【バレエの原作を読む(1)】バレエの『海賊』←バイロンの長編詩『海賊』
年末年始にいろいろなバレエ公演を堪能しているうちに、バレエの原作を調べてみたくなりました。
まずはレニングラード国立バレエで観た『海賊』。マツァークのメドーラやコルプのアリがすばらしかったです。『海賊』は、1856年にパリ・オペラ座で初演されました。日本は幕末ですね。台本はヴェルノワ・ド・サン=ジョルジュ、振付けは『パキータ』の台本も書いたジョゼフ・マジリエ、音楽はオリジナルは『ジゼル』で有名なアダンですが、現在は他の人の曲もごたまぜにされているのはみなさまご存知のとおり。
さて原作ですが、イギリスの詩人バイロン(1788-1824)による同名の長編詩『海賊』で、1814年に出版されました。お読みになりたい場合は、岩波文庫で邦訳が手に入ります(バイロン『海賊 』太田三郎訳、岩波書店、1952年)。バイロン(Wikipedia)はイギリス・ロマン主義を代表する作家で、社交界でもてはやされ数々の浮き名を流しながらも、当時の社会常識を冷笑し、最後はギリシア独立戦争に参加しようとし、異国の地で熱病にかかって最期を遂げました。岩波文庫の解説によれば、『海賊』は出版したその日のうちに1万3千部を売りつくしたと言われているのだそうですが、そんなことってあるのでしょうか?
さて、あらすじです。
海賊の首領コンラッドは、俗世間を嫌悪しながらも、強靭な意志と気高い精神を持つ若者です。海賊島の隠れ家にいるコンラッドのもとに、トルコの大守(パシャ)であるザイドが率いるトルコ軍が攻めて来るという情報が入ります。コンラッドは、愛する女性メドラに別れを告げ、海賊たちを率いてトルコ軍の陣地に先制攻撃をしかけます。海賊たちは奮闘しますが多勢に無勢、やがて壊滅状態となり、負傷したコンラッドは捉えられ、鎖で縛られて獄に入れられます。ところがザイドの女奴隷のグルナーレは、戦火で焼かれそうになったところを解放してくれたコンラッドに好意を持ち、彼を救い出します。グルナーレはコンラッドを愛していることを自覚しますが、メドラを愛するコンラッドは、彼女に口づけのみを与えました。しかし海賊島に戻ってきたコンラッドが見たものは、自分が死んだと思って後を追ったメドラの亡骸でした。翌朝、コンラッドの姿は島から消えており、その後彼の消息を聞いた人はおりません。なんか、ずいぶん仰々しいというか、ベタな話しで、ちょっと読む気力をなくしかけたのですが、日本でいえば同時代の歌舞伎か、あるいは現代の映画だと思って読んだら、意外とすんなり読めました。
冒頭に書いたように、バイロン自身もギリシア独立戦争に加わろうとしました。この戦争は、以前の記事(【ギリシア旅行】ギリシアは約400年間トルコだった【トリビア】)でも触れましたが、ギリシアが400年間にわたるトルコの支配から脱しようとするものでした。なんかコンラッドは、バイロン自身の投影であるように思えます。
ちなみにバレエの『海賊』のあらすじは、たとえばこちらのサイトがわかりやすいでしょうか。バレエの『海賊』の物語は「つまらない」ので有名です。
比べてみると、コンラッド、メドラ、グルナーレといった登場人物の名前は一致するものの、バレエでは重要な役のアリは原作では出て来ません。パシャはトルコの軍人の称号で、原作ではザイドという名前ですが、バレエではセイード・パシャという名前になっています。また、奴隷売買や奴隷商人も見当たりません。両者を比べてみると、筋は全然異なるようです。
バレエの台本を書いた台本はヴェルノワ・ド・サン=ジョルジュは、バイロンの『海賊』から登場人物の名前を借りて、かなり自由に創作を加えたと考えられます。「そんなの原作とちゃうやん」と思うかもしれませんが、歌舞伎ファンでもあるぽん太には、合点がいきます。歌舞伎には「世界」という概念があります。「世界」にかんしては、こちらのサイトにはわかりやすく、そしてこちらのサイトには詳しく書かれていますが、簡単にいえば歌舞伎の物語の大枠となる設定のことです。この用語を使えば、バレエの『海賊』は、バイロンの『海賊』を「世界」として創られたということになります。
バレエは、簡単なマイムはあるものの、セリフがありませんから、状況や筋がわかりにくいという欠点があります。そこで皆のよく知っている物語を題材にすることによって、登場人物のキャラクター設定や、おおまかな状況説明をわかりやすくする、という意味もあるのかもしれません。
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