【歌舞伎】仁左衛門の崇高な悪 国立劇場「絵本合法衢」
震災以前のことですが、仁左衛門を観に国立劇場に行ってきました。先日大阪松竹座で見た「盟三五大切」に続いて、仁左衛門が悪役を演じるとのこと。左枝大学之助と立場の太平次の二役ですが、これが両方ともめっぽう悪い奴らで、しかも大学之助は大名格の巨悪、太平次は市井の悪党と、対照的なキャラクターです。国立劇場の公式サイトはこちら。
「絵本合法衢」は初めてみる演目。鶴屋南北の作だそうで、文政7年(1810年)に江戸・市村座で初演されたそうです。善人たちが悪人にいいように騙されて、ばったばったと殺されていきます。悪人とて油断ならず、用済みになるとあっという間に殺されていき、太平次さえ大学之助によって始末されます。最後に大学之助が仇討ちされますが、取って付けたようなオチはという感じで、決してカタルシスは得られません。今回の上演を監修した奈河彰輔氏がパンフレットにが書いていた「敵討ち物というより、むしろ返り討ち物」という表現が、言い得て妙です。さらに複雑な人間関係、時代物と世話物の融合、蛇使いのうんざりお松といった妖しいキャラクター、幽霊など、鶴屋南北の面目躍如たる作品です。
ひとつ間違うとすっごく暗く救いのない話しになってしまいそうですが、仁左衛門が演じると悪の魅力が感じられます。人を人と思わず、自分の欲望のみに従う非人道さ、その圧倒的な強さは、想像を超えているという点で、崇高でさえあります。今回の大地震のように、巨大な力の前になすすべのない人間の悲しさ、くやしさが心に浮かびます。
孝太郎の演じるお亀は、我が身を犠牲にして仇の大学之助の妾になりながら、返り討ちにあって殺されて、幽霊となります。自己犠牲と哀しみを、感情過多にならずに芸によって見事に表現しておりました。時蔵のうんざりお松は、蛇使いの妖しさ満点で、道具屋のゆすりも見事。段四郎の高橋瀬左衛門、左團次の高橋弥十郎は普通に実力発揮。愛之助の田代屋与兵衛は目立ちすぎず、劇の一登場人物として収まってました。
今回の舞台は「絵本合法衢」(えほんがっぽうがつじ)という題名ですが、「合邦辻」というのは大阪の四天王寺の西にある十字路で、そこにあるお堂が合邦辻閻魔堂(写真)です。プログラムの解説によれば、何でもこの狂言の題材は、明暦2年(1656年)に加賀前田家の前田大学之助が、高橋清左衛門という武士を殺し、弟の作右衛門によって合法ヶ辻(=合邦辻?)で仇討ちされたという事件だそうです。合邦辻では、そんな出来事もあったんですね。知らんかった。合邦辻といえば、同じく歌舞伎の「摂州合邦辻」を思い浮かべますが、こちらの初演は安永2年(1773年)。ですから文化7年(1810年)初演の「絵本合法衢」は、当然この狂言を踏まえており、大詰めで高橋弥十郎が突如合法となり、与兵衛が足に傷を負って弱っていたりと、「摂州」のパロディも入っております。ちなみにぽん太が合邦辻と閻魔堂を訪れた時の記事はこちらです。
通し狂言「絵本合法衢」(えほんがっぽうがつじ) 四幕十二場
2011年3月 国立劇場
四世鶴屋南北=作
奈河彰輔=監修
国立劇場文芸課=補綴
国立劇場美術係=美術
序 幕 第一場 多賀家水門口の場
第二場 多賀領鷹野の場
第三場 多賀家陣屋の場
二幕目 第一場 四条河原の場
第二場 今出川道具屋の場
第三場 妙覚寺裏手の場
三幕目 第一場 和州倉狩峠の場
第二場 倉狩峠一つ家の場
第三場 倉狩峠古宮の場
第四場 元の一つ家の場
大 詰 第一場 合法庵室の場
第二場 閻魔堂の場
(出演)
左枝大学之助/立場の太平次 片岡 仁左衛門
うんざりお松/弥十郎妻皐月 中村 時 蔵
田代屋娘お亀 片岡 孝太郎
田代屋与兵衛 片岡 愛之助
お米 中村 梅枝
太平次女房お道 上村 吉弥
松浦玄蕃 市川 男女蔵
佐五右衛門 片岡 市蔵
孫七 市川 高麗蔵
田代屋後家おりよ 坂東 秀調
高橋瀬左衛門 市川 段四郎
高橋弥十郎 市川 左團次
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