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2009/06/15

【雑学】『曽我物語』をみちくさする(河津掛け、「寿曽我対面」)

 先月の歌舞伎座の「おしどり」を観たあと、原作となる「曽我物語」の原文を参照してみましたが、そのとき読んだweb上のテキストは読みにくかったので、あらためて『曾我物語』 (新編 日本古典文学全集53、小学館、2002年)を読んでみました。現代語訳はもちろん、各巻の要約、丁寧な注釈にさまざまな地図や系図まで入って、とても読みやすいです。ただし「曽我物語」にはさまざまな版があるようで、細かい部分はweb版とはだいぶ異なっております。

 「曽我物語」は江戸時代にはとても人気があり、誰でも知っている物語でした。それをもとに多くの歌舞伎などの芸能が創られ、それらは「曽我物」と呼ばれました。歌舞伎の曽我物には、他にも「寿曽我対面」や「助六由縁江戸桜」、「矢の根」、「外郎売」などがあります。

 「曽我物語」のあらすじは、例えばこちらに出ておりますので、ぽん太は繰り返しません。例によってぽん太が面白かった部分だけつまみ食いをしたいと思います。

 

【曽我兄弟と工藤祐経、そもそも悪いのはどっち?】まず興味深いのは、仇討ちに至る遺恨のそもそもの発端です。「曽我物語」は、曽我十郎祐成(すけなり)と五郎時宗の兄弟が、父・河津三郎祐通(すけみち)の敵である工藤祐経(すけつね)を討つという話ですが、ではなぜ工藤祐経が河津三郎祐通を殺したかというと、祐通の父親・伊東祐親(すけちか)、工藤祐経とその父・伊東祐継(すけつぐ)をだまして領地を奪ったからです。つまりそもそもは、曽我十郎・五郎の祖父が、工藤祐経が継ぐはずだった領地を横領したのです。ということは、悪いのは曽我兄弟(の祖父)の方?それとも当時は領地をだまし取るくらいは当たり前だったのでしょうか?

 

【河津三郎は河津掛けをしたのか?】前回も触れましたが、「おしどり」の原作となっている河津三郎祐通(すけみち)と俣野五郎景久(かげひさ)が相撲を取る話は、巻第一に書いてあります。河津三郎は、相撲の決まり手「河津掛け」を編み出した人として有名です。こちらの伊東観光協会のサイトを見ると、河津三郎は「相撲中興の祖」とされ、伊東の東林寺には、昭和34年に作られた日本相撲協会の石碑(相撲塚)もあるそうです。

 さて、河津三郎は俣野景久に2番続けて勝つのですが、最初の取り口はこうでした。

……河津、俣野が上頸を左右の手にて、てうど打つ。俣野は打たれて左右の手をもつて河津が上頸を打たんとするところに、河津、掻い違へてつつと入る。俣野が右の前ほろを、片手をもつて取るままに、わざと人の上に押し懸けてぞ打ったりける。

 「前ほろ」というのは、ふんどしの前の縦の部分とのこと。はたしてこれは河津掛けだったのでしょうか?「わざと人の上に乗っかるようにして放り投げた」というところがそれっぽい気がしますが、足を絡めたかどうかかいてないので、よくわかりません。2番目は、右手でふんどしの後ろの部分をつかんで高く持ち上げ、しばらくそのままにしてから、くるくると2回まわして投げ捨てたそうなので、これはどうみても河津掛けではありません。

 実は河津三郎はこれらの試合以外で「河津掛け」を披露したのではないか、とも考えられますが、「曽我物語」によれば、河津三郎は、自分の力を自慢することもなく、軽薄に話すこともなく、遊びもせず、考え方のしっかりした慎み深い人間だったので、相撲をとっている人たちを見ても「無作法な振る舞いをするものだ」といった表情で見ていたので、誰も「一番取ってみては」と勧める人もいなかったそうです。また父親の伊東祐親は河津三郎に対して、「おまえが相撲を取るなどと聞いたことがない」と言っています。この記述からすると、これ以前に相撲で画期的な新技を披露した人には思えません。またこの試合の帰り道に河津三郎は射殺されてしまうのですから、この後に河津掛けを編み出すこともできません。やはり最初の取り組みの決まり手が河津掛けだったのでしょうか?巻第四では、ある僧が思い出語りに、むかし河津三郎が怪力の俣野景久を片手で2番続けて放り投げ、相撲の名誉・力持と名を挙げた、と言います。してみると河津三郎は、この2番だけで相撲の名手として名を挙げたようです。しかし結局のところ、「河津三郎が河津掛けを編み出した」という物語がどのようにして生まれ、人々に広まって行ったのかは、よくわかりません。

 

【「寿曽我対面」の原作は?】歌舞伎で曽我物の代表といえば「寿曽我対面」です。あらすじなどはこちらをどうぞ。この「対面」に該当する出来事は、「曽我物語」のなかにあるのでしょうか?どうも、ぴったり一致するような出来事はなかったように思えます。ただ曽我兄弟は工藤祐経を付けねらい、何度も顔をあわせますから、似たような場面はあるようです。

 まず最初は巻第四で、まだ11歳で箱王と呼ばれていた曽我五郎が、工藤祐経に初めて出会う場面です。箱王は箱根権現の稚児をしておりましたが、そこに工藤祐経が、頼朝の参詣のお供でやってきます。箱王は祐経に忍び寄ろうとしますが、その面影から河津三郎の息子であることを見抜かれ、いいようにあしらわれてしまいます。祐経が河津三郎の面影を見いだすという点が、「対面」と似ているように思えます。

 次は大磯の宿でニアミスする場面。和田左衛門尉義盛と朝比奈三郎義秀が、曽我十郎と、すでに十郎と契っていた遊女虎とを呼んで酒宴を開いていると、おりよく五郎が現れます。そこで兄弟は、たったいま工藤祐経が、鎌倉へ向かう途中、大磯の宿で酒宴を開いていたことを知ります。二人は目配せして祐経を追い、戸上が原で追いつきますが、五十騎ほどでまっすぐ進んでいたので矢を射るチャンスがなく、あきらめます。このときは曽我兄弟は工藤祐経と言葉をかわしたわけではなく、またこの時点では富士の裾野での巻狩りの計画なども立っておりませんが、大磯の虎や朝比奈三郎といった登場人物が共通するように思われます。

 三つ目は巻第八で、富士の裾野の巻狩りの最中に、仇討ちの最後の機会を狙う十郎が屋形の様子を探りにいきます。ところが工藤祐経に見つけられて呼び入れられます。祐経は、河津祐通を殺したというのは濡れ衣だ、二人の力になろうと言いますが、十郎は怒りを押しこらえます。しかも十郎が屋形を出てから盗み聞きすると、実は自分が殺したが、兄弟には何もできないだろうと嘲るのを耳にしますが、仇討ちは五郎と共に、という思いから我慢します。この下りは、巻狩りの華やかな雰囲気に包まれている点、祐経が河津祐通を殺していないと弁解する点、曽我十郎が怒りを押さえる点などが共通しております。

 おそらく「寿曽我対面」は、こうした場面を結び合わせ、創作を加えて作られたと思われます。

 オマケですが、「対面」に出てくる登場人物について。小林妹舞鶴は「曽我物語」には出て来ませんが、その兄の朝比奈三郎義秀は、曽我兄弟に好意的な人物として登場します。近江小藤太成家は大見小藤太として、八幡三郎行氏は八幡三郎として登場しますが、奥野の狩りの帰りに工藤祐経の命令で河津三郎祐通を襲って殺した人物です。彼らはすぐさま伊東祐親に襲われ、大見は逃げ失せますが、八幡は自害します。ですから十郎・五郎と名乗るようになった曽我兄弟や、大磯の虎と座を同じくするはずはありません。また化粧坂少将というのは「曽我物語」には登場しません。手越の少将という遊女が、三つ目の工藤祐経と曽我十郎が合う場面に出て来ます。手越は駿河国安倍川の西岸にあった宿場だそうです。また化粧坂は鎌倉の出入り口のひとつです。梶原平三景時は有名なので省略。その次男景高は「曽我物語」には出て来ませんし、歴史上もあまり有名でないので、なぜここに登場するのかは不明。鬼王新左衛門は、鬼王丸という名で登場し、曽我兄弟の従者です。大磯の虎は、十郎と契りを結んだ大磯の遊女です。仇討ちに反対した母親が結婚すればそのような無謀なことは言わないだろうと結婚を勧めたため、五郎が遊女なら仇討ちをしても罪が及ばないだろうし、東海道の偵察にも役立つだろうと結婚を勧め、十郎は虎と結婚しました。仇討ちののち虎は出家して念仏三昧の日々を送りますが、ある夕暮れに庭の桜を十郎と錯覚して抱きつこうとして倒れたまま床に着き、64歳で大往生します。彼女の貞節を讃えて、「曽我物語」は終わります。

 もうひとつオマケを。ぽん太は以前の記事で、檀特山で悉陀太子を見送る車匿童子の悲しみ、という物語について書きましたが、「曽我物語」にもそれが出て来ます。巻第九で、仇討ちに赴く直前に十郎・五郎は、幼い頃から現在に至るまでの思いを二巻の巻物にしたため、従者の丹三郎・鬼王丸に母親に届けるように命じます。両者の別れの悲しみを描く下りで、檀特山の話が出てきます。

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