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2011/06/28

【拾い読み】高所低酸素適応の秘密『生老病死のエコロジー―チベット・ヒマラヤに生きる』

 ぽん太が以前にネパールのエベレストに行ったとき、現地の人たちが極寒のなか、素手で平気で雪かきをしているのを見て、どうやって熱産生をしているのか不思議に思いました(そのときの記事はこちら)。たまたま先日、『生老病死のエコロジー―チベット・ヒマラヤに生きる』(奥宮清人編、昭和堂、2011年)という本を見かけたので、ひもといてみました。総合地球環境研究所の「人の生老病死と高所環境-「高地文明」における医学生理・生態・文化的適応」という研究プロジェクトの成果と課題をまとめた本だそうです。
 人類(ホモ・サピエンス)の誕生は約20万年前と考えられておりますが、人類は早くから高地への進出を行ったようで、ペルーの4,200メートル地点で9千年前とみられる人骨が発見されているそうです。
 アンデス高地、チベット・ヒマラヤ高地、エチオピア高地に住んでいる人々は、どうやって高所の環境に適応しているのでしょうか。それは遺伝的な順応の結果である、と著者は言います。私たちが高所に滞在した時の高所適応とは根本的に異なり、世代を重ねて初めて成し遂げられるものなのです。じじつスペイン人が南米に進出し、標高約4,000メートルの高所にポトシという鉱山町を建設した時、現地のインディオたちは普通の出産・生育が可能だったのに対し、外部から来たスペイン人は、長くそこに住んで高地順応していても、不妊だったり乳児が育たなかったりしたそうです。
 高地で暮らすには低酸素状態に適応する必要がありますが、その戦略は同一ではなく、アンデス、チベット・ヒマラヤ、エチオピアで、それぞれ異なるのだそうです。まずアンデス、チベット・ヒマラヤでは、血液の酸素飽和度の低下が認められました。そこで必要な酸素を運ぶために、アンデスではヘモグロビンを増加させ、一方チベット・ヒマラヤでは血流量を増加させているんだそうです。驚くべきことにエチオピア人は、酸素飽和度の低下もヘモグロビンの増加も認められず、その適応戦略の詳細はいまだに解明されていないそうです。
 こうした適応戦略は、いいことばかりではありません。ヘモグロビンの増加により低酸素環境に適応しているアンデス地方では、モンゲ病と呼ばれる慢性高山病が報告されています。赤血球の増加により血液が濃くなって、細い血管内の血流が悪化します。この結果、頭痛、思考の混乱、睡眠障害、眠気、痛み、息切れなどの症状が出現します(メルクマニュアル)。一方、血流量を増やしているチベット・ヒマラヤでは、慢性肺高血圧がみられるそうです。
 こうした遺伝的な低酸素適応とは別に、エベレスト無酸素登山における適応戦略についても書かれていました。1981年にエベレストに遠征した「アメリカ医学調査遠征隊」が収集した医学データが、1984年の「サイエンス」に発表されているそうです。それによると、エベレスト無酸素登頂の成功には3つの鍵があったそうです。第1の鍵は、エベレスト山頂の気圧が、予測よりも高かったこと。成層圏に冷たく重い空気の固まりがあるため、予想した気圧より実際の気圧が17mmHgほど高かったそうです。第2の鍵は、登山家の低酸素換気応答が普通の人よりも強いことで、彼らは、酸素不足になったときに呼吸(換気)を増やす反射が一般よりも強いそうです。第3の鍵は呼吸性アルカローシスで、血液が予想以上にアルカリ性に偏ることで、ヘモグロビンの肺胞における酸素の捕獲が促進されていたのだそうです。
 本書では、こうした医学・生理学的な内容だけでなく、高所生活における食事、生活、農業、幸福感、宗教などについても書かれています。しかし、ぽん太が最初に疑問に思っていた、寒さに対する適応、熱産生についてはまったく触れておりませんでした。う〜ん残念!この問題の解決は、また次の機会を待ちたいと思います。

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