいくらいです。総じて夏休み子供ミュージカルといった感じで、中高年が観に行くものではありませんでした。この公演のポスターや公告のあおり文句に「新たな領域に挑む」という言葉がありますが、芸術的に新しい表現やアイディアは見当たりませんでした。
 バレエ初心者のうえ、舞台から遠い席だったこともあり、個々のダンサーの個性や良し悪しまではわかりませんでした。プリンセスの小野絢子はとってもかわいらしかったですが、「思わず魅了される」ような場面はありませんでした。アラジンの八幡顕光は少年らしくハツラツとしていましたが、小野絢子よりも背が低いのが残念。ぽん太は男ですが、やはりバレエには「長身の王子様」を期待したいところ。ランプの精の中村誠も健闘していましたが、もうひとつジャンプとか回転とか技の見せ場があるといいのですが。全体として、観客の気持ちをぐっとつかむ雰囲気を持ったダンサーがいないような気がしました。
 作・振付のデヴィッド・ビントレーは、現在は英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督ですが、平成22年9月から3年間、新国立劇場の舞踏部門の芸術監督を務めるとのこと。まさか、こんなバレエばっかりになるんじゃないでしょうな。嫌な予感がします。
 それはさておき、しばらく新国立劇場のバレエとオペラを追いかけてみるつもりです。

 ところで、「アラジン」ってもともとはどんな話しだったっけ。思い出そうとすると、ぽん太の頭の中には「ハクション大魔王」が浮かんで来てしまいます。Wikipediaを見ると、『千夜一夜物語』(アラビアン・ナイト)の物語のひとつとされていますが、アラビア語原典には含まれておらず、あとから加えられた物語の可能性が高いそうです。青空文庫に、菊池寛の訳がアップされています。短いので簡単に読むことがでいます。ランプの精の主人がロック鳥(フェニックス)だったとは、初めて知りました。あれれ?「開けゴマ」の呪文が出てないぞ。そりゃ「アリババと40人の盗賊」か。


新制作/世界初演
デヴィッド・ビントレーのアラジン

2008年11月16日、新国立劇場オペラ劇場

【振付】デヴィッド・ビントレー
【作曲】カール・デイヴィス
【指 揮】ポール・マーフィー
【舞台装置】ディック・バード
【衣 装】スー・ブレイン

【アラジン】八幡顕光
【プリンセス】小野絢子
【魔術師マグリブ人】冨川裕樹
【ランプの精ジーン】中村誠
【アラジンの母】難波美保
【サルタン(プリンセスの父)】イルギス・ガリムーリン
【オニキスとパール】大和雅美、伊東真央、寺田亜沙子、福田圭吾、泊 陽平、陳 秀介
【ゴールドとシルバー】川村真樹、西川貴子、貝川鐵夫、市川 透
【サファイア】湯川麻美子
【ルビー】寺島ひろみ、マイレン・トレウバエフ
【エメラルド】高橋有里、さいとう美帆、古川和則
【ダイアモンド】西山裕子
新国立劇場バレエ団

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【歌舞伎】仁左衛門はもちろんのこと梅玉もよかったです・2008年11月/歌舞伎座夜の部

 うううさむ。そろそろ冬眠しなくては、と思いつつも、歌舞伎座に出陣。今回のお目当ては「寺子屋」。仁左衛門の松王丸はもちろんのこと、梅玉が武部源蔵をどう演じるかも楽しみです。
 梅玉というと、ぽん太の頭の中では「高貴」とか「義経」とかいうイメージです。以前に見た『仮名手本忠臣蔵』の「二つ玉」の斧定九郎では、盗賊ふぜいがあまりに高貴すぎて、ちょっとミスマッチでした。しかし今回の武部源蔵はなかなかよく、菅丞相の門弟でありながら腰元と不義密通をして破門されたという過去がうなづける美男子ぶりです。前回の海老蔵の源蔵は、小太郎を目にとめて目玉をひんむいてびっくり仰天したり、詮議が終わって春藤玄蕃が立ち去ったところで腰を抜かしたりと、なにかと大げさな演技でしたが、梅玉はさすがに押さえた大人の演技でした。
 仁左衛門は、大きさといい、情といい、色気といい、どれもすばらしかったです。4月に演じた弁慶もそうでしたが、荒事が大きさと迫力だけにならないで、細かな心理が的確に表現されていました。しかし、『菅原伝授手習鑑』が初演されたのは1746年(延享3年)ですが、江戸時代もこのような心理描写がされていたのでしょうか。それなら江戸時代恐るべしですが……。それとも明治以降に作り上げられた演出なのでしょうか。無知なるぽん太にはわかりません。
 そのほか、魁春、藤十郎、段四郎など、さすがベテラン役者でした。例えば藤十郎演ずる千代が松王丸に「泣くな」と三度たしなめられるところでの、その度ごとの泣き方の演じ分け、すばらしかったです。男前の松江の「涎くり」もおかしかったです。千之助くん、お父さんの孝太郎にそっくりで、高貴というよりもたれ目でかわいらしい菅秀才だったです。
 続いて「船弁慶」。菊五郎の静御前は絶品!などと言えるような歌舞伎鑑賞眼は、残念ながらぽん太はまだ持ち合わせていません。知盛の霊になってからの迫力は見事。能のような真面目くさった精神性もなければ、猟奇的な怪異さもなく、どこまでも力強く明るく華やか。花道の七三で義経を見つけたときは、旧友に会ったかのように嬉しそうに笑っていました。種太郎、萬太郎、尾上右近の若者たちもりりしく、将来が楽しみです。芝翫が舟長というごちそうつき。
 「嫗山姥」は時蔵の芸にただただ感心。いい意味で馬鹿げた楽しい話しですが、これを作ったのが近松門左衛門と知り、またびっくり。真面目な作品ばっかり書いていたんじゃないんだ……。近松ってホントに天才だな。
 花形歌舞伎の若々しさもいいけど、ベテランの芸もすばらしいな、と思った一日でした。

 
歌舞伎座百二十年・吉例顔見世大歌舞伎
平成20年11月・歌舞伎座夜の部

一、菅原伝授手習鑑
  寺子屋(てらこや)
             松王丸    仁左衛門
            武部源蔵    梅 玉
            春藤玄蕃    段四郎
          涎くり与太郎    松 江
             小太郎    玉太郎
             菅秀才    千之助
            園生の前    孝太郎
              戸浪    魁 春
              千代    藤十郎

二、新歌舞伎十八番の内 船弁慶(ふなべんけい)
       静御前/平知盛の霊    菊五郎
           武蔵坊弁慶    左團次
            舟子岩作    東 蔵
            舟子浪蔵    歌 六
            舟子梶六    團 蔵
            亀井六郎    松 江
            片岡八郎    種太郎
            伊勢三郎    萬太郎
            駿河次郎  尾上右 近
             源義経    富十郎
          舟長三保太夫    芝 翫

三、三代目中村時蔵五十回忌追善狂言
  八重桐廓噺(やえぎりくるわばなし)
  嫗山姥
             八重桐    時 蔵
            腰元お歌    歌 昇
              白菊    孝太郎
             沢瀉姫    梅 枝
            太田十郎    錦之助
   煙草屋源七実は坂田蔵人時行    梅 玉

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【歌舞伎】海老蔵の福岡貢が不完全燃焼・花形歌舞伎2008年11月昼の部

 今月の花形歌舞伎は海老蔵の殺人シリーズ。昼の部のお目当ては『伊勢音頭恋寝刃』(いせおんどこいのねたば)です。筋書の解説によれば、1796年(寛政8年)5月4日、伊勢古市の遊郭で孫福斎宮(まごふくいつき)という医者が9人を殺傷した事件をモデルとし、同年の7月25日に初演されたそうです。次々と人を斬り殺しておいて、めでたしめでたし拍手喝采となる、おそろしい狂言です。
 芝居の前半は、今田万次郎(門之助)のとぼけてなよなよした演技や、奴林平(獅童)と大蔵・丈四郎の滑稽なやりとりを交え、軽く軽く進んで行きます。それというのも最後に、女郎メッタ斬りの恐ろしい場面が控えているから。気分が盛り上がります。
 海老蔵は前半の福岡貢のような役だと、声も仕草も妙になよなよしてしまって、ちょっと変。ここでためにためておいて、最後の大爆発が楽しみです。
 「油屋店先」では、貢は公衆の面前で恥をかかされますが、じっと我慢。ぽん太の脳裏にも、過去に理不尽なしうちを受けながら我慢しなければならなかった記憶が次々と甦ってきて、悔しさで目に涙が浮かんできます。現実世界では復讐することはできませんが、ここは虚構の世界で代わって海老蔵に、キャツらをメッタ斬りにしてほしいところ。
 と、と、ところが、待ちに待った殺人の場面、海老蔵は夢遊病者のようにゆらりゆらりと動くばかりで、いつもの目玉をひんむいてのド迫力がありません。口を押さえられた万野がアワアワ言ったり、斬った首が回ったり、二人組が逃げようとして相手を引っ張り合う場面など、客席から笑い声がもれてきます。なんじゃこりゃ。コメディか? ぽん太は期待はずれでがっかりしました。
 確かに福岡貢の刃傷は、妖刀青江下坂に惑わされたものだとされていますが、そこに公衆の面前で恥をかかされた貢の怒りが加わっていなければ、「油屋店先」の場面の意味がなくなってしまいます。恥をかかされ裏切られたことへの怒りに、妖刀の魔力が付け入ってあのような大量殺人に至ったと、ぽん太は考えたいところです。海老蔵自身も、これでは不完全燃焼ではないでしょうか?
 門之助の今田万次郎のなよなよした若殿様は好演。笑三郎のお紺は、品格と古典味があって立派。獅童は身のこなしや立ち振る舞いに踊りがないため、奴のいなせさや可愛さが出ず、歌舞伎というよりテレビのお笑いコントのようになってしまいました。吉弥の万野が、「こいつ殺してやりたい」と思うほど憎々し気でありながら、古風な味わいと品格を保っていて最高でした。
 
 『吉野山』は、踊りの上手へたはぽん太にはわかりませんが、とにかく美しかったです。菊之助が花道を出て来て七三で振り返った時、その美しさと艶やかさに会場からため息が漏れました。松緑の佐藤忠信も美しい若武者でした。


花形歌舞伎

平成20年11月/新橋演舞場
昼の部
一、通し狂言 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)

  序 幕 相の山の場
      妙見町宿屋の場
      追駈け地蔵前の場
      二見ヶ浦の場
  二幕目 油屋店先の場
      同 奥庭の場
  <序幕>
             福岡貢  海老蔵
           今田万次郎  門之助
            油屋お岸  宗之助
            藤浪左膳  右之助
             奴林平  獅 童
  <二幕目>
             福岡貢  海老蔵
           今田万次郎  門之助
            油屋お紺  笑三郎
            油屋お岸  宗之助
            油屋お鹿  猿 弥
            仲居万野  吉 弥
           料理人喜助  愛之助

二、義経千本桜 吉野山(よしのやま)

      佐藤忠信実は源九郎狐  松 緑
            逸見藤太  亀三郎
             静御前  菊之助

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【歌舞伎】海老蔵の仁木弾正はハリウッド張りの殺人鬼・花形歌舞伎2008年11月夜の部

 今月の花形歌舞伎@新橋演舞場は、海老蔵の人殺し2態が見物です。昼の部は『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢による遊郭での大量殺人、夜の部は『伽羅先代萩』の仁木弾正による渡辺外記左衛門の殺人未遂です。人殺しを見物して楽しむとは、歌舞伎が江戸時代には吉原と並ぶ「悪所」とされたこともうなづけます。『伊勢音頭恋寝刃』のモデルとなった、医者孫福斎宮(まごふくいっき)による遊郭における9人の殺人事件が起きたのが1796年(寛政8年)5月4日。それから間もない同年の7月25日に、『伊勢音頭恋寝刃』は初演されています。現代に置き換えてみると、例えば池田小事件の2〜3ヶ月後に、それを題材にしたテレビドラマをやるなどというのは考えられないことです。当時の歌舞伎が、現在のテレビのワイドショーや週刊誌の役目を果たしていることを差し引いても、かなり不謹慎なきがします。しかも現在では、着物姿のセレブなご夫人がこれらの狂言を見て、喜んで拍手を贈っているというのも不思議と言えば不思議です。

 さて、夜の部の感想です。「花水橋」では、亀三郎の頼兼が、残念ながら領主としての風格もなければ、放蕩にふけるつややかさもなし。さらに身のこなしに、踊りの優雅さやリズム感がなく手足だけを動かしてる感じで、音楽に乗せただんまりの面白さがでてきません。
 「竹の間」では、ぽん太ごひいきの愛之助が役を作り過ぎ、八汐が滑稽に感じられました。八汐はところどころに愛嬌はあっても、基本は憎々しげな巨悪でないと、話しが盛り上がりません。対する菊之助の政岡も、セリフはちゃんと言っているものの、自分を陥れるようなセリフを耳にしてハッと驚くような仕草がありません。保っちゃんなら、「ハラで聞いていないからである」とでも言いそうです。「足利家御殿の場」で、千松の死を嘆く場面も絶叫し過ぎで、もう少し押さえた演技で悲しみを表現して欲しいところです。
 「床下」の海老蔵の仁木弾正。こうした役での迫力と集中力は絶品です。ゆっくりとした花道の引っ込みで、まったくだれることなく緊張感を保っていました。
 そして「対決・刃傷」。海老蔵演じる仁木弾正は、圧倒的な力の差を見せつけながら、まるで猫がネズミをもてあそぶかのように、老人渡辺外記左衛門(男女蔵)に襲いかかります。その様子は、まるで人間らしい感情が感じられず、「ターミネーター」だか「13日に金曜日」だかアメリカ映画の冷徹な殺人鬼を見るようでした。人情沙汰や金目当てではない昨今の目的なき殺人を反映しているようで、とても同時代的で身につまされる演技で、寒々しく恐ろしかったです。討たれたあと手足をばたばたと動かす仕草は、エイリアンかロボットのようでした。「対決・刃傷」をハリウッドばりに演じた海老蔵に、こんかいは拍手です。それから片足で立ってのシェーのような見得(すみません、歌舞伎初心者のぽん太には用語がわかりません)で、微動だにしないバランス感覚にはびっくり仰天。ぽん太の好きなバレエでいえばポリーナ・セミオノワに匹敵する、すごい身体能力です。松緑の細川勝元は明るく朗々として利発な感じでよかったですが、大大名の懐の深さや風格が感じられず、江戸の岡っ引きのようなに見えてしまったのは、若いから仕方ないのでしょうか

 おしまいに『龍虎』。愛之助と獅童が、舞台を歩き回ったり、髪の毛を振り回したりするだけで、踊りとしての味わいもなければ、アンサンブルもそろっていない。頑張ってるのはわかりますが、歌謡ショーをみている感じで、「若さ」は感じるものの、面白くもなんともありませんでした。

 今年の正月のチベット旅行でご一緒したアヒルさんに、偶然会いました。なつかしかったです。


花形歌舞伎

平成20年11月/新橋演舞場
夜の部 
一、通し狂言 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)

  序 幕 鎌倉花水橋の場
  二幕目 足利家竹の間の場
  三幕目 足利家御殿の場
      同  床下の場
  四幕目 問注所対決の場
  大 詰 控所刃傷の場
  <花水橋・竹の間・御殿・床下>
              政岡  菊之助
              八汐  愛之助
          荒獅子男之助  獅 童
            絹川谷蔵  男女蔵
            足利頼兼  亀三郎
              松島  吉 弥
             沖の井  門之助
             栄御前  右之助
            仁木弾正  海老蔵
  <対決・刃傷>
            細川勝元  松 緑
         渡辺外記左衛門  男女蔵
            渡辺民部  亀三郎
           山中鹿之助  宗之助
            山名宗全  家 橘
            仁木弾正  海老蔵

二、龍虎(りゅうこ)
               龍  愛之助
               虎  獅 童

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【オペラ】ウィーン国立歌劇場『フィデリオ』

 横浜までウィーン国立歌劇場の『フィデリオ』を観に行ってきました。指揮者は日本が誇る小澤征爾。昨日に文化勲章の授章が決まったばかりです(こちらが毎日新聞の記事です)。カーテンコールのときに小澤征爾に大きな花束が渡され、小澤も「え?なんで」という感じでしたが、字幕の電光掲示板に書かれた「文化勲章授章おめでとうございます」との字を見て、「あ、な〜んだ」という素振り。会場も拍手喝采でした。
 『フィデリオ』は大昔にテレビで見たきりでほとんど覚えておらず、生で観るのは初めてです。
 セットはいたってシンプルでオーソドックス。その分、音楽に集中することができました。オーケストラは、最初ちょっと足並みが揃わない感じもしましたが、とてもすばらしい演奏でした。
 第2幕第1場が終わると、幕が閉まったままオーケストラの演奏が……。これは『レオノーレ』序曲第3番ではないか。し、知らなかった、こんなところで演奏されるとは……。ところがこれがまたすばらしい演奏で、何度も聞いている曲のはずなのに初めて聞くような音が次々と聞こえてきて、ベートーヴェンの曲も音楽的にすごく濃密で豊かだし、まさに心を奪われました。これが聴けただけでも来た甲斐があると思いました。
 しかし長くて重い曲ですから、劇全体としてはちょっとアンバランス。そのあとの第2幕第2場の万歳万歳という場面がユルく感じられました。帰宅してからググってみると、Wikipediaによれば、ここで『レオノーレ』序曲第3番を入れるのは、1904年にマーラーが初めて試みたことで、当時は賛否両論がわき起こったのだそうです。1930年代にはこの形式が定着し、フルトヴェングラーも賛同したそうです。現在では第3番を入れることも入れないこともあるそうですが、ウィーン国立歌劇場では伝統的に入れることになっているのだそうです。
 歌手は体型的にはやや太めの方が多かったですが、歌はとてもすばらしかったです。

 しかし、台本についていえば、「暴君に抑圧されている民衆が、レオノーレの勇気ある行動によって解放されて万歳!」というのは、なんかよくある設定というか、ちょっと気恥ずかしくてまともに感情移入できないところがあります。先日観たモーツァルトの『コシ・ファン・トゥッテ』について、ベートーヴェンは、「こうしたものには嫌悪感を感じるのです。このような題材を私が選ぶことなどありえません。私には軽薄すぎます」(1825年5月、Ludwig Rellstabへの手紙)と書いたそうですが、『フィデリオ』の物語を本気で観る観客は、まさに貞節を本気で信じている『コシ・ファン・トゥッテ』の冒頭の恋人たちと同じではないでしょうか。モーツァルトとダ・ポンテは、時代を先取りして19世紀的な思想を批判していたのでしょうか? たぬきのぽん太には難しくてわかりません。

L.v.ベートーヴェン
『フィデリオ』
2008年10月、神奈川県民ホール

指揮:小澤征爾
演出:オットー・シェンク
美術:ギュンター・シュナイダー=シームセン
衣装:レオ・ベイ
合唱指揮:トーマス・ラング

フロレスタン:ロバート・ディーン=スミス
レオノーレ:デボラ・ヴォイト
ドン・フェルナンド:アレクサンドル・モイシュク
ドン・ピツァロ:アルベルト・ドーメン
ロッコ:ヴァルター・フィンク
マルツェリーネ:イルディコ・ライモンディ
ヤキーノ:ペーター・イェロシッツ
第1の囚人:ウォルフラム・デルントル
第2の囚人:伊地知宏幸

ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン国立歌劇舞台上オーケストラ
合唱協力 藤原歌劇団合唱部

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【オペラ】ウィーン国立歌劇場『コシ・ファン・トゥッテ』と「フェルメール展」

 ウィーン国立歌劇場の『コシ・ファン・トゥッテ』を観て来ました。ぽん太は、ウィーン国立歌劇場を生で観るのはおそらく約20年ぶりのこと。そのとき観た演目は『魔笛』でしたが、指揮者も歌手も覚えておりません。また、モーツァルトの『コシ・ファン・トゥッテ』を観るのは初めてです。
 オペラ初心者のぽん太としては、ただただすばらしかったという感想しかありません。チケット代は高かったですが(どうせ葉っぱで作ったお金で買ったものだし)、大満足であっという間の3時間でした。
 舞台美術も、回転する壁を組み合わせてスピーディーに場面展開するという斬新なアイデアを使いながらも、奇をてらわず伝統的で落ち着いた雰囲気となっており、さすがウィーン国立歌劇場という感じです。解説によると、背景のナポリの風景はフィリップ・ハッケルトの風景画を用いているとのこと。誰それ? ググってみてもよくわかりません。ドイツのWikipediaには詳しく書かれているようですが、残念ながら読めません。自動翻訳で見てみると、1937年生まれ1807年死去、ドイツ古典主義の有名な風景画家で、ゲーテとおともだちだったようです。絵のいくつかはこちらのサイトで見ることができます。

 オペラ初心者のぽん太には、いろいろと疑問に思うことがありました。まずこのオペラが、19世紀を通じて、不道徳であるとか真実みがないとかいう理由で二流の作品とみなされて来たことです。貞節の誓いを破ることが不道徳なら、先日観た『こうもり』の方がよっぽど不道徳です。また姉妹は、手を返品を変え心変わりするようにしむけられているのであり、彼女たちの方が被害者に思われます。男たちは内心大笑いしながら恋人たちをだましているわけで、「男だってそんなもの」と言うこともできそうです。第1幕のデスピーナの「男なんてどれも同じ、どれも何の価値もない」という台詞には、髪の毛の薄くなった男性の多い客席から、ため息ともうめき声ともとれる低いどよめきが起こりました。
 また真実みがないというのなら、ワグナーの楽劇のストーリーだって真実みがありません。われわれの感覚からすると、ごく普通の楽しいコメディに思われます。19世紀のひとたちの感性はどのようなものだったのでしょうか? そちらの方が不思議です。真面目で崇高な「ゲイジュツ」しか受け入れなかったのでしょうか?
 ぽん太は、『コシ・ファン・トゥッテ』で描かれている「哲学」もたいへん気に入りました。二組の恋人たちは、貞節を固く信じています。しかし結局婚約者の姉妹は、一晩で心変わりをし、他の男たちとの結婚を決意します。しかも二人が選んだ男性は、最初の婚約者とは入れ替わっています。普通なら修羅場となるところですが、アルフォンソは「あなたたちは賢くなった、さあ、笑いなさい」と恋人たちを抱擁させます。姉妹は「忠実と心からの愛でつぐなって、一生お慕いします」と誓い、男達は「君を信じよう、でももう試したりはしたくない」と言います。二組の恋人たちは、結局は劇の冒頭と全く同じように、貞節を守って暮らして行くことでしょう。このオペラはハ長調で始まり、そしてまたハ長調で終わります。ただ違っているのは、最初は恋人達は貞節を信じていましたが、今や彼らは貞節などありえないことを知りながらも、貞節に従って暮らしていくことです。
 ジジェク風にいえば、恋人達は最初は貞節を「リアル」だと思っていたけれど、最後には貞節が「幻想」であることを理解した上で貞節に「従う」、とでもなりましょうか。たとえば私たちも、民主主義がリアルに最高のシステムだなどとは思っていませんが、民主主義に従って生活をしております。民主主義を本当に最高のシステムだと思い込んでいるひとがいたら、逆に怖いです。
 「信じる」というのは理由なしに信じるのであって、それが正しいかどうかを「試す」ということは意味がありません。聖書の「神を試してはならない」という言葉が思い浮かびます。『コシ・ファン・トゥッテ』の副題は「恋人たちの学校」ですが、まさしく彼らは大きな成長をとげたようです。
 終幕の全員の合唱の歌詞には、ちょっとびっくりしました。「ものごとすべてを理性でかたづけ、良い面だけを見ている者は幸せだ」といった内容でしょうか。ぽん太は、理性とは、良い面も悪い面も客観的に見ることだと思っていました。モーツァルトの時代の人々が「理性」をどのようにとらえていたのか、とても気になります。

 オペラ初心者ぽん太の次の疑問は、「オーストラリア人のモーツァルトが作曲してウィーンで初演されたのに、なんでイタリア語なのか?」というものです。
 これはちょっと調べたらわかりました。当時のヨーロッパの文化の中心はイタリアとフランスで、それ以外の国の宮廷でもイタリア語やフランス語が話されていました。オペラに関しても、フランスやイタリアのオペラが主に上演されていました。啓蒙君主として名をはせたヨーゼフ2世は、ウィーンにヨーロッパ一随一のイタリア・オペラ劇団を作ろうとしたのでした。その劇場に、モーツァルトや、台本を書いたダ・ポンテがかかわったわけです。ヨーゼフ2世はドイツ劇場も創設しましたが、そちらは新たな試みであり、これからフランスのコメディ・フランセーズに匹敵するような劇場に育てていこうというもくろみでした。
 モーツァルト自身も、辞書なしで台本を読めるくらいイタリア語に熟達しており、イタリア語のオペラを作曲したいという強い望みをいだいていたそうです。

 ところで、デスピーナ扮する磁石で治療を行う医者は、メスメルの磁気療法のパロディですね。メスメルについては、以前の記事で触れたことがありますが、彼とモーツァルトの関係も有名です。モーツァルトが若かった頃、メスメルは有力なパトロンのひとりであり、ジングシュピール『バスティアンとバスティエンヌ』(K50=46b)は、ウィーンにあるメスメルの庭園音楽堂で上演されたなどとも言われています。フランスで名をあげたメスメルですが、1784年にはフランスの科学アカデミーによって科学的根拠を否定され、翌年パリを去ります。『コシ・ファン・トゥッテ』が初演された1790年には、メスメルは一時ウィーンにいたとも言われています。


 オペラ鑑賞のついでに、上野の東京都美術館でやっていた「フェルメール展」を見てきました。こちらが公式サイトのようです。フェルメール以外の絵は無視。フェルメールだけゆっくり二回見ました。おもったほど混んでなかったです。ぽん太が個人的に気に入ったのは、「小路」と「リュートを調弦する女」です。「小路」はマチエールがとても美しく、絵自体が工芸品のようです。こればかりは写真ではわかりません。「リュートを調弦する女」は、落ち着いた色調と淡い光、どことなく幻想的な雰囲気がよかったです。


ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
『コシ・ファン・トゥッテ』
2幕のオペラ・ブッファ
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ
2008年10月23日、東京文化会館

       指揮: リッカルド・ムーティー
       演出: ロベルト・デ・シモーネ
       美術: マウロ・カロージ
       衣裳: オデッテ・ニコレッティ
     合唱指揮: トーマス・ラング

フィオルディリージ: バルバラ・フリットリ
    ドラベッラ: アンゲリカ・キルヒシュラーガー
    グリエルモ: イルデブランド・ダルカンジェロ
   フェッランド: ミヒャエル・シャーデ
    デスピーナ: ラウラ・タトゥレスク
ドン・アルフォンソ: ナターレ・デ・カローリス

ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン国立歌劇場舞台上オーケストラ


「フェルメール展」
2008年8月2日〜12月14日
東京都美術館
フェルメールの出展作品
「マルタとマリアの家のキリスト」「ディアナとニンフたち」「小路」「ワイングラスを持つ娘」「リュートを調弦する女」「ヴァージナルの前に座る若い女」「手紙を書く婦人と召使い」

【参考文献】
[1] アッティラ・チャンパイ他編『モーツァルト コシ・ファン・トゥッテ (名作オペラブックス)』音楽の友社、1988年。
[2] リヒャルト・ブレッチャッハー『モーツァルトとダ・ポンテ―ある出会いの記録』小岡礼子訳、アルファベータ、2006年。
[3] 茅田俊一『フリーメイスンとモーツァルト』(講談社現代新書)、講談社、1997年。

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【歌舞伎】玉三郎の八重垣姫、菊五郎の直次郎・2008年10月歌舞伎座夜の部

 千穐楽に歌舞伎座夜の部を観て来ました。本日の菊五郎の千穐楽のお約束は、「直侍」の「入谷大口屋寮の場」の花道の出で、雪で滑って転んだところか?
 『本朝廿四孝』は今年の4月に時蔵の八重垣姫で観たばかり。今回は玉三郎です。時蔵演じる八重垣姫は表情豊かで、ついつい蓑作に魅かれてしまうかわいさ、濡衣に仲立ちを頼む積極さと恥じらい、自害するときの覚悟などがひとつひとつきっちりと表現されていました。玉三郎の八重垣姫は、表情は抑制されており、身体表現も様式的で、人間ではなく文楽人形のようでしたが、あらゆるポーズや動作がひとつひとつ美しく気品があり、感動したぽん太は口をあんぐりあけて見とれていました。菊之助も、いつの間にか恰幅がよくなって貫禄がでてきて、すばらしい勝頼でした。
 八重垣姫のモデルが、武田信玄の娘で上杉景勝に嫁いだ菊姫であることは、以前の記事に書きました。
 「狐火」を観るのは初めてでした。恋しい勝頼を救いたいと願う八重垣姫が、諏訪明神の使いの狐と一体化する様子は、妖しくもあり神々しくもあり、鬼気迫る名演技でした。
 ところで、何で「狐」? 狐といえばお稲荷さんですが、諏訪大社(諏訪明神)はお稲荷さんではありません。諏訪大社のホームページを見ても、狐のことは書かれていません。しかし、例えばこちらの早稲田大学図書館のページをみると、十返舎一九の作品に『諏訪湖狐怪談』(すわのうみきつねかいだん)というのがあるようです。ちなみに『本朝廿四孝』の初演は1766年(明和3年)、『諏訪湖狐怪談』の出版は1807年(文化4年)ですから、十返舎一九の方が後です。またこちらの怪異・妖怪伝承データベースには、「狐、諏訪のまわたし」という項目があり、「諏訪湖氷結期、明神の輿を守護して、狐が行列をつくり渡る。人々の目には、狐火のみ見えて、形は一向に見えない。これを諏訪のまわたしという」と書かれています。諏訪湖に張った氷が割れて盛り上がる御御渡りに関連して、狐にまつわるなんらかの伝承があったようです。明治初期の神仏分離では、各地で土着の神々の信仰が禁止され、記紀に載っている神様への信仰が強制されたといういきさつがあるので、ひょっとしたら江戸時代には、諏訪明神と狐信仰に関係があったのかもしれません。
 さて10月歌舞伎に話しを戻して「直侍」ですが、菊五郎の直次郎は、このような役をやらせたら絶品ですね。菊之助の遊女三千歳も、恰幅がよくなったためか、濃艶な女らしさがあってよかったのです。だけど演技がちょっとリアルというか生々しすぎるように思われ、もう少し様式的な方が歌舞伎らしくてよかった気がします。今回は清元がよく聞こえる席でしたが、語りが主体の義太夫とは違って、清元が音楽としての表現力を持っていることに初めて気がつきました。再会した直次郎と三千歳のさまざまな感情の動きを、清元が見事に表現しておりました。黙阿弥はホントに天才です。
 精神科医のぽん太が気になったのは、直次郎が訪ねて来なくなったために三千歳が患っていたという「ぶらぶら病」(ぶらぶらやまい)です。初めて耳にした言葉です。「直侍」を含む『天衣紛上野初花』の初演は1881年(明治14年)ですから、この頃には使われていた言葉と思われます。ぽん太の手元にある江戸や明治の病気に関する本を見ても出ていません。医学用語ではなく、民衆の間で一般に使われていた言葉と思われます。芝居の文脈と「ぶらぶら」という名前からすると、落ち込んでなにも手につかずぶらぶらと日々を過ごす状態と推察され、現代でいえば「うつ病」にあたるように思われます。明治時代にはやった「神経衰弱」とも近いのかもしれません。あれあれ、goo辞書に出てました。「特にどこが悪いというわけではないが、何となく調子の悪い状態が長びく病気」とのことで、徳富蘆花の『不如帰』の用例が挙げられています。ちなみに『不如帰』が「国民新聞」に連載されたのは1898年(明治31年)から翌年にかけてです。ほかにググってみても、あまり情報がありませんが、松井高志の『人生に効く!話芸のきまり文句 』(平凡社新書、2005年)で「ぶらぶら病」に触れているという情報があるので、こんど読んでみます。
 『英執着獅子』は、福助の濃さと華やかさが生きていて、美しく豪華でダイナミックでよかったです。こんかいはどの演目も大満足でした。


芸術祭十月大歌舞伎
平成20年10月、歌舞伎座
夜の部 
一、本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)
  十種香
            八重垣姫    玉三郎
            武田勝頼    菊之助
           白須賀六郎    松 緑
            原小文治    権十郎
            長尾謙信    團 蔵
            腰元濡衣    福 助
  狐火

            八重垣姫    玉三郎
            人形遣い  尾上右 近
二、雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)
  直侍
  浄瑠璃「忍逢春雪解」
           片岡直次郎    菊五郎
             三千歳    菊之助
           寮番喜兵衛    家 橘
           暗闇の丑松    團 蔵
              丈賀    田之助
三、英執着獅子(はなぶさしゅうじゃくじし)
        傾城後に獅子の精    福 助

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【歌舞伎】仁左衛門の加古川本蔵・平成中村座「仮名手本忠臣蔵」2008年10月Cプログラム

Pa220004  浅草寺では、10月15日から11月16日まで本堂落慶50周年記念大開帳が行われており、お前立ご本尊を拝観することができます。こちらが公式サイトです。浅草寺のご本尊である聖観世音菩薩像は絶対の秘仏で公開されることはありません。秘仏の前に安置されている仏は、お前立ご本尊と呼ばれ、こちらは時おり公開されます。平成中村座も、この本堂落成50周年の行事のひとつとなっているようです。
 さて、本日はCプログラム。加古川本蔵のドラマに焦点があてられております。その加古川本蔵を演じるのが、ぽん太とにゃん子が御ひいきの仁左衛門。とってもよかったです。
 特に二段目は、原作に忠実の上演は34年ぶりとのこと。八段目の道行きも初めてで、「山科閑居」の意味が初めて分かりました。
 勘三郎の戸無瀬と七之助の小浪もよかったです。二段目での力弥と小浪の出会い、八段目で力弥と夫婦になることを楽しみにしながら小浪と戸無瀬が東海道を下って行く様子があって、「山科閑居」やりとりに込められた心情の深さが理解できました。
 橋之助は風格があり立派。孝太郎は顔世のような美女系よりも、お石のような武家の女房が合っているように思いました。勘太郎の塩冶判官が、高師直を憎し討ちたしと思いながらも、お家のために我慢をして頭を下げる、その悔しさがにじみ出ていてよかったです。彌十郎の高師直はとっても憎たらしくてよかったです。
Pa220006 芝居が終わって時間があったので、歌舞伎ではおなじみの吉原跡まで歩いてみました。こちら(Yahoo!地図)が吉原の大門があったところです。現在の地図と江戸時代の古地図との重ね合わせは、たとえばこちらのサイトで見ることができます。しかし実際に訪ねてみると、吉原の面影はまったく残っていません。吉原大門の交差点に植えられた柳の木には、「見返り柳」という碑がもうけられており、わずかに当時を思わせます。

平成中村座十月大歌舞伎
通し狂言仮名手本忠臣蔵
平成20年10月
【Cプログラム】
  大 序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場
  二段目 桃井館力弥上使の場
      同 松切りの場
  三段目 足利館表門進物の場
      同 松の間刃傷の場
  八段目 道行旅路の嫁入
  九段目 山科閑居の場

           加古川本蔵  仁左衛門
   大星由良之助/桃井若狭之助  橋之助
         顔世御前/お石  孝太郎
  塩冶判官/大星力弥(九段目)  勘太郎
              小浪  七之助
  足利直義/大星力弥(二段目)  新 悟
             高師直  彌十郎
             戸無瀬  勘三郎

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【歌舞伎】芝居小屋の雰囲気がいいね!(平成中村座「仮名手本忠臣蔵」2008年10月Dプログラム)

Pa220002 浅草まで「平成中村座」を観に行ってきました。浅草寺裏に仮設テントを建てての公演です。平成12年に始まった「平成中村座」は、今年で5回目の公演だそうですが、ぽん太とにゃん子は初めてです。
 仮設テントの内部は、以前に見た四国の金丸座に似ていて、江戸時代の芝居小屋の雰囲気があります。二階の前方の席は、舞台の幕がしまると、内側に入ってしまう位置にあります。江戸時代の羅漢台や吉野に倣ったものでしょう。「羅漢台」とは、舞台の下手奥に、正面客席と向かい合う形で作られた下級の桟敷席です。ここに観客が座った様子が、まるで五百羅漢のように見えるので、そのような名前がついたのだそうです。羅漢台の2階が「吉野」です。たとえばこちらのサイトにある江戸時代後期の劇場の絵に、羅漢台や吉野が描かれています。テントのため、ヘリコプターの音や、近くの遊園地のアトラクションの叫び声などが聞こえて来ました。ま、これも芝居小屋らしくていいのかもしれません。
 出し物は「仮名手本忠臣蔵」の五段目から七段目。勘太郎の勘平、七之助のおかるの組み合わせは、平成18年の新春浅草歌舞伎で観たことがあります。すると話しの順序としては、前回に比べて今回はどうかということになるのですが、悲しいかなぽん太の狸脳、歌舞伎の初心者であることも加わって、前回の芝居をあまり覚えておりません。
 で、今回の感想に限らせていただけば、敢闘はしているけどいま一歩、という感じでしょうか? 勘平を演じる勘太郎も、頑張ってきっちりと演じているのはわかりましたが、勘太郎が演じると、素直で真面目で素朴で、まるで忠犬柴犬のような感じになってしまい、女にうつつを抜かして大事な場に立ち会えなかったり、誤って撃ち殺した人から奪ったお金を御用金として献じて意気揚々と帰ってくるような、ダメ男の味が出てきません。懐から縞の財布を取り出して見る場面も、取り出した財布と床の上の財布をしげしげと見比べてしまい、義太夫狂言らしいリズムが出てきませんでした。また、切腹をしてからのセリフ回しも、あんまり苦しそうに聞こえませんでした。平右衛門役でも、人のいい真面目なお兄さんという雰囲気になってしまい、奴らしい色気や粋さが感じられませんでした。
 七之助はきれいでよかったです。ただ一力茶屋の場で、二階から鏡に映して手紙を読む姿が、ずれ落ちたみたいに見えたのが気になりました。
 橋之助の由良之助も健闘。頑張って風格を出していましたが、自然と風格がにじみ出てくるには、もう少し年月が必要なのかもしれません。彌十郎の斧定九郎は、あんまり色気がありませんでした。定九郎は、ゾクゾクするような美しい悪人であって欲しいものです。おかやの歌女之丞が、勘平を引き回す時の迫力は少し欠けましたが、大健闘でした。仁左衛門が出ると、芝居が数段引き締まります。大拍手でした。

 忠臣蔵も何度も観たので、今回は台本を読んで予習してから行きました(服部幸雄編著『仮名手本忠臣蔵 (歌舞伎オン・ステージ (8))』1994年、白水社)。おかげで台詞や義太夫の細かい部分が多少よく理解できました。
 特に腹を切った勘平の疑いが晴れた部分。不破数右衛門の「仏果を得よや」という言葉に対して勘平は、「ヤア仏果とは穢らわしや。死なぬ死なぬ。魂魄この土に止まって、敵討ちの御供なさで措くべきか」と答えますが、これは、「オレは成仏などしないで、魂は地上に止まり、敵討ちの手助けをするのだ」と、成仏を拒否して怨霊になることを宣言した恐ろしい台詞です。台本に従えば、勘平はそのまま果ててしまいます。ちなみに台本では塩冶判官も切腹に際して、「生まれ変わり死に変わり、鬱憤を晴らさで措くべきか」と、呪いの言葉を口にします。
 本日の芝居では、勘平の呪いの言葉を聞いた数右衛門(仁左衛門)は「これはいかん」とばかりに頭を振り、「そうだ、いい方法があった」と連判状を取り出して勘平を義士に加えます。これによって勘平は、悪霊とならずに成仏することができた、という救いのある結末になっていました。

 ところで余談ですが、以前にちょっと書いた「ひらかな盛衰記」に「武士道」という言葉が出てくる件、岩波書店の『日本古典文学大系〈第51〉浄瑠璃集』(1960年)でも、やはり「武士道」という言葉が使われています。凡例によると、底本は七行本と書いてありますが、この「七行本」がいつの時代のものなのか、タヌキのぽん太にはちっともわかりません。


平成中村座十月大歌舞伎
通し狂言仮名手本忠臣蔵【Dプログラム】
平成20年10月
  五段目  山崎街道鉄砲渡しの場
       同 二つ玉の場
  六段目  与市兵衛内勘平腹切の場
  七段目  祗園一力茶屋の場
          大星由良之助  橋之助
     早野勘平/寺岡平右衛門  勘太郎
             おかる  七之助
          一文字屋お才  孝太郎
           千崎弥五郎  亀 蔵
            斧定九郎  彌十郎
            判人源六  勘三郎
          不破数右衛門  仁左衛門

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【歌舞伎】芝翫・菊五郎・小吉(2008年10月歌舞伎座昼の部)

 歌舞伎座十月の昼の部の目玉は、芝翫の「藤娘」でしょうか? 菊五郎や菊之助を観るのも久しぶりな気がします。
 「重の井」は初めて観る演目。家橘演ずる本田弥三左衛門は、着物から刀まで全身真っ赤のいでたちで、なかなかキャラが立っています。通称「赤じじい」と呼ばれているそうな。一方の調姫(しらべひめ)は「いやじゃ、いやじゃ」というセリフが多いので「いやじゃ姫」と呼ばれているそうです。そういえば「ぶって姫」などという方もおりましたな……。その「ぶって姫」じゃなくて「いやじゃ姫」を演じていたのはかわいらしい女の子。まだ月の前半なのにちょっと声がかすれていましたが、千穐楽まで声がもつかしら? 衣装が重いのか、なかなか立ち上がれなくて照れ笑いしていたのもかわいらしかったです。なんと亀蔵のご長女とのこと。
 もう一人の子役の三吉と、福助演ずる重の井との親子の情のやりとりが、この芝居の眼目。三吉がとってもよかったです。演じていたのは坂東小吉くんで、二代目坂東吉弥のお孫さんとのこと。あらら、今年の八月の納涼歌舞伎の『つばくろは帰る』で見ていたはず。三津五郎演ずる大工を慕っていた子供か……。福助の重の井も見事でした。悲しみに沈む三吉を近習がゲンコで叩いて、強いてお祝いの馬子唄を歌わせようとする場面で、三吉が歌いだすの客席がシーンとなって待っている時、携帯を鳴らした人がいたのは残念(しかも2回)。全体に今日は着メロが多かったです。みなさん、気をつけましょう。
 『奴道成寺』は申し訳ありませんが、昼食後だったので半睡。松緑のいなせな元気良さはあいかわらずですが、ちょっと柔らかさがなかったような……って、半分眠ってたので御免なさい!
 「魚屋宗五郎」は、悪が滅び酔っぱらいが栄えるという、ぽん太とにゃん子には嬉しくもあり、身につまされるお話。菊五郎の気っ風の良さはあいかわらず。玉三郎、権十郎、團蔵とのかけあいは、いまひとつ息があっていないような。菊之助、少し太ってませんか?
 そして『藤娘』。舞台に近い席で観ていたせいか、一生懸命頑張っているのがよく見えてしまい、ゆったりと楽しむことはできませんでした。あどけいない娘に見せようという媚びは感じられず、傘寿(80歳)の芝翫がありのままを出しているような、不思議な舞踊で、迫力がありました。

歌舞伎座
歌舞伎座百二十年・芸術祭十月大歌舞伎
平成20年10月、昼の部
一、恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)
  重の井
           乳人重の井    福 助
           自然薯三吉    小 吉
              調姫  片岡 葵
         本田弥三左衛門    家 橘
二、奴道成寺(やっこどうじょうじ)
    白拍子花子実は狂言師左近    松 緑
              所化    松 也
               同  尾上右 近
三、新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)
           魚屋宗五郎    菊五郎
           女房おはま    玉三郎
          磯部主計之助    松 緑
           召使おなぎ    菊之助
            娘おしげ    松 也
            小奴三吉    権十郎
        菊茶屋女房おみつ    萬次郎
            父太兵衛    團 蔵
          浦戸十左衛門    左團次
四、ご贔屓を傘に戴く
  藤娘(ふじむすめ)
             藤の精    芝 翫

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【舞踏】山海塾『降りくるもののなかで―とばり』

 ぽん太とにゃん子は10月5日、三軒茶屋まで「山海塾」を観に行ってきました。「山海塾」を観るのは今回が2回めで、2年前に『金柑少年』を観てすっかりとりこになり、次の公演を心待ちにしていました。今回も、できればすべての演目を観たかったのですが、時間の制約で一つしか観れなかったのが残念! でも、新作の『降りくるもののなかで―とばり』を観れたのでよかったです。
 こちらが山海塾の公式サイト。こちらには