近頃は「医は算術」などといい、医者も金儲けのことばっかり考えていて、いやですね〜。昨年の12月の日本経済新聞の記事にも、「返還求めた診療報酬の不正請求60億円・05年度厚労省まとめ」(2006/12/24)という記事が出ていました。厚労省の発表によると、2005年度に医療機関や薬局に対して返還を求めた不正請求の総額は約60億6000万円で、架空の診療行為をでっちあげたり、名義借りによる医師数の水増しなどの手口が多かったそうです。本当に医者は、高い給料をもらっているくせに、悪いやつばっかりですね。
さて、今回ぽん太も、医療費の不正請求をしてみましたので、皆様にご披露いたしましょう。
その前に、医療機関が診療報酬を得るまでの事務処理の流れを頭に入れておくと、わかりやすいと思います。
現在の日本の健康保険の制度はとても複雑で、一介の開業医のぽん太が全体を理解することは不可能です。ですから、ぽん太の狸脳が理解している範囲のおおざっぱな話しをします。細かいところで間違いがあると思いますが、お許し下さい。
健康保険には、大きくわけて、会社員などが加入している社会保険と、自営業者やその他の人が加入している国民健康保険の二つがあります。どちらの場合も、事務処理の流れはほぼ同じですので、ぽん太が不正請求をした社会保険の方で説明しましょう。社会保険診療報酬支配基金のホームページのなかの、「支払基金のしくみと役割」というページに、診療報酬の業務の流れが詳しく書いてありますので、ご参照下さい。
医療費の一部は、患者さんが病院の窓口で負担しますが、残りの医療費は病院が請求をします。請求の窓口は、社会保険の場合は社会保険診療報酬支払基金です(国民健康保険の場合は、国民健康保険団体連合会です)。請求は、患者さんごとに1ヶ月ごとの診療内容をまとめた診療報酬明細書(通称レセプト)で行います。患者さん一人につきA4の書類1枚で、その月に来院した患者さんの分の書類の束を提出するわけです。社会保険支払基金は、まず患者さんの名前や健康保険組合のコードなどの記載の誤りを、事務点検します。ここで誤りが見つかると、レセプトは医療機関に差し戻されます(「返戻」といいます)が、これも「不正請求」に含まれると言われています。つまり、冒頭の記事のように「医療機関の不正請求が年間60億6000万円」と言われると、悪徳医師が詐欺によって「不正」に手に入れた医療費が61億近くあるように思われますが、実際は単なる事務的なミスも含まれているわけです。こうした単純ミスを「不正」請求と呼ぶのは誤解を招きやすいので、「過誤」請求などと呼び方を帰るべきだとぽん太は思います。
さて、事務点検が終わると、支払基金は診療内容の「審査」を行います。さまざまな法律や規則等に照らし合わせて診療内容が適切かどうかを審査し、不適切な診療行為に対しては医療費を支払わないことを決定します(「査定」といいます)。ぽん太の経験では、この審査ではおおむねムチャクチャな査定はしないようで、事務のミスで処方せん料が2回分入っていたりしたのを見つけて指摘してくれたりして、いつもご迷惑をおかけしております、という感じです。
審査が終わると、計数処理を行って、各医療機関に診療報酬を支払います。またレセプトをそれぞれの保険者(つまり健康保険組合)に送ります。
さて、ここで問題の「再審査」です。
各保険者(つまり健康保険組合)は、もう一度独自にレセプトをチェックし、さらに処方せんと照らし合わせたりして、診療内容に納得できない点があると、支払基金に「再審査」を請求します。支払基金は、再審査請求があると、レセプトに記載された診療内容が適切かどうかを再び審査します。この審査は、支払基金と契約した医者が行っているようです。そして診療内容が不適切と認められると、支払基金は医療機関に診療報酬の返還を請求します。この「再審査」による査定(診療報酬の返還請求)がかなりムチャクチャだということは、医療関係者のあいだでは常識となっています。
さて、本題のぽん太の行った不正請求に戻りましょう。ぽん太はセロクエルという薬代1ヶ月分、20,440円を不正請求いたしました。
今月初め、支払基金より通知が来ました。その内容は、平成18年2月(一年以上も前です!)に患者さんに処方したセロクエルという薬代1ヶ月分の20,440円を査定するというもので、結果としてぽん太は20,440円の不正請求を行ったことになりました。ぽん太のクリニックでは院外処方を行っておりますが、薬が査定された場合、ぽん太の発行した処方せんによって薬局に損害を与えたとされ、民法に従って、損害を与えたぽん太が薬代を全額負担することになるのです。ちなみに平成18年2月にこの患者さんの診察によってぽん太が得た診療報酬は5,170円ですから、差し引き15,270円の損失となります。この患者さんをそもそも診察しなければ、もちろん0円なのですが、診察したことによって15,270円の損失になったのです。さて、これは昨年の2月の分ですから、保険者がやろうと思えば、既に提出してある今年の2月分のレセプトまでの全11回分を査定することができ、ぽん太の約1年間のこの患者さんの治療の結果が、マイナス20万円ということになります。これではやる気がなくなってきます。
で、なぜセロクエルが査定されたのか、ということになるのですが、支払基金に電話で問い合わせたところ、ぽん太の提出したレセプトに「糖尿病(副作用による)」という病名が入っていることが原因らしい、ということでした。原因「らしい」というのは変な言い方ですが、支払基金の職員は、「私は事務員なのでわかりませんが……」と何度も言いながら、「××という可能性もあると思いますが、あとは審査の先生のご判断なので……」という言い方を必ずすからです。セロクエルは糖尿病の患者さんには使ってはいけないことになっているので薬代を査定したというのが、支払い基金の言い分のようです。確かにセロクエルの添付文書には、【禁忌(次の患者には投与しないこと)】として「(5)糖尿病」があげられており、そのことはぽん太も知っています。ではぽん太がなぜ「糖尿病(副作用による)」という病名をレセプトに書いたかと言うと、平成18年1月にこの患者さんの糖尿病の副作用をチェックするために、血液検査で血糖値とHbA1cを測定したからです。狸医者の世界では、「検査はよく査定されるから気をつけろ」と言われており、「糖尿病疑い」などの「疑い病名」で検査をすると査定されやすいので「疑い病名」は使うべきではない、というのが常識になっています。実際、「糖尿病疑い」でHbA1c検査を査定されたという噂も聞いたことがあります。そこで「糖尿病」という病名をつけたのですが、それに「(副作用による)」をつけた理由は、「自立支援医療費(精神通院)」の制度と関わってきます。自立支援医療費(精神通院)は、精神障害で通院している患者さんの医療費を助成する制度ですが、助成を受けられる疾患は、精神障害、精神障害に起因する疾患、精神障害の治療薬による副作用、に限られています。ですから、助成を使って患者さんの医療費の負担を減らすために、「(副作用による)」という文言を入れたわけです。
で、検査の結果、糖尿病ではありませんでしたので、ぽん太が実際に行った医療行為にはまったく問題がなかったことになります。そこでこの病名を消しておけばよかったのですが、「どうせしばらくしたらまた検査するし、そのとき病名を入れ忘れて検査を査定されるといやだから、このまま入れっぱなしにしておこう」と考えたのがぽん太の誤りでした。
しかし、「禁忌」にもいろいろと問題があり、例えばマイナートランキライザーや抗うつ剤の多くは「緑内障」が禁忌となっていますが、実際に危険なのは緑内障のうちのひとつである閉塞偶角緑内障だけであり、開放偶角の場合は問題はなく、禁忌であっても薬を使用することがあります。そこで添付文書上で「禁忌」というだけで、薬代を査定するのはおかしいのではないかと支払い基金の事務員に尋ねたところ、「禁忌」のレベルにもいろいろあり、セロクエルと糖尿病の組み合わせは、厳しくチェックをすることになった、とのことでした。「厳しくチェックすることになった」のだったら、まずそれを医療機関に通知してくれればいいのであって、勝手にルールを変えておきながらそれを通知せず、いきなり1年以上も前に遡って査定してくるというのはいかがなもんでしょう?
レセプトの審査というものは、架空請求等の悪意ある詐欺行為はいうまでもありませんが、不適切な医療をチェックして減らすことが目的だと思います。適切な医療をまじめに行っているのに査定をするというのは、本来の目的から外れています。支払基金で再審査をするときに、医療機関にひとこと問い合わせをすれば、こうした無意味な査定はなくなると思うのですが、このような簡単なことも行われていないのが実情です。
支払基金の事務員さんについついグチを言っていたら、「うちは決められた通りにやってるだけなので、こちらに言われても……」と言うので、「それでは、支払い基金のなかに医療機関からの苦情を上にあげる制度はないのですか」と聞くと「ない」とのことでした。現場と接して問題点を一番良く知っているはずの窓口が、ただ制度に従って事務処理を行うだけで、制度の問題点を直してゆこうという仕組みも意識もないというのは悲しいことです。
で、さらにぽん太は、「それでは正しい社会保険診療に則った診療と請求をしたいので、セロクエルを使っている患者さんの糖尿病の副作用のチェックはどのようにやって、どのようにレセプトに書けばいいのか教えて下さい。HbA1cは測るなということですか?」と聞いてみました。すると、「特に基準はなく、どういう検査をすべきか、どのようにレセプトに記載すればいいのかは決まっていない。個々の場合で審査員が判断することになる」との返答でした。
つまり、保険診療の適・不適を審査している機関に、その判定基準がないのだそうです。審査員によってばらつきがある個人的な判断(ある程度の基準はあるのでしょうが)の寄せ集めで、保険診療の適・不適がファジーに判断されているわけです。すると医者としては、仲間と連絡を取り合いながら、1年前のレセプトの査定の情報を交換して、「これは通りそうだ」とか「これはだめっぽい」とか蓋然的に判断するしかないわけです。これが現在の保険審査の現実です。
昨今、電子レセプト化による診療情報の集約とか、保険者機能の強化とか言われていますが、このように不合理な保険審査がまかり通っている現状では、不安が先立ちます。レセプトの情報が電子化されれば、保険者が、「セロクエル」と「糖尿病」でレセプトに検索をかけ、引っかかったレセプトを全部再審査請求することが簡単にできます。さらにあらゆる禁忌の組み合わせのリストを作成し、それで検索をかけることだってできるのです。その結果、実際は社会保険診療としてふさわしい医療をしているのに、書類に難癖をつけて医療費を削られることになってはたまりません。とはいえ、あらゆる診療行為の基準を作るというのも無理ですし、まあ、裁判のように、再審査の段階で医療機関の意見も聞くというあたりが落としどころのような気がするのですが。
などとプリプリしていたら、次のようなニュースがありました。「肝移植後に「保険不適用」 患者に高額請求続出 04年以降18人手術断念も」(読売新聞、2007/03/07)。肝臓がんで生体肝移植を受けた後、健康保険が使えないと判断され、ひとりあたり数百万から千数百万円の医療費が査定されたケースが相次いでいるそうです。
す、す、数百万から千数百万……。なるほど、ぽん太の数万円の査定なんかたいした額じゃないから、相手にしてられないってことね。
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