イプセンの素顔は?『ペール・ギュント』と『人形の家』
先日野田秀樹の『パイパー』を見たとき、宮沢りえちゃんを残して放浪の旅に出た登場人物(舞台には出てこないので不登場人物か?)の名がペール・ギュントだったので、ぽん太はみちくさをしてみたくなたのでした。
『ペール・ギュント』というと、まずグリーグの組曲が思い浮かびます?ぽん太が通っていた小学校では、毎朝「朝」(Youtubeはこちら)が流れていましたし、中学校の音楽の時間でもとりあげられていた気がします。「ソルベーグの歌」(Youtubeはこちら)など、叙情的・民話的な印象を記憶しております。で、『ペール・ギュント』の原作はいったい誰だろう。
Wikipediaで調べてみると、なんと原作はイプセン。イプセンといえば、昔『人形の家』を読んだことがありますが、たしか「人形のようにかわいがられていた世間知らずの奥さんが、社会に目覚めて夫と子供を捨てて家を出る」みたいな説教くさい話で、「近代自我」とか「女性の自立」みたいな言葉が思い浮かぶ、ぽん太が嫌いなタイプの戯曲だったはず。
ところがイプセンの戯曲『ペール・ギュント』をWikipediaで引いて、あらすじを読んでみると、グリーグのように「叙情的・民話的」でもなければ、『人形の家』のように説教くさくもない、荒唐無稽な物語ではありませんか。な、なんじゃこりゃ。ぽん太にはわけがわからんぞ!
せっかくなので原作を読んでみました(イプセン『原典による イプセン戯曲全集〈第2巻〉』原千代海訳、未来社、1989年。に収録)。ハチャメチャどたばたな芝居で、ときにグロテスクであったり不条理であったりして、めまぐるしい場面転換や首尾一貫生のなさなど、まるで野田秀樹の世界です。主人公ペール・ギュントは、社会秩序やまわりの迷惑も顧みず、欲望のままに生きる人間です。
イプセンは1828年に生まれて1906年に死去しました。日本でいえば幕末から明治にかけての人ですな。『ペール・ギュント』が書かれたのは1867年。韻文で書かれた戯曲あるいは劇詩で、当初は舞台上演を意図していなかったそうです。1876年に劇場で上演されましたが、その際にイプセンの依頼でグリーグが音楽を付けたそうです(1875年に完成)。グリーグはこれを元に2つの組曲を作り、さらにいくつかの編曲を発表したそうです。上演当初から、戯曲と音楽があわないという批判があったそうです。なるほど、戯曲と音楽のズレは当時から言われていたのか。で、でも、イプセンの『ペールギュント』と『人形の家』とのズレは?
そこでさらに『人形の家』も読み直してみました(イプセン『人形の家 』矢崎源九郎訳、新潮社、1953年)。こちらの青空文庫ならネット上で読むこともできます。さて、うん十年ぶりに読み返して見て、「これは本当に女性の自立を描いた戯曲なんかいな?」と思いました。前半のノラはあまりにもアホすぎます。偽署したことが次第に明らかになっていき、ついにそれを知った夫が怒りを爆発させ、それが登場人物の人間関係によって解決するというドラマ展開は見事です。しかし、そこで突然ノラは女性の自立に目覚めて家を出て行くのは、なんだかとって唐突で、とってつけたような印象があります。偽署のいざこざから、家を捨てて出て行くにいたる、心理的な変化がよくわかりません。前半と後半のこの断絶感は、ぽん太には『ペール・ギュント』を思い出させます。
また最後のノラと夫のやり取りも、心理的なドラマというよりは、論理の破綻したドタバタに思えてしまいます。ノラが「女の自立を求めて家庭を捨てる」という部分が一般には重視されていますが、実は「既存の社会秩序に違和感を感じて飛び出していく」というところがイプセンの描きたかったことで、「女の社会的自立」というのはたいして重要ではなかったので?既存の社会秩序にとけ込めずに飛び出していく、という点では、ノラはペール・ギュントと重なってきます。
あるいは『人形の家』が一般的に言われているように社会派の作品だとしたら、『ペール・ギュント』と『人形の家』のあいだで、イプセンに何が起こったのでしょうか?無知なるぽん太にはちっともわかりません。
もっとも幕末から明治にかけての時代の戯曲ですから、そんなに心理的・論理的でないのが普通なのかもしれません。ぽん太には、戯曲から舞台を思い描く能力はないので、機会があったら『人形の家』の舞台を一度見てみたいです。
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