【ウズベキスタン旅行(6)】ブハラでかつて流行した疫病とは(付:ハエ除け効果がある草)
写真はブハラのラビハウズです。ハウズというのは溜池のことです。現在はあまり残っていませんが、ブハラには昔はこのような溜池が200近くあったそうです。周囲は階段状の石造りとなっておりますが、水はずいぶん濁っています。現在は周囲にレストランができて、住民や観光客の憩いの場となっております。
しかしガイドさんの話しでは、この濁った水が、かつてはブハラの住人の飲み水として使われていたのだそうです。さらに彼らはこの池で洗濯をしたり水浴したり、さらには家畜の水浴びまでさせていたのだそうです。そのため不衛生で疫病がはやり、皮膚から虫が出てきたのだそうです。
ん? 皮膚から虫が出てきたということは、寄生虫疾患か? 医者の端くれのぽん太の好奇心が刺激されます。
ググってみると、こちらの外務省の在外公館医務官情報がヒット。生肉から旋毛虫に感染する恐れがあるとのこと(画像)。旋毛虫は、成虫でも雌は体長2〜3mm、雄は1.2〜1.4mmと小さいです。生肉に潜む幼虫を食べると、小腸の粘膜の中で成虫となって、一匹につき500〜1000匹の幼虫を生みます。幼虫は血液やリンパ液の流れに乗って体内を移動し、筋肉に住み着きます。症状は、筋肉痛、発熱、浮腫などがみられます。体の中を動き回るようですが、皮膚から虫が出てきたりはしません。また感染源も幼虫が寄生した生肉であって、水ではありません。
こちらのエキノコックス情報掲示板には、2007年に一人の東京在住の日本人がウズベキスタンで単包条虫に感染したと書いてあります。エキノコックス症は、単包条虫と多包条虫があります。多包条虫は、北海道でキタキツネの糞から感染するので有名ですね。かわいいからといって、北海道でキタキツネにエサをやったり、なでたりしてはいけません。キタキツネの30〜60%が感染しているというデータもあります。また、北海道の山ではけっして沢の水を湧かさずに飲んではならないことは、登山の愛好家はみな知っています。卵が口に入ると、小腸のなかで孵化し、血液やリンパ液に乗って体内を移動し、主に肝臓で増殖します。成虫の体長は1.2〜4.5mmと小さいですが、多数があつまって包虫と呼ばれる袋状の組織を造ります。これは10〜20年かけて大きくなり、大きいものでは直径20cmになります。こうなると、疲労感、腹痛、黄疸などの肝機能障害の症状が出てきます。単包条虫の場合も、だいたい同じ経過です。エキノコックス症は生水から感染しますが、皮膚から虫が出たりはしないので、やはりブハラの疫病とは異なるようです。
さらにググっていくと、金子民雄の『中央アジアに入った日本人』[1]にゆきあたりました。西徳二郎、福島安正、日野強という、明治時代に中央アジアに入った3人の日本人の跡を辿った本です。西徳二郎は1873年にブハラに入りましたが、不衛生な溜池について記述しています。金子民雄は次のように書いています。「しかし、淀んだこの池の水には恐ろしい寄生虫がおり、生水を飲むのはきわめて危険であった。ブハラ人がよくここの墓石がもし口をきくようなことがあったら、俺たちは戦争やなんかで死んだのではない、水にあたっていっちまったんんだ、とよく言った」([1]p.120)。さらにここには以下のような脚注が付けられています。「ブハラはザラフシャン川の水の供給が十分でないため、慢性的に水不足に古くから悩まされていた。そこで溜池(ハウゼ)を造り、そこから飲料水を得ていたが、そこはまたあらゆる疾病の温床となり、多くのブハラ人はこの不潔な水で死んだという。中でもこの水中に恐ろしい寄生虫——リシタ(rishta)またはギニー虫(Guinea-worm)がおり、人間がこの生水を飲むとこの幼虫が人体に寄生し、成虫は人体の中で1メートル近くにも成育する。そして、その毒素のために腫物となり、非常な苦痛と死に到らしめる。ブハラのこの病虫についてはオーストリア人のグスタフ・クリストが面白い目撃と体験談をしている」([1]p.458)。
アタリ、という感じです。「体長1メートル」……嫌です。「面白い目撃と体験談」……怖そうです。
この寄生虫は、メジナ虫(Dracunculus medinensis)のようです。メジナ虫の幼虫は、ケンミジンコのなかに潜んでいて、水と一緒に飲んでしまうと感染します。腸管から腹腔に入って成長。雄は体長3〜4cmと短いのですが、雌は2〜3m(!)にもなるそうです。受精した雌は、足先などの水に浸る可能性がある部分の皮下組織に移動。このときかゆみや焼けるような痛みが生じ、皮膚に潰瘍ができたりします。このひとが水に入ると、今だとばかりに雌虫の子宮が破れ、水の中に無数の幼虫が放出されるそうです([2]p.122)。
治療は民間医が、この虫を4〜5日かけてゆっくり棒に巻き取るのだそうです。その動画を見たい方はこちら(Youtubeに飛びます。メジナ虫の撲滅を訴えるカーター財団のまじめな映像ですが、虫のシーンは生々しいので注意)。
オーストリア人のグスタフ・クリストの「面白い目撃と体験談」については、邦訳があり古書店で手に入るようですが(G・クリスト『ソ領トルキスタン潜入記』閔丙台、斉藤大助訳、大和書房、1942年)、ちとそこまで追っかける気にはなりません(気持ち悪そうなので)。
お口直しに、衛生つながりで別の話題を。シャフリサーブスというティムールが生まれた街のレストランで昼食を食べたのですが、ハエが多くて閉口しました。そしたらお店の人が、テーブルの上にこのような草を何カ所か置きました。ミントのような匂いがしますが、「ライホン」という草だそうで、ハエ除け効果があります。ハエはテーブルの上空を旋回していますが、けっして食卓にまで降りてきません。すごい効果です。日本や他の国でも栽培するといいと思いました。
【参考文献】
[1]金子民雄『中央アジアに入った日本人 』中公文庫、1992年。
[2]吉田幸雄『図説人体寄生虫学』南山堂、1977年。
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