『オデュッセイア』を読むーーこの登場人物には「共感」が可能です
『イーリアス』でギリシア神話に入門したぽん太は、余勢をかって『オデュッセイア』(ホメロス著、松平千秋訳、岩波文庫、1994年)に取りかかった。今度は読みやすい松平千秋訳の岩波文庫板である。
あらすじはすごく大雑把に言えば、トロイア戦争で勝利した英雄オデュッセウスが、数々の苦難を乗り越えて故郷イタケに戻り、妻に群がる求婚者たちを成敗するまでの話しです。
一読して『イーリアス』とのあまりの違いに驚きました。『イーリアス』に描かれた英雄たちは、神々の意向に従って戦いを繰り広げるロボットのような存在でしたが、『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスは、自らの知恵と策略とで苦難を乗り越えて行きます。
『イーリアス』と『オデュッセイ』の世界が非常に異なるので、ホントに両方ともホメロスが書いたのかいな、という疑問が当然浮かんでくるわけですが、訳者の解説によれば、後者はホメロス老年期の作とも、ホメロスの息子あるいは高弟の手になるとも、あるいは別の流派の詩人が書いたとも言われているそうです。研究によれば両者が書かれた時代には数十年から半世紀ぐらいの開きがあるそうです。
『オデュッセイア』のテーマは、なんといってもオデュッセウスの知略でしょう。以前の記事に書いたように、『イーリアス』の英雄たちは神々の意のままに行動し、内省も、善悪の判断も、未来を見通して計画を立てる能力もありません。ですからジェインズのように、当時の人間は「意識」がなくて幻聴の命令に従って行動していたという珍説まで飛び出すわけです。一方オデュッセウスは、自分の頭で考え、未来に向かって計略を練り、問題を解決します。これは現代人の「意識」にかなり近いように思われます。『オデュッセイア』の著者にとって、「知恵を絞れば問題を解決できる」ということが珍しくて面白くて仕方なかったように思えます。一休さんのトンチ話じゃないですが、オデュッセイは困難に陥るたびに知恵を絞り、逆境を切り抜けます。例えば第九歌で一つ目の巨人キュプクロスに捉えられたオデュッセウスは、名前を聞かれて「誰もおらぬ」という名だと答えます。やがてオデュッセウスはキュプクロスの目に丸太を打ち込むのですが、キュプクロスが苦しむ声を聞いて洞窟の外に仲間が集まって来て、「誰がお前を殺そうとしているのか」と聞きます。ところがキュプクロスは「おれを殺そうとしているのは『誰もおらぬ』」と答えたため、みんな「な〜んだ、誰もいないのか」と帰ってしまいます。今どき小学生でも喜ばないような話しでが、ホメロスには面白く感じられたのでしょう。
『オデュッセイア』で次に目につく点ですが、「引き延ばし」とでも申しましょうか。そもそもこの叙事詩は、オデュッセウスの帰還がさまざまな困難によって引き延ばされる物語です。また故郷イタケに戻ったオデュッセウスは、彼の屋敷で狼藉を働く求婚者たちを直ちに打ち取ろうとせずに、まずは乞食のふりをして機会を伺い、復讐を引き延ばします。引き延ばしが可能になるためには、時間の流れのなかに自分を位置づける能力が必要になります。そして未来における効果を考慮して、現在の自分の行動を抑制しなければなりません。『イーリアス』がまさにキレやすい子どもの世界だとすれば、『オデュッセイア』は我慢を覚えた大人の世界と言えるかもしれません。
また、「気づき」というのも目につきます。乞食のふりをしたオデュッセウスの足を洗っている乳母は、足の傷痕から彼がオデュッセウスであることに気づきます。物事の意味を読み取るという心の働きが見られます。
そのほか、夢の話しや冥界の話しもあって、興味もつきませんが、長くなるので省略しましょう。
以上のように『オデュッセイア』の登場人物は、『イーリアス』の英雄たちと違って、われわれに近い意識の働きを持っているようにぽん太には思えます。でもその分『イーリアス』の崇高さは影を潜め、小賢しい人間界のちまちました話しになってしまったのはいた仕方ないのでしょう。
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