明治時代の一般人の精神障害の捉え方は?
ぽん太は前回のブログで歌舞伎の「水天宮利生深川」(すいてんぐうめぐみのふかがわ)をとりあげ、そこに描かれている狂気の描写についてみちくさしました。そのとき、医者から見た精神医学史はいろいろあるけれど、一般の民衆が精神障害をどのように捉えていたかという研究は少ないということを述べました。たとえば現代においても、精神科医による精神障害の捉え方と一般人による精神障害の捉え方は、まったく異なっています。精神科医による捉え方を知るには、医学の教科書や論文を見ればいいのですが、一般人による捉え方を知るには、新聞や小説や一般の書籍などを調査する必要があります。
明治時代の一般のひとたちの精神障害の捉え方を論じた本としてぽん太が知っているのは『明治の精神異説ー神経病・神経衰弱・神がかり』ぐらいです。著者の度会好一(わたらいよしいち)は文学畑出身の方のようで、夏目漱石の『こゝろ』がこの研究のきっかけとなったと「あとがき」で書いていますが、なかなかどうして精神医学史の理解はたいしたものです。医学書にせよ文学書にせよ、ちゃんと原典にあたって論じています。ただし夏目漱石が興味のきっかけだったこともあり、神経病、神経衰弱が中心に論じられていて、「水天宮利生深川」のような心因性の急性精神病状態は論じていないのが残念です。
もう一冊、小俣和一郎の『精神病院の起源』もなかなか興味深い本で、「精神病院」の起源という観点から描くことで、公式の精神医学史からは漏れていた史実を浮かび上がらせるの成功しております。でも、ぽん太が知りたい「一般人が精神障害をどう見ていたのか」というところは論じられておりません。
「水天宮利生深川」で、水に飛込んだ幸兵衛が正気に返ったことについて、三五郎が「瀧を浴びても氣違ひは逆上(のぼせ)が下って治るもの故、川へ飛込みつめたいので、治ったものと見えまする」と説明したことを前回のブロクで述べましたが、『精神病院の起源』には滝治療の歴史も書かれています。日本では主に密教系の寺院で行われていた療法らしいのですが、東京の多摩地区に巣穴があるぽん太にとって興味深いのは、高尾山の滝治療に関する記述です。高尾山の登山道はいくつかありますが、そのうち琵琶滝コースは滝修行が行われた琵琶滝の横を通る沢道です。その登山口には東京高尾病院という精神病院があるのですが、実は19世紀に高尾山麓には、佐藤旅館と小宮旅館という二軒の旅館があって、精神障害者に対する滝治療が行われていたのだそうです。1926年に大正天皇が亡くなったために近くに多摩御陵が造られることになり、警察の監視がうるさくなったため、佐藤旅館が1936年に高尾保養院という精神病院を開設して患者を収容することにしたのだそうです。これが現在の東京高尾病院の前身だそうです。この病院にこのうような歴史があるとは、ぽん太はちっとも知りませんでした。
なお精神医学史については、橋本明氏のホームページ精神医療史の世界 by Akira Hashimotoもたいへん興味深く、こちらのpdfファイルには滝治療のことがいろいろと書かれています。
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