« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月の10件の記事

2010/07/31

【バレエ】お洒落なエンターテイメント「三銃士」でエイマンが舞う エトワール・ガラ2010

 日程の関係でAプロしか行けませんでしたが、大満足でした。公式サイトはこちらです。
 まずはアッツォーニとリアプコのハンブルク・ペアによる「シルヴィア」。「シルヴィア」もノイマイヤーにかかるとこうなるのか。アッツォーニがめちゃくちゃ勇ましかったです。しかし、この動き、どっかで見たような……。仮面ライダーのへんし〜ん!ではないか?日本通のノイマイヤー、まさかパクったのでは?
 お次ぎはにゃん子のお目当てのガニオと、アバニャートの「カルメン」。ローラン・プティらしい洒落た演目だが、ガニオ君の見せ場が少ないような気が……。
 「天井桟敷の人々」は映画で見たことはありますが、今回の踊りはいったいどの場面なんだろう。ダンサーは、今年の春のパリオペ来日公演で「シンデレラ」の義姉をコミカルに演じたジルベールと、「ジゼル」でヒラリオンを踊ったオファルト。後半の身体のキレがよかったです。あれ、振付けのマルティネスって、たしか「ジゼル」で滅法遊び人のアルブレヒトを踊った人ですよね。振付けもするのか……知らんかった。
 「フェリーツェへの手紙」ということは、踊っているのはカフカだろうか。そういえば不条理っぽいが、ぽん太の知識ではそれ以上深まらないのが悲しい。ブベニチェクは、一昨年のエトワール・ガラでも観ましたが、自分の記事を読み返すと、その時も自分で振付けて「思いがけない結末」を踊っているではないか。伴奏は舞台上のバロック・ヴァイオリンの生演奏。音楽のフォン・ビーバーというのは初耳。Wikipediaを見ると、1664年生まれで1704年死去、現在のチェコで生まれた作曲家、ヴァイオリニストとのこと。ふ〜ん。
 アッツォーニの「人魚姫」は至芸。昨年の2月のハンブルク・バレエの公演の感動を思い出しました。
 「アルルの女」はアバニャートとペッシュ。ペッシュの鬼気迫る踊りが見応えがありました。
 休憩をはさんでの「三銃士」は、とても洒落て楽しいバレエでした。「バレエの神髄」の「シェヘラザード」もそうでしたが、ガラの後半で短い全幕物をやるのもいいですね。エンターテイメントとしても一流ですが、テクニックの見せ場も満載。音楽のM.ルグランは、資生堂UNOのCM(動画はこちら)でもおなじみ。しかし悲しいかな、ぽん太は「三銃士」のあらすじを知らないので、筋がよくわかりませんでした。きっとフランス人なら誰でも知っているのであろう。帰ってWikipediaを見てみましたが、やっぱりわからない……。
 エイマンのすばらしいテクニックと溌剌とした踊りが印象に残りました。ジロ姐さんは風格がある。枢機卿のペッシュは、この調子で立派なキャラクターダンサーになって欲しいもの。


エトワール・ガラ2010
Aプログラム
2010年7月29日 オーチャードホール

「シルヴィア」より
振付:J.ノイマイヤー/音楽:L.ドリーブ
シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

「カルメン」より寝室の中
振付:R.プティ/音楽:G.ビゼー
エレオノラ・アバニャート、マチュー・ガニオ

「天井桟敷の人々」よりスカルラッティ・パ・ド・ドゥ
振付:J.マルティネス/音楽:D.スカルラッティ
ドロテ・ジルベール、ジョシュア・オファルト

「コート・ア・コート」≪世界初演≫
振付:J.ブベニチェク/音楽:H.I.F.フォン・ビーバー、O.ブベニチェク
マリ=アニエス・ジロ、イリ・ブベニチェク

「人魚姫」より
振付:J.ノイマイヤー/音楽:L.アウアーバッハ
シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

「アルルの女」より
振付:R.プティ/音楽:G.ビゼー
エレオノラ・アバニャート、バンジャマン・ペッシュ

「三銃士」≪世界初演≫
振付:P.ラコット/音楽:M.ルグラン
ミレディー(謎の女)/マリ=アニエス・ジロ
リシュリュー(枢機卿)/バンジャマン・ペッシュ
コンスタンス(侍女)/エフゲーニヤ・オブラスツォーワ
ダルタニアン/マチアス・エイマン
アンヌ王妃/ドロテ・ジルベール
ルイ13世(国王)/マチュー・ガニオ
三銃士
アトス/イリ・ブベニチェク
アラミス/ジョシュア・オファルト
ポルトス/アレクサンドル・リアブコ

2010/07/29

【オペラ】気品あるフリットリのミミ「ラ・ボエーム」トリノ王立歌劇場

 初来日のトリノ王立歌劇場の「ラ・ボエーム」を観てきました。1896年に「ラ・ボエーム」の初演が行われたのがまさにこの歌劇場だそうで、しかもその時の指揮者はトスカニーニだったとのことです。今回の来日公演の公式サイトはこちら
 妻のにゃん子がぽつりと一言。「『王立』って、イタリアって王様がいるんだっけ?」それはね……わからんがな。
 Wikipediaを見てみると、トリノ王立歌劇場の正式名称はTeatro Regio di Torinoで、regioはイタリア語で「王立」という意味ですね。創建は1740年で、当時トリノはサルデーニャ王国の中心都市だったとのこと。このサルデーニャ王国が中心となってイタリア統一運動が行われ、1861年に成立したイタリア王国ではトリノが首都となります(わずか4年後にはフィレンツェに移されますが)。イタリアで王制が排されて共和制が施行されたのが、第二次大戦後の1946年ですから、この劇場は創建以来長い間「王立」だったわけで、現在もその名が引き継がれていると想像されます。
 てなことは置いといて、「ラ・ボエーム」を観るのは初めてだったのですが、フランスの白黒映画にありそうな、青春群像。芸術的深みには欠けるのかもしれませんが、そんな堅苦しいことを言わずに、プッチーニの見事な音楽と歌手の美声を楽しみたいところ。これぞイタリア・オペラという感じで、朗々たる声量、艶やかな声、豊かな表現力に酔いしれました。
 ミミはお針子といっても単なる貧しいプロレタリアートではなく、ちょっとあだっぽいところもある女性かと思ってましたが、フリットリのミミは清楚で、気品すら感じられました。ロドルフォのマルセロ・アルバレスも、ねばっこくならず、端正な歌い方で、「ボヘミアン」といっても、みんないい子たちという感じでした。


トリノ王立歌劇場
「ラ・ボエーム」
ジャコモ・プッチーニ
2010年7月28日 東京文化会館

指揮:ジャナンドレア・ノセダ
演出:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ

ミミ:バルバラ・フリットリ
ロドルフォ:マルセロ・アルバレス
ムゼッタ:森麻季
マルチェッロ:ガブリエーレ・ヴィヴィアーニ
ショナール:ナターレ・デ・カローリス
コッリーネ:ニコラ・ウリヴィエーリ

2010/07/28

【歌舞伎】見応え十分、吉右衛門の『傾城反魂香』 2010年7月新橋演舞場・夜の部

 吉右衛門の『傾城反魂香』が、実に見応えがありました。又平とおとくのコンビは、えてしてひょうきんに演じられることが多いですが、吉右衛門の又平は、純朴さと人のよさは残しながらも、土佐の名字を得たいという決死の思いが伝わってきて、本格的で感動的なドラマに仕上がっておりました。
 吉右衛門の『反魂香』は2007年11月に歌舞伎座で見たことがありますが、前回もよかった気がします。では前回と今回を比べてどこがどう違うのか!……よく覚えてにゃい。歌舞伎初心者の悲しいところです。
 前回の吉右衛門の花道の出は覚悟を決めた厳しい表情に見え、今回は意志の力が薄らいで、やや茫然とした絶望感漂う表情に見えましたが、ぽん太の思い過ごしかも……。それから姫君救出に向かう修理之助を押しとどめようとする場面では、前回は「修理之助……さま」と一瞬間を開けることによって、弟弟子を様付けで呼ぶためらいを表現しておりました。プライドを捨ててなりふり構わず土佐の名字を得ようとすることによって、さらに自分を惨めな立場に追い込んでいくという、名演出でした。ところが今回はこの間はなし。ぽん太の狸脳では理由はわかりませんが、弟弟子とはいえ修理之助は武士階級、もともと又平が呼び捨にできる筋合いではないからかもしれません。
 芝雀のおとくも情愛深く、義太夫狂言らしい格調高い演技。北の方の吉之丞は、なんだか久しぶりですが、少し痩せたような。最小限の動作での芝居は、神業に近づきつつあるか?修理之助の種太郎、このメンバーのなかに入って、吉右衛門の演技を腹で受けるには、まだまだ人生経験が足りないかも。

 初めて観た『馬盗人』は、明るく楽しい民話風の舞踏。三津五郎の軽妙な踊りも見事ですが、何と言っても「馬」の大活躍が光ります。馬らしい仕草や、前足を上げてのいななきはもちろんのこと、人と一緒に舞いまで披露しますが、女役でのクネクネとした足さばきが妙に色っぽい。最後は花道で首を空に向かってピンと突き上げて見得を切り、飛六法で引っ込みます。大向こうのひとつでも欲しいところですが、馬の屋号って何?
 『暫』は團十郎の鎌倉権五郎が立派。


新橋演舞場・七月大歌舞伎
平成22年7月・夜の部

一、歌舞伎十八番の内
  暫(しばらく)
           鎌倉権五郎  團十郎
          鹿島入道震斎  三津五郎
            加茂次郎  友右衛門
            成田五郎  権十郎
             桂の前  門之助
           足柄左衛門  亀 寿
            加茂三郎  松 也
             小金丸  巳之助
            大江正広  新 悟
            埴生五郎  桂 三
            荏原八郎  由次郎
            東金太郎  市 蔵
            局常盤木  右之助
          家老宝木蔵人  家 橘
         那須九郎妹照葉  福 助
            清原武衡  段四郎

二、傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
  土佐将監閑居の場
            浮世又平  吉右衛門
           女房おとく  芝 雀
          土佐修理之助  種太郎
           将監北の方  吉之丞
          狩野雅楽之助  歌 昇
            土佐将監  歌 六

三、馬盗人(うまぬすびと)
          ならず者悪太  三津五郎
         ならず者すね三  巳之助
           百姓六兵衛  歌 昇

2010/07/24

【歌舞伎】『金閣寺』の謎を解明 2010年7月新橋演舞場・昼の部

 新橋演舞場の椅子は座りやすいですね〜。隈研吾さん、歌舞伎座の建て替えヨロシク!
 昼の部の最初は『名月八幡祭』。ぽん太は初めてみる演目です。いわゆる「芸者にだまされた田舎者が最後に芸者を斬り殺す」というお話です。池田大伍の作で大正7年(1918年)の初演とのこと。下敷きになっているのは、『八幡祭小望月賑』(はちまんまつりよみやのにぎわい)という河竹黙阿弥の作で万延元年(1860年)初演の狂言だそうです。田舎者が芸者を斬り殺す話しというと、ぽん太は三世河竹新七の『籠釣瓶花街酔醒』(かごつるべさとのえいざめ)(明治21年、1888年初演)を思い出しますが、平凡社の『歌舞伎事典』の『八幡祭小望月賑』の項目を見ると、『籠釣瓶』よりも『八幡祭』の方が格段と優れているそうで、機会があったら見てみたいです。
 『名月八幡祭』は、夏祭りの雰囲気や、いわゆる深川芸者の風俗が描かれているという点ではおもしろかったです。『籠釣瓶』では男のメンツをつぶされたのが原因で、妖刀籠釣瓶の力を借りて斬り殺すのに比べ、『名月八幡祭』はお金のいざこざが原因で、気がふれて殺人にいたるという点で、現代的といえば現代的ですが、話しがリアルすぎて楽しめない面もあります。
 福助の美代吉は、粋で気っ風がよくって深川芸者らしくてよかったですが、舌を出してみせるのは、歌舞伎のメイクだと下品に見えました。三津五郎の縮屋新助は、品がありすぎて、田舎者っぽい純朴さにちと欠けたようです。歌昇の船頭三次は、小悪党ぶりと粋さが心地よかったですが、もひとつ色気が欲しかったです。段四郎の魚惣ははまり役。
 池田大伍は、マノン・レスコーを意識しながら美代吉を書いたのだそうですが、マノン・レスコーは愛のために奔放な人生を送ったのに対し、美代吉は、根はいい娘かもしれないけれど見栄っ張りなところがあり、後先を考えずに目先のことに反応してしまう、ちょっと倫理観に欠ける女性で、だいぶ違うような気がします。もともとの池田大伍の脚本のせいなのか、今回の福助の演技のせいなのか、ぽん太にはわかりません。

 富十郎の『文屋』。いつもながら絶品なれど、昼食後で眠くなりました。
 最後は『金閣寺』。後半の「爪先鼠の段」に比べ、退屈なことで有名な前半の「碁立の段」。少しでも面白くするために、ぽん太は以前に台詞に囲碁用語がどのようにシャレとして使われているか、調べたことがあります(【歌舞伎】「金閣寺」(『祇園祭礼信仰記』)と囲碁)。その時よくわからなかった「どっちが先手か」という問題、見逃さないように注意いたしました。
 まず冒頭の大膳と鬼藤太の碁。鬼藤太が黒石で、大膳が白石でした。あれあれ、これでは大膳の「白の旗印の源氏の源義輝をやっつけたオレには、白石のお前はかなうまい」という意味の台詞と合わなくなってしまいますが、今回の舞台ではこの台詞は省略されていたので問題なし。
 さて、次に此下東吉と松永大膳の碁。東吉が黒石を持ち、置き石なしで、先手で打ってました。ということは、

大膳 イヤ、危ない事の、大膳が石が既の事。
東吉 アいやアいや、死ぬはこの白石。
大膳 どうやら遁れ鰈の魚。
東吉 白き方には目がなうて。
という下りは、大膳の白石が死にかけているところを、東吉が容赦なく攻め立てているということになります。
 しかし、東吉が先手だとすると、義太夫の「大膳は先手の石打つや」という台詞と矛盾します。う〜む、やはりわからん。前回の記事の「囲碁有段者」さんのコメントにあるように、東吉が黒石を置く置き碁で、白石の大膳が先手で打ったというのが正しいのでしょうか?まあ、そもそも芝居だから堅いことは言わなくていいのかも。
 それから、脚本を読んだだけではわからなかった次の台詞……
軍平 いかにもさよう、女房に翅鳥とはずんでござる大膳様。
大膳 オオサオオサ、晩には一目、劫おさえて。
 舞台で聞いたらよくわかりました。「女房に翅鳥と」というのは、「女房にしようと」あるいは「女房にしてやろうと」というニュアンスでした。「晩には一目、劫おさえて」というのは、女房にした雪姫を押さえ込んで……あとはわかりますネ。
 吉右衛門の此下東吉は、明るく痛快。対する團十郎の松永大膳は、迫力と滑稽さのバランスがよかったです。福助の雪姫は、何か変なことをしないかとビクビクしながら見てましたが、立派なお姫様でした。東蔵の慶寿院尼、芝翫の狩野之介直信は流石の芸の力。


新橋演舞場 七月大歌舞伎
平成22年7月
昼の部
一、名月八幡祭(めいげつはちまんまつり)
            縮屋新助  三津五郎
           芸者美代吉  福 助
            船頭三次  歌 昇
         松本女房おつた  歌 江
            幇間寿鶴  寿 猿
          魚惣女房お竹  右之助
           藤岡慶十郎  歌 六
              魚惣  段四郎

二、六歌仙容彩
  文屋(ぶんや)
            文屋康秀  富十郎

三、祇園祭礼信仰記
  金閣寺(きんかくじ)
      此下東吉実は真柴久吉  吉右衛門
            松永大膳  團十郎
              雪姫  福 助
           松永鬼藤太  権十郎
            山下主水  桂 三
            内海三郎  吉之助
            戸田隼人  種太郎
            春川左近  由次郎
   十河軍平実は佐藤虎之助正清  歌 六
            慶寿院尼  東 蔵
          狩野之介直信  芝 翫

2010/07/19

【ドイツ旅行(7)】旧東ドイツの芸術の都ドレスデン、そしてポツダムへ

Img_0600 写真はドレスデン・ゼンパーオーパーDresden Semperoperaです。建築家ゴットフリート・ゼンパーにちなんでそう呼ばれていますが、いわゆるザクセン州立歌劇場で、中高年のぽん太にはドレスデン国立歌劇場という東ドイツ時代の呼び名の方がしっくりきます。歴代の指揮者にはウェーバーやワグナーなどの大作曲家がおり、ワグナーの「タンホイザー」や、リヒャルト・シュトラウスの「サロメ」、「ばらの騎士」などがここで初演されました。第二次世界大戦の空襲で、ドレスデンは一夜にして瓦礫の山となりましたが、この歌劇場も例外ではありませんでした。1985年のようやく再建されました。
Img_0597 写真はカトリック旧宮廷教会です。内部にある巨匠ジルバーマン製のパイプオルガン(もちろん戦後に復元したもの)は、新設したときにバッハが演奏したことがあるのだそうで、ぜひ見たかったのですが、時間がなくてかないませんでした。
Img_0603 ツヴィンガー宮殿内の彫刻です。
 ぽん太とにゃん子は、すでに旧東ドイツに足を踏み入れています。ぽん太が20年前にドイツを訪れた時も、旧西ドイツ地域だけでしたから、旧東ドイツはぽん太も初体験です。旧東西ドイツ国境がどこなのか、なかなかいい地図が見当たらず、ようやく見つかった地図もすぐリンク切れになりそうです。大変申し訳ないですが、コピーさせていただきました(旧東西ドイツ国境の地図)。
Img_0610 ザクセン王の居城だったドレスデン城(もちろん復元)です。手前の路面電車とのコントラストがいいですね。
 旧西ドイツから旧東ドイツに入ったら、突然道が悪くなったり、建物がボロくなったりするんじゃないかと思っていましたが、まったくそんなことはありませんでした。統一後わずか20年で、東西の格差は急速に埋められているようです。みなさんは、旧東西ドイツのうち、古い建物が残っているのはどちらだと思いますか?ぽん太は旧東ドイツかと思ってたのですが、正解は旧西ドイツです。ちょっと考えてみれば当たり前なのですが、第二次大戦でドイツの街はほとんど破壊されました。旧西ドイツの人々は、古い街並を復元しようと考え、またそのための資金もありました。しかし社会主義の東ドイツでは、資金も十分ではなかったし、古い物を再現するよりも新しい建物を建てようと考えたのです。旧東ドイツ領内では、ところどころに、社会主義時代の無機質な集合住宅が見られました。
Img_0619 ブリュールのテラスと呼ばれる、エルベ川沿いの遊歩道です。川の向こう側は新市街で、首相府や大蔵省の建物が見えます。
Img_0624 ドームが美しいフラウエン教会(聖母教会)は、ドイツ最大のプロテスタント教会でした。これも第二次大戦の空襲で破壊され、「造るのに6118日かかったが、破壊するのにはわずか1日しかかからなかった」と言われ、戦争の虚しさを見る人に伝えます。東西統一後に再建が始められ、2005年にようやく修復が完了しました。戦争の悲惨さを伝えるため瓦礫のままにされていたそうですが、一説によると復元する資金がなかったとか……?
Img_0626 「君主の行列」と呼ばれる壁画の前では、昔の衣装を着たガイドさんが、外人さんを案内していました。

Img_0630 ドレスデン観光後、さらに北上してポツダムに向かいます。道路沿いで見かけた風力発電の風車です。ドイツは環境への配慮を重視している国です。2002年に「改正原子力法」が施行され、新たに原子力発電所を建設することが禁じられるとともに、運転中の原発も運転開始から32年を限度に、逐次閉鎖されることになりました。法律の可決にあたって緑の党が大きな役割を果たしたことは、記憶に新しいです。もっとも現政権下で、原発の稼働期間の延長が画策されています(関連ニュースは例えばこちら「ドイツ政府の原子力発電所稼動期間延長、判断は初秋の見込み」ICH Japan Inc. 2010年6月16日)。

Img_0635 ポツダムのサンスーシ公園内にあるオランジュリーと呼ばれる大温室です。ポツダムというと、長野の田中康夫知事の脱ダム宣言……じゃなくて、第二次世界大戦における日本の無条件降伏を求めたポツダム宣言で有名ですが、ベルリン近郊のこの街は、緑が豊かな美しい街です。サンスーシ宮殿は、フリードリヒ大王の夏の居城だったところです。
Img_0645 こちらのロッジ風の美しい建物は、新庭園内にあるツェツィーリエンホーフ宮殿です。ここがなんとポツダム会談が行われたところで、ここでアメリカのトルーマン、イギリスのチャーチル(途中からアトリーに交代)、ソビエトのスターリンが丁々発止の駆け引きを繰り返し、第二次世界大戦の戦後処理を決定したのです。内部の写真撮影は有料なのでございません。写真で有名な丸テーブル(例えばこちらにあります)も見ることが出来ました。
 これまでこの旅行で、第二次世界大戦の爪痕を何度を見てきましたが(もちろんドイツもナチスがひどいことをしていたわけですが……)、どこか他人事のように思っていました。しかしポツダムを見て、日本とドイツが同盟国として戦い、そして負けたということが改めて実感できました。同じツアーのなかには、大戦を体験しているご高齢の方がおおぜいいらしたのですが、彼らはどんな思いで会議場を見つめていたのでしょうか……。
Img_0637 サンスーシ公園の美しい新緑が心に染み渡ります。

2010/07/18

【ドイツ旅行(6)】中世の街並が残るバンベルク・薫製の香りのラオホビア

Img_0576 ミュンヘンから北へ向かい、バンベルクを目指します。道路の両側の風景は、北海道の富良野や美瑛をさらに広くした感じで、美しい畑のパッチワークが続いています。ちょうど菜の花の季節で、ところどころが黄色の絨毯となっておりました。
Img_0548 バンベルクは幸運にも第二次世界大戦の戦火を逃れたため、中世から続く街並が残っており、ユネスコの世界遺産に登録されています。街の中央にはレグニッツ川が流れ、人々の憩いの場となっております。
Img_0556 川沿いには、以前には漁師たちが住んでいた家が建ち並び、小ヴェネツィア地区と呼ばれています。一階が船着き場になっており、若狭湾の伊根の舟屋を思わせます(そのときの記事はこちら)。
Img_0558 「大聖堂」は1237年に造られたものだそうです。
Img_0560 新宮殿には広いバラ園があり、テラスからは旧市街を見渡すことができます。
Img_0569 川の中州にあるかわいらしい建物は、旧市庁舎です。
P5030242 こちらはバンベルク名物のラオホビアRauchbierです。黒ビールじゃないですよ。煙でいぶして乾燥させた麦芽を使うため、薫製の香りがします。おいしゅうございました。

2010/07/16

【ドイツ旅行(5)】戦火による廃墟から執念の復元・ニュルンベルク

Img_0505 いいかげん飽きてきた、ゴールデンウィークのドイツ旅行シリーズです。今回はニュルンベルク。ニュルンベルクと聞いても、ワグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」と、「ニュルンベルク裁判」くらいしか思いつきません。
 ニュルンベルク旧市街の地形は、中央を東西にペグニッツ川が流れ、その北と南が丘になっています。写真は北の端の高台にあるカイザーブルクです。立派なお城で、12世紀頃に築城が始まり、15〜16世紀に現在の形になったそうです。しかし、この建物は古い物ではなく、新しく復元されたものです。
Img_0508 社会科見学(?)に来ていた子供たち。なにやら仮装しています。写真には写ってませんが、引率の先生も、中世風の衣装を着てました。
 ニュルンベルクの街は第二次世界大戦で壊滅し、歴史的建造物のほとんどが失われてしまったのですが、戦後それらを再建したのだそうです。「な〜んだ、ホンモノじゃないのか。じゃ、価値がないじゃん」などと浅はかにもぽん太は思ってしまったのですが、考えてみれば、第二次大戦におけるドイツの街の破壊は、日本の比ではなかったことでしょう。失われた歴史を取り戻そうというドイツ人の願いは、切実だったのかもしれません。
Img_0511 城から観た旧市街の街並です。なんか……かわいいですね。
 ところで東京の場合、「戦争で破壊された建物や景観が貴重であり、それを戦後復元しよう」などという考えがあったのでしょうか。ぽん太は建築は詳しくありませんが、東京で復元された戦前の建物というのは、あんまり聞いたことがありません。戦争で破壊された街を再建するにあたって、過去の建物を復元する道と、まったく新しい街を造っていく道が考えられますが、ドイツは前者を選択し、日本は後者を選んだといえましょう。もっともドイツなどのヨーロッパにおいては、都市は長年かけて作り上げていく歴史的な遺産であるのに対し、日本、特に江戸は、何度も火事で丸焼けになっては再建を繰り返して来たわけで、建物の捉え方がもともと違うのかもしれません。
Img_0513 画家デューラーが住んでいた家だそうです。へぇ〜〜……って、よく知らんがな。ドイツのルネッサンス期の大画家とのこと。この「メランコリア」(1514年)という銅版画(画像はこちら)は、なんかうつ病関係の本で何回か見たことがあるな〜。
Img_0519 街角の花屋さんです。なんかきれいだったもので……。
Img_0523 ブラウエン教会です。手前の中央広場には市場が出てました。ひょっとしてこの広場が、マイスタージンガーの歌比べが行われたとろこでしょうか?ちょっとググッてみましたが、「野原」というぐらいしかわかりません。今度オペラを観る機会でもあったら、真剣に調べてみましょう。ちなみにヴァルターとエヴァが出会うカタリーナ教会は、戦争で破壊されましたが、外壁の一部が今でも残っているそうです。聖ローレンツ教会の東側、ペグニッツ川の近くだそうです。予め知っていたら、行ってみたのに……。残念でした。
Img_0526 シュパーゲル(ホワイト・アスパラガス)を売ってました。太くてジューシーでおいしそうです。
 ぽん太がニュルンベルクと聞いて思い浮かべるもう一つの「ニュルンベルク裁判」の方は、ニュルンベルク・フュルト地方裁判所600号陪審法廷で行われたそうですが、旧市街からはかなり西に離れたところにあるようです。
Img_0528 ペグニッツ川の川岸と中州にまたがって建てられたハイリヒ・ガイスト・シュピタールという建物です。かつては救済院だったそうで、「境界上にある」というのが、なんか象徴的です。現在はレストランになってます。
Img_0531 聖ローレンツ教会は、ゴシックの装飾が見事です。これも再建されているため、白黒のモザイクのような外観になってます。
 ところで、ぽん太がニュルンベルクと聞いて思い浮かべた「ニュルンベルク裁判」は、ニュルンベルク・フュルト地方裁判所600号陪審法廷(Schwurgerichtssaal 600 im Landgericht Nürnberg-Fürth)で行われたそうですが、旧市街からは西に離れたところにあるようです。
Img_0532 街角のプレッツェル屋さん。プレッツェルと聞くと、ブッシュ大統領が2002年にノドにつめたスナック菓子風のものを思い浮かべますが、ドイツのは大きめで、柔らかく焼き上げたパンです。
Img_0537 ニュルンベルクといえば、ニュルンベルク・ソーセージも名物です。中央広場の近く、旧市庁舎の向かいにある、ブラートヴルストホイスレBratwursthäusleが有名なようです。
Img_0538 お店で食べることもできますが、ちょっと味わいたい時はテイクアウトがおすすめ。細めのソーセージは、外がカリッとして中はジューシー。パンもおいしいです。
Img_0541 食べ物のあとで申し訳ありませんが、旧市庁舎の地下の公衆トイレ。なんか、ドイツ風というか、ベンツみたいでかっこよかったもので……。

2010/07/15

【バレエ】あのザハロワをもってしても。「椿姫」新国立バレエ

 2007年11月の初演時には観れなかったので、ぽん太は今回が初見です。でも、ぽん太はちと不満でした。もっとも、ノイマイヤー版も観たこともなければデュマの原作も読んだことがなく、ヴェルディのオペラしか観たことのないぽん太の個人的感想ですが……。新国立劇場の公式サイトはこちらです。
 まず、踊りの動きに新しさがありません。ほとんどが古典的な動きで、目新しい身体の使い方がみられないのです。新作のクラシック音楽を聴きにいって、全編モーツァルトみたいなメロディーと和声だったら、「なんでいまさら」と感じると思うのですが……。
 しかも、それぞれの踊りがみな同じような感じで、古典的な動作で延々と踊り続けるだけなので、だんだん飽きて来ます(妄言多謝)。というか、「椿姫」というドラマにおける登場人物たちの感情の動きが、踊りとして表現されていないのだと思います。確かにダンサーたちが踊りながら浮かべる表情はゆたかで、特にザハロワのうるうるした表情にはぽん太の胸はドキドキしてしまうのですが、肝心の踊りには感情が乏しく、やたらと二人が抱き合う動作ばかりが目につきました。感情表現は、ほとんどマイムの部分に限られているのです。これではバレエではなくて演劇です。感情表現が重要ではない、群舞やキャラクター・ダンスはそれなりに面白く感じられたことからすると、牧阿佐美さんは、踊りで感情を表現するのが苦手なのかもしれません(妄言多謝)。
 アルマンの父が、あまり踊らないのも疑問。第1幕2場で、父がマルグリットに別れるよう言いに来るところはは、もっとも緊迫したドラマティックな場面ですが、父はほとんど踊らず、そのドラマは踊りでは表現されませんでした。最後のマルグリットとアルマン、アルマンの父のパ・ド・トロワも、父がもっと踊らなくては、踊りとしての見所が台無しです。
 音楽はベルリオーズ。いきなり「幻想交響曲」で始まったので、「叶わぬ恋にアヘンで服毒自殺を図った男が、さまざまな夢を見る」というこの曲のテーマと、「椿姫」が交錯していくのかな……などと思いましたが、そんなことは全くなく、ベルリオーズの様々な曲を羅列した感じで、平板で盛り上がりに欠けました。原作のアレクサンドル・デュマ・フィス(1824年〜1895年)と同時代のフランス人作曲家ということで、ベルリオーズ(1803〜1869)を用いたのだそうで、それならそれでいいですが、ではなぜ背景に19世紀末から20世紀初頭の印象派絵画を使ったのか、ぽん太には理解できません。
 舞台美術は美しく立派。そしてザハロワはほんとに素敵だったのですが……。


新国立劇場バレエ
「椿姫」
2010年7月1日 新国立劇場オペラパレス
【振 付】牧 阿佐美
【音 楽】エクトール・ベルリオーズ
【編曲・指揮】エルマノ・フローリオ
【舞台装置・衣裳】ルイザ・スピナテッリ
【照 明】沢田祐二
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

【マルグリット・ゴーティエ】スヴェトラーナ・ザハロワ
【アルマン・デュヴァル】デニス・マトヴィエンコ
【伯爵】ロバート・テューズリー
【デュヴァル卿(アルマンの父)】森田健太郎
【プリュダンス】西川貴子
【ガストン】マイレン・トレウバエフ
【農民】小野絢子  大和雅美 八幡顕光  福田圭吾
【ジプシー】湯川麻美子 芳賀 望
【メヌエット】厚木三杏 吉本泰久
【チャルダッシュ】川村真樹 遠藤睦子 長田佳世 丸尾孝子
【タランテラ】高橋有里 八幡顕光  福田圭吾

2010/07/14

【バレエ】この身体美があればジャンプも回転もいらないです。ルジマトフ「バレエの神髄」

 ルジマトフの濃い〜踊りを見に行ってきました。公式サイトはこちら
 おりしも中央アジアのキルギスでは、キルギス系住民とウズベク系住民の血で血を洗うような民族抗争が続いていますが、ルジマトフはウズベキスタンのタシケント出身ですね。いわゆるウズベク民族ではないように思いますが……。
 吉田都と岩田守弘をフィーチャリングして「バレエの神髄」と銘打ってますが、ようするにキエフ・バレエ団を伴ってのルジマトフ・ガラ。「眠りの森の美女」のドムラチョワは初めて見ましたが、小柄でとても愛くるしかったです。次いで岩田守弘の「侍」。"魂"がこもってました。外人が踊っても似合いそうもない、日本人岩田ならではのバレエでした。振付けのラブロフスキーって、この前の「ロミオとジュリエット」を振り付けたひと?なんか時代が合わないような……。調べてみると名前が違うようです。「ロミジュリ」はレオニード・ラヴロフスキー、今回のはミハイル・ラブロフスキーですね。で、ミハイルさんは、レオニードさんの息子さんのようです。斬られて、だいじょぶかなと思わせておいて、最後に突然絶命するあたり、「ロミジュリ」のマキューシオを思わせます。「海賊」のアリを踊ったヴィクトル・イシュクもぽん太は初めて。細身の男性で、ルジマトフのような肉体美とねっとり感はありませんが、テクニックはすばらしかったです。特に回転の連続では、まるでアイススケートみたいに、回転の途中で軸足を少し曲げて沈み込むような動きをしてましたが、ぽん太は初めて見ました。
 さて、いよいよルジマトフの登場。「阿修羅」は昨年7月にも見ました。その時は「日本風」な振付けに少し違和感を感じたのですが、今回は非常に面白く見ることができました。いわゆる阿修羅「像」の少年らしさはありませんが、お腹から腰にかけてのラインなど正に仏像のようで、闇のなかにライトで浮かび上がった姿は美しく優雅で、かつ神々しかったです。「ディアナとアクティオン」は、ドムラチョワと岩田守弘のコンビですが、「眠り」でとても小さく感じたドムラチョワに比べても岩田守弘がさらに小さいのは、仕方ないけどちと残念。でも高いジャンプや豪快な回転技は見事でした。吉田都の「ライモンダ」は、パートナーが急に変わってやりずらそうなところもありましがた、いつもながら軽くて柔らかく、同じ振り付けで踊っている周りのコール・ド・バレエに比べても、ひときわ優雅でした。いたずらっぽいキュートな表情もグッド。ただ、先日の「ロミジュリ」の熱演を観た後では、ちと物足りない感じがするのは、贅沢というものでしょうか。代役のシドルスキー、手足もすらりと長くて、ジャンプも大きく優雅で、ぜんぜん悪くないです。
 昨年の来日では一部しかやらなかった「シェヘラザード」が全幕観れるのが、今回の目玉。いや〜よかったです。ルジマトフには、こういう東洋系の演目がホントによく合います。フィリピエワも、ルジマトフに勝るとも劣らない妖艶さでした。全体のストーリーは大したことないというか、よくわからないところもありましたが、アラブ的な舞台美術、フォーキンの振り付け、リムスキー=コルサコフの音楽、キエフ・バレエの踊り、どれをとってもすばらしかったです。以前にマリインスキー・オペラの「イーゴリ公」のなかで観た、有名な「だったん人の踊り」を思わせると雰囲気ありました。たしかあれもフォーキンの振り付けでしたね。


「バレエの神髄」
2010年7月11日 文京シビックホール

「眠りの森の美女」よりローズ・アダージョ    
音楽:P.チャイコフスキー 振付:M.プティパ
 ナタリヤ・ドムラチョワ
 セルゲイ・シドルスキー/イーゴリ・ブリチョフ/オレクシィ・コワレンコ/チムール・アスケーロフ

「侍」 
音楽:鼓童 振付:M.ラブロフスキー
 岩田守弘

「海賊」よりパ・ド・トロワ 
音楽:R.ドリゴ 振付:M.プティパ/V.チャブキアーニ
 エレーナ・フィリピエワ
 セルゲイ・シドルスキー
 ヴィクトル・イシュク

「阿修羅」 
音楽:藤舎名生 振付:岩田守弘
 ファルフ・ルジマトフ

「ディアナとアクティオン」(「エスメラルダ」より)
音楽:C.プーニ 振付:A.ワガノワ
 ナタリヤ・ドムラチョワ
 岩田守弘

「ライモンダ」よりグラン・パ・ド・ドゥ
音楽:A.グラズノフ 振付:M.プティパ
 吉田都
 セルゲイ・シドルスキー
 キエフ・バレエ

「シェヘラザード」 
音楽:N.リムスキー=コルサコフ 振付:M.フォーキン  
 エレーナ・フィリピエワ
 ファルフ・ルジマトフ
 オレグ・トカリ/ルスラン・ベンツィアノフ/ヴォロディミール・チュプリン
 キエフ・バレエ

2010/07/01

【演劇】(ネタバレ注意!)あなたはもうエレベーターで4階に上がれない「ザ・キャラクター」野田地図(NODA・MAP)

★★★ネタバレがありますのでご注意ください★★★
 公式サイトはこちらです。
 篠山紀信撮影カラー写真入り、全96ページの豪華パンフレットを1,000円で売っていたので購入。始まる前に冒頭の野田秀樹の文章だけ読みました。『世界に通用しないモノを創る』というタイトルで、最近は世界に通じる文化を日本から発信しよう、などというが、日本で生きてきた日本人じゃないとわからない文化もある。今回の『ザ・キャラクター』は世界には簡単には通用しない!とのことでした。
 始まってみると書道教室が舞台で、漢字の部首を使ったオアソビ満載。「ザ・キャラクター」って「性格」じゃなくて「漢字」だったのね。ナルホドこれは日本語を知らない外人にはわからないな〜などと思っていたのですが、「日本人じゃないとわからない」というのは、そんな生易しいことではなく、なんとオウム真理教の地下鉄サリン事件が題材になってました。確かにこれは、事件をリアルタイムで体験して来た日本人にしかわかりません。
 書道教室が次第にカルト化していき、最後にはビニール袋に入れた毒薬を傘で突き刺して大量殺人を行うなど、ストーリーは事件をほぼ反映しております。ぽん太は強いショックを受けて、涙がこぼれ、身体はひきつり、ついに気分まで悪くなって来ました。これは果たして演劇の感動と言っていいのか?単に事件のインパクトが大きかっただけではないか?強烈な印象を与えた現実の事件をモチーフにして観客を感動させたとしても、それは演劇の力とはいえず、芸術作品としては劣っているのではないのか……ぽん太のタヌキ脳はすっかり混乱してしまいました。
 しかしそこでぽん太の頭に浮かんだのは、江戸時代の歌舞伎では、大事件が起きるとすぐさまそれを脚色して、舞台に上げていたという事実です。今で言うテレビのワイドショーみたいな役割を歌舞伎が担っていた、などとよく説明されており、そういう意味合いもあったかもしれませんが、同時代の事件を題材にした歌舞伎は、当時の観客に、今回のぽん太と同じような衝撃を与えたに違いないということに、思いいたりました。心中事件や、女郎滅多斬り事件など、現代のようにメディアが発達していなかったとはいえ、同時代の同じ空気を吸っていた観客には、今の我々には伺い知れない迫真性があったことでしょう。
 してみると、演劇が現実の事件の力を借りるということは、決して反則ではないが、ただその作品が未来に残りにくかったり、海外では理解されにくかったりする、ということになるのでしょうか。あるいはこの事件が未来の日本で、あるいは海外で、普遍性を持ちうるかどうかにかかっているのかもしれません。そう考えてみると、池田小の事件や、秋葉原の事件なども、もっと芸術作品にとりあげていいような気もしてきますが、無知なるぽん太がそういった作品を知らないだけかも。

 野田秀樹は、カルト書道教室の世界とギリシア神話の世界とを、言葉遊びを橋渡しにして自在に行き来する作劇術は、いつもながら見事。俳優としては今回は前に出過ぎず、持ち前の台詞回しでときおりワサビを利かせていました。宮沢りえちゃん、なんだか表情が変わってみたいで、最初わかりませんでした。風格さえ感じられ、演劇の正真正銘の女優だと認識しました。古田新太は心ない教祖を好演。吉本の藤井隆も悪くなかったが、持ち味のハイテンションをもっと見たかったです。ときおり舞台上で手持ち無沙汰そうに見えました。銀粉蝶が稽古中の事故で休演しており、オバちゃんは高橋恵子。登山してるとよく会う元気なおばさんみたいな感じでよかったです。橋爪功は物忘れの大家役を、ホントに台詞が抜けたんじゃないかと思うほどの名演。さすがの存在感で、舞台を引き締めていました。チョウソンハは天真爛漫なアポローン。これは野田への注文ですが、カルトにのめり込んで殺人まで犯したアポローンを「幼い」と切って捨てるのではなく、なぜ彼の純真な願いが歪められていったのかも描いて欲しかった。というのはカルトは、教祖の心理操作によって信者に強制されただけではなく、信者自らがそれを欲望していたものでもあるからです。


NODA・MAP 第15回公演
「ザ・キャラクター」
2010年6月30日 東京芸術劇場中ホール
作・演出:野田秀樹
美術:堀尾幸男
照明:小川幾雄
衣裳:ひびの こづえ

マドロミ:宮沢りえ
家元:古田新太
会計/ヘルメス:藤井隆
ダプネー:美波
アルゴス:池内博之
アポローン:チョウソンハ
新人:田中哲司
オバちゃん:高橋恵子
家元夫人/ヘーラー:野田秀樹
古神/クロノス:橋爪功

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

無料ブログはココログ
フォト
2024年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31