【歌舞伎】理屈抜きに楽しい祝祭的な狂言(2008年1月、国立劇場)
国立劇場は今年も菊五郎劇団で幕が開きました。演目は『小町村芝居正月』(こまちむらしばいのしょうがつ)の通し狂言でした。あらすじや配役、簡単な解説などは、こちらの国立劇場のサイト内のページをご覧下さい。
筋書(歌舞伎のパンフレット)の解説によれば、寛政元年(1789年)の江戸・中村座の顔見世狂言なんだそうです。顔見世とは、毎年11月、それぞれの芝居小屋がこの一年間の出演契約を結んだ役者をお披露目する大切な興行です。顔見世狂言は、毎年新しく作り直すのが原則でしたから、この狂言は以後再演されたことはなく、今回の公演がなんと219年ぶりの復活となるのだそうです。
天皇の跡継ぎ争いと小野小町とを題材に、だんまりもあれば立ち回りもあり、妖術で雲に乗り、狐も出現し、踊りもあって、最後は暫で締めくくるという、顔見世らしい見所満載の狂言でした。菊五郎劇団らしいおふざけもありましたが、ネタバレしないように書かないでおきます。小野小町と深草少将が江戸の下町で獣肉の料理屋を営むというシュールな設定もナイス。ぽん太は、日本人は猟師などを除いて肉食はしていなかったのかと思っていましたが、筋書きによると、江戸時代の初期には肉食が盛んに行われたが、その後しばらく下火となり、1800年代前半からまた盛んになったのだそうです。知らなかった!
菊五郎と時蔵が演ずる深草少将と小野小町のカップルが情愛たっぷり。時蔵、美しかったです。またふたりの世話物夫婦ぶりも味がありました。菊五郎のもう一役の黒主は、憎々しくも妖しい敵役。菊之助の女形はきれいで、狐もこっけいにならずに品よく演じておりました。松緑は踊りもよく、正月屋庄兵衛は小粋な町人風の風情ですが実は悪人、最後には「しばらく」と声をかけるいい役まで持って行く大活躍でした。
全体として、明るく楽しい祝祭的な芝居を、理屈抜きに楽しむことができました。
さて、巣穴に戻って筋書を読みながら復習です。
顔見世狂言は、先ほど書いたように毎年新しく作り直すものでしたが、その際いろいろと約束事があったようです。『歌舞伎事典』(服部幸雄等編、平凡社、2000年)によれば、「世界」(歌舞伎の設定となる時代背景)は、御位争い(業平・行平)、前太平記(頼光四天王)、奥州攻め(八幡太郎・貞任)、鉢木(鎌倉時代)、東山(不破・名古屋)、出世奴(秀吉)などから選ばれます。1番目(前半)は時代物、2番目(後半)は世話物で構成されます。1番目の序幕は神社の回廊を舞台として「暫」や「だんまり」を演じ、二幕目には舞踏劇、大詰には金襖の御殿とします。また二番目序幕は裏長屋などのうらぶれた家を舞台とし、雪降りの場面を入れなければなりませんでした。さらに筋書きの解説には、世話物には時代物の人物が身分をやつして登場すること、動物や植物の精が出ること、という規則も挙げられています。
なにやらずいぶん約束事が多いようですが、当時の芝居小屋は、このルールのもとで腕を競い合ったのでしょう。また、同じようなものを形を変えて繰り返すというのは、1年を周期とする農耕文化に合っていたのかもしれませんが、無学なぽん太にはよくわかりません。
さて、上記の規則を今回の上演と比べてみると、あんまり合っていないような気がしますが、実は今回の脚本は、原作の順序を入れ替えて再構成してあるそうです。表にまとめてみましょう。あってるかしら?
原作 | 今回の上演 |
一番目 | |
二立目 関寺小町の段 | 序幕 第一場(神社) |
三立目 清水小町の段 | 序幕 第一場 |
序幕 第二場(だんまり) | |
四立目 草紙洗小町の段 | 二幕目前半 |
通小町の段 | 三幕目(舞踊) |
五立目 鸚鵡小町の段 | 二幕目後半 |
雨乞小町の段 | 大詰(金襖・暫・狐) |
二番目 卒塔婆小町の段 | 四幕目(世話物・雪) |
こうしてみると原作は、完全にではありませんが、だいたいは上記の規則に則っているようです。原作では二番目の世話物は、一番目に現れない新しい登場人物の物語となっているようです。しかし今回の脚本では、それを小野小町と深草少将として劇の途中に組み込み、最後を「暫」で劇的に締めくくったわけですね。
ただ、せっかく国立劇場で税金を使って歌舞伎をやるからには、商業ベースの劇場ではできない演目とか、通し狂言とか、歴史的に興味深い作品を上演すべきだという考え方もあります。もっと原作に近い形でやったほうが、「へ〜え、なんだか変だけど、昔の顔見世狂言はこんなもんだったのか〜」という感じで観れたような気がします。
もうひとつ面白いのが、原作では各場に「○○小町の段」という名前がついていることで、これは「七小町」という、小野小町が登場する七つの能の見立てになっているのだそうです。なかなかの趣向ですが、「七小町」といわれてもぽん太にはピンと来ません。当時の観客には常識だったのでしょうか?残念ながらこの趣向は、今回の上演では解消されてしまいました。これらの能に関しては、筋書に西野春雄の解説があります。
ます『関寺小町』は、老いさらばえた我が身と栄華を極めた過去の幻影を対比させるものだそうですが、序幕第一場とどう関係しているのか不明。省略されたのか?次の『清水小町』は、旅の僧が清水寺の絵馬の中に老女の姿と小町の歌を見出すが、その夜、小町の霊が現れる。これも序幕第一場・第二場との関連は不明。『草紙洗小町』は歌合わせで剽窃の疑いをかけられるが無事に疑いが晴れるといもので、二幕目前半そのもの。『通小町』は、死後もなお小町の霊を追い求める深草少将の霊の話しで、三幕目に対応。『鸚鵡小町』は、老いた小町に歌を送ったところ、一文字だけ変えておうむ返しで返歌を送ったというはなしですが、二幕目後半との関連は不明です。『雨乞小町』は、能としては現在は曲名だけしか残っていないそうですが、宮廷から退いて誰にも会わずに暮らしていた小町が、干ばつによる大飢饉に際して乞われ、宮中に参内して見事な雨乞いの歌を詠んだという話しで、大詰めに相当。『卒塔婆小町』は、落ちぶれて醜い老婆となった小町の話し。愛想をつかした夫が若い後添えをもらおうとするのが関係しているのでしょうか?
なんか、歌舞伎も能もよく知らないぽん太には、さっぱりわかりませんぞ。小野小町の伝説は奥深そうですが、これ以上みちくさを続けると道に迷いそうなので、今回はこの辺で巣穴に戻ることにいたしましょう。
初世桜田治助=作
国立劇場文芸課=補綴
通し狂言
小町村芝居正月(こまちむらしばいのしょうがつ)五幕六場
国立劇場美術係=美術
序 幕 第一場 江州関明神の場
第二場 大内裏手の場
二幕目 大内紫宸殿の場
三幕目 鈴木英一=補綴
深草の里の場
「花色香いたずら娘(はなのいろかいたずらむすめ」
常磐津連中・長唄連中
尾上菊之丞=振付
四幕目 第一場 柳原けだもの店の場
第二場 柳原土手の場
大 詰 神泉苑の場
(出演)
大伴黒主、深草少将、柳原の五郎又:尾上菊五郎
小野小町姫、五郎又女房おつゆ:中村時蔵
紀名虎、孔雀三郎松平、正月屋庄兵衛:尾上松緑
五位之助兼道、小女郎狐、妻恋のおみき:尾上菊之助
虎王丸竹夜叉:坂東亀三郎
熊王丸月夜叉:坂東亀寿
香取姫:中村梅枝
惟仁親王:尾上松也
惟喬親王、家主太郎兵衛:片岡亀蔵
藤原良房:河原崎権十郎
家主女房おとら:市村萬次郎
四の宮兵藤武足:市川團蔵
小野良実:坂東彦三郎
関寺の大刀自婆:澤村田之助
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