【雑学】坂口安吾『流浪の追憶』・本沢温泉・森田療法
先日ネットサーフィン(死語か?)をしていたら、坂口安吾の『流浪の追憶』という短文に行き当たりました。こちらの「青空文庫」のサイトで読むことができます。
とりとめのないエッセイですが、以前にぽん太が泊まった本沢温泉が出てきます。
「八ヶ岳の中腹に本沢といふ温泉がある。海抜二一〇〇米(メートル)ぐらゐの地点にあるらしい。大正十二年に出版された某登山家の著書によると、この温泉は春ひらいて秋とざす。一冬八十円の報酬で留守番を置き残し一同下山するが、春に訪れてみると大概番人は死んでゐる。首をくゝるもあり半身焼けただれてゐるもあり明らかに殺されてゐる者もあると言ふのであつた。然し八十円の報酬に目がくらんで、番人を希む者は絶えた例がないと言ふ。いまだにさうか私は知らない。」
本沢温泉が、こんなキューブリックの『シャイニング』のような恐ろしいところだとは知りませんでした。従業員の人たちは知っているのでしょうか?こちらが本沢温泉の公式ホームページですが、現在は冬期も営業しているようです。ちなみに山小屋スタッフ・アルバイト募集中のようです。日給は当時の100倍の8,000円から。みなさんいかがですか?
「大正十二年に出版された某登山家の著書」というのはなんだかわかりません。
「例の日本一といふ高原鉄道小海線が去年十一月開通した。八ヶ岳の麓千米ほどの高原を通るのである。私はこれに乗り、もし閉ぢられてゐないなら季節の終りの本沢温泉を訪ねてみやうと思つた。八十円に目のくらんだ番人がゐたら茶飲み話をしながら素朴な心境を探りたいとも考へてゐた。去年の十一月の終りのことだ。」
JR鉄道最高地点(1,375m)のある小海線が全線開通したのは1935年(昭和10年)11月29日。安吾の文章の初出は「都新聞」1936年(昭和11年)3月17日〜19日ですから、つじつまはあっています。
しかしけっきょく安吾は本沢温泉に行きませんでした。旅の途中で精神病院に友人の見舞いに行きましたが、その友人のあまりの俗人ぶりに腹を立てて気が重くなり、行き先を雪の山中の温泉から、明るい南国の大島に変更してしまいます。
ところで、精神障害つながりで、安吾は次のような一段落を記しています。
「友人のW君が目下神経衰弱で帝大病院へ通つてゐるが、療法をきいて面白いと思つた。医者は薬を与へない。毎日日記を書かせそれを提出させる。日記に批判を与へる掛りがゐて、ここの追求が足りないとか、ここは正しいとか朱を入れて返すのである。要するに潜在意識をさらけ出さしめ、それを隠すことによつて精神を疲労せしめた原因を除去するのではあるまいかと私は愚考したわけだが、自分をさらけだし追求し反省するのは小説家の本道で、その意味では小説家は神経衰弱を通りこして一種の告白不感症に憑かれてゐると言つてよからう。W君の場合にしろ要するに完全な私小説を書ききれば医者も文句が言へないわけで、嘉村礒多の小説でも帝大病院へ持つて行つたら医者も辟易して朱筆を投げると思ふのである。告白型といふ点で近代作家は狂人の塁を摩してゐる。」
ここに描かれている帝大病院の日記療法は、どうみても森田療法ではないか。へ〜え、当時、東大で外来森田療法をやっていたのでしょうか。
ちょっと調べてみると、森田療法の創始者森田正馬は、1874年(明治7年)に生まれて1938年(昭和13年)に死去。森田療法を確立したのは1919年(大正8年)頃と言われています。とすると、坂口安吾が『流浪の追憶』を発表した1936年は森田正馬の最晩年ということになり、森田療法自体は広まっていたとは思いますが、はたして東大外来で行っていたのかどうか?ぽん太にはわかりません。そのうち森田療法の歴史をみちくさしてみたいと思いますが、これまでも何度か書いたように、医学の「科学史」の本は多いのですが、医学の「社会史」の本は少ないので、どうなりますことやら。
ちなみに「要するに潜在意識をさらけ出さしめ、それを隠すことによつて精神を疲労せしめた原因を除去する」という坂口安吾の理解は間違っていて、それはフロイトの精神分析に近い考え方ですね。
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