〈バレエの祭典〉プレミアム・シーズン会員券でチケットが来たので、東京バレエ団の「白鳥の湖」を観に行ってきました。東京バレエ団の「白鳥」は、これまでゴールスキー版でしたが、こんかいはブルメイステル版とのこと。ちと楽しみです。こちらが公式サイトです。
実はぽん太、生でブルメイステル版を観るのは初めてです。昨年の国立モスクワ音楽劇場バレエ団来日公演は日程が合わず観れませんでした。ザハーロワとボッレによるミラノ・スカラ座バレエ団のDVDは持ってます。
で、まずブルメイステルについて調べてみようという手順になりますが、なぜかネット上にあまり情報がない。日・英・仏のWikipediaには項目がありません。ロシア語のWikipediaにはさすがにありますが(こちら)残念ながら読めません。しかも記述がかなり少ないです。なぜなんだろ〜。
で、少ない情報をまとめてみると、ウラジーミル・ブルメイステル(Владимир Павлович Бурмейстер, Vladimir Pavlovich Burmeister)は1904年に生まれ、1971年(1970年?)に死去したソ連の振付家。チャイコフスキーの従兄の孫にあたるらしい(ナタリヤ・ブルメイステル メッセージ)。1930年からモスクワ芸術バレエ(いまのモスクワ国立音楽劇場バレエの前身ですね)で踊った後、1938年に振付家としてデビュー。1941年にモスクワ芸術バレエが、スタニスラフスキーが率いていたオペラ劇団と合併して「スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念・モスクワ州立音楽劇場」になると、その主席芸術監督となり、1941年から1960年までと、1963年から亡くなるまで、その職を務めました。「白鳥の湖」を振り付けたのは1953年のようです。
で、こんかいの東京バレエ団の演出を、ミラノ・スカラ座バレエのDVDとも比べながら検討してみましょう。なお、ぽん太の席はかなり前の方だったので、右を見てると左が見えないという感じなので、見逃している部分もあるかと思いますが、ご容赦をお願いします。
まず序曲の部分で、お姫様がロットバルトによって白鳥に変えられるというプロローグがありました。ABTのマッケンジー版(1993年、2000年改訂)や熊川哲也版(2003年)と同じですね。ただ今回の演出では、白鳥に変えられた姿を、白鳥チュチュを着たダンサーではなく、湖面移動型白鳥人形で表現してました。しかも人形が出て来たと思ったら幕がさっと閉じてしまったので、ちょっと見にくかったかも。
第一幕の設定は、王子と友人たちが村の娘と踊っていたら、王妃が貴族の女性たちを連れてやってくるというもの。並んだ友人たちが、サッカーのフリーキック顔負けの壁を作って、娘たちをかくまってました。
お妃が王子に「明日の成人式でお嫁さんを決めなさい」という言うマイムや、王妃が王子に弓矢を渡す下りが無かった気がしましたが、ぽん太が見落としただけか?スカラ座のDVDでは、ちゃんとあるようですが。
黒鳥のパ・ド・ドゥとして知られた音楽が1幕に来てました。アップテンポのところは王子のソロで、サビの遅い部分は王子と貴族の娘のパ・ド・ドゥになってました。もっともこの音楽は、チャイコフスキーの原曲では第1幕にあるので(第1幕第5曲「パ・ド・ドゥ」a)導入部、b)ヴァリアシオン1)、オリジナルに戻したと言えるでしょう。
でも、王子がこんなに楽しそうに女性と踊ってていいのでしょうか?ひょっとして王子ってゲス?
ところで、チャイコフスキーの全曲版(原典版)の音楽CDはいろいろ出てますが、例えば右のリンクのシャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団のCDもオススメです。オリジナルの曲以外に、後から補足された曲も収録されています。また、右のリンクのamazonのページは、現在すべての曲を試聴できるので、音楽の確認にとても便利です。
またネットでは、英語版のWikipedia(Swan Lake - Wikipedia)にも、オリジナル(と補足曲)の曲順が出てます。
道化の踊りが多かったのも目につきました。家庭教師は出て来ません。
パ・ド・トロワがパ・ド・カトルになってました。一曲目が終わった所で、王子がリュートをひきながら「マザコン王子のゆううつ踊り」を踊ってましたが、これも実はオリジナルの順序(第1幕第4曲「パ・ド・トロワ」 b)ヴァリアシオン1)。
第二幕はだいたいいつものヴァージョンと同じ。ただ、白鳥が最後に去る時に、白い羽根をひとつ落としてゆき、王子がそれをひろいます。
それから、王子が白鳥に愛を誓うというマイムがありませんでした。
第三幕の舞踏会では、第一幕の道化にさらに4人の道化が加わり、なんだか道化だらけ。これはスカラ座版にはありません。こんなにいっぱい道化を雇ってるなんて、王妃は実はお笑い好きか?。道化の群舞の音楽は、ぽん太には聞き覚えのない曲でした。
お妃候補は4人で、それぞれお母さんに伴われて、三幕が始まってすぐに舞台に現れます。
ということで、ファンファーレで入って来るのは王子です。そのあとは民族舞踊にならず、すぐお妃候補の踊りとなります。
王子が4人との結婚を拒絶した所で2回目のファンファーレとなり、ロットバルトと黒鳥が、舞踏団を伴って乱入。舞踏団はすべてロットバルトの手先という設定です。
ロットバルトは舞踏団にこそこそ耳打ちしたりしますが、これはスカラ座版にはない演出。
スペインとマズルカでは途中で黒鳥が紛れ込み、王子が追いかけようとすると消えてしまいます。王子は頭がクルクルしてきたようです。
王子をたぶらかす準備が整ったところで黒鳥と王子のグラン・パ・ド・ドゥですが、いつもの曲は第一幕で使ってしまったので、どうするんだろう思ってたら、何か聞いたことのある曲が……。こ、これはバランシンの「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の曲ですね。
これに関しては、チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ - Wikipediaが詳しいです。
要約すると、1877年の「白鳥の湖」の初演時(このときの振り付けはライジンガーです)、途中でオデット役のダンサーの交替がありました。引き継いだソベシチャンスカヤはライジンガーの振り付けに満足できず、3幕でパ・ド・ドゥを踊りたいと考え、プティパに振り付けを依頼しました。プティパは作曲家ミンクス(「ドン・キホーテ」や「ラ・バヤデール」が有名ですね)が作った曲に振り付けをしました。しかしチャイコフスキーは自分のバレエにミンクスの曲を入れるのを拒否。最終的に両者は歩み寄り、プティパの振り付けを変えないですむように、チャイコフスキーが新たに作曲したのが「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の曲だそうです。これに喜んだソベシチャンスカヤの依頼でチャイコフスキーがさらに作曲したのが、「ロシアの踊り」の音楽だそうです。
ただこの「伝説」の真偽は疑問だそうです。この「伝説」の出典は何なのかまで道草するのはちょっとおっくうなので、やめておきます。
しかしこの曲は楽譜として出版されず、さらに1895年のプティパ/イワノフの蘇演版にも使われなかったため、忘れされれてしまいました。
ところが1953年にチャイコフスキー博物館でこの曲が発見されました。一部を除くとピアノ譜の状態で、踊りに関する注意書きが書き込まれていたそうです(それで第三幕のパ・ド・ドゥだとわかったんですかね?)。そこでブルメイステル(やっとこさ登場!)が作曲家シェバリーンにオーケストレーションを依頼。そのうち2曲を「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」のアダージョと王子のヴァリアシオンに使いました。
そしてこの曲の存在をしったバランシンが振り付けて1960年に初演したのが、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」といわけです。
つまりぽん太は、バランシンの「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の曲をブルメイステルが使ったのかと思いましたが、実はブルメイステルがこの曲を復活させ、それをバランシンが使ったんですね。またひとつ賢くなりました。
そしてこの曲を取り入れたことが、ブルメイステイル版の初演時の「目玉」の一つだったわけですね。
ということでみちくさを終えて、ブルメイステル版「白鳥の湖」に戻ると、「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」の1曲目のアダージョと2曲目の男性ヴァリアシオンは、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」と同じ曲。そして3曲目の女性ヴァリアシオンは例の蛇使い風のやつ(原曲の第3幕第19曲「パ・ド・シス」 f)ヴァリアシオン5)、コーダはパ〜パ〜パ〜ラパパパの方(第3幕第19曲「パ・ド・シス」 g)コーダ)です。ただ、コーダの前半は舞踏団が入り乱れて踊ります。このあたりはスカラ座版も同じです。
ちなみに、みちくさついでですが、女性(黒鳥)のヴァリアシオンによく使われる可愛らしい音楽の方は、「白鳥の湖」の曲ではなく、1895年のプティパ/イワノフの蘇演版において、チャイコフスキーのピアノ曲「18の小品」(Op.72, 1893年)の12曲目「いたずらっ子」をドリゴがオーケストレーションしたものです。原曲を聞きたい方は、例えばこちらのYouTube(チャイコフスキー: 18の小品,Op.72 12. いたずら女の子 Pf.ミハイル・カンディンスキー)をどうぞ。
さらにみちくさついでに、プティパ/イワノフ蘇演版において、「18 の小品」からドリゴがオーケストレーションして加えられたものには、他に第11曲「ヴァルス・ブルエッテ」(チャイコフスキー: 18の小品,Op.72 11. ヴァルス・ブルエッテ Pf.ミハイル・カンディンスキー)と、第15曲「少しショパン風に 」(チャイコフスキー: 18の小品,Op.72 15. 少しショパン風に Pf.ミハイル・カンディンスキー)がありますが、これらはブルメイステル版では使われておりません。
パ・ド・ドゥの途中で、王子は黒鳥に、2幕でひろった白い羽根を渡し、黒鳥はその羽根を高らかに掲げて踊ります。
「あなたはあの白鳥ですね」「そうよ!」という感じです。「王子は黒鳥を、湖で出会った白鳥だと思った」という設定でしょうか。
王子が黒鳥に結婚を申し出ると、黒鳥たちはゲラゲラ笑いながら去って行きますが、ここでも2幕同様、王子は「誓う」のマイムはしませんでした。理由は不明です。マイムはなるべく廃して、演技で表現しようということでしょうか。
さて4幕に入ります。「子どもの白鳥の踊りの練習」の曲(第4幕 第25曲:間奏曲)の前半が長めに序曲として使われてました。また「小さな白鳥たちの踊り」のなかで、4羽の白鳥が2幕と同じように4人腕を組んだフォーメーションで踊ってたのが目につきました。
こんかいの演出では、ロットバルトの踊りがほとんどありませんね。しかも第2幕と第4幕では、岩の上から大きな羽根をバサバサさせて、あとは二つの羽根を閉じて、ムール貝のように岩に張り付いてじっとしているだけ。中の人はそのあいだ休憩してるんでしょうか。
さあ、そしてエンディングです。王子が駆けつけて来て、ロットバルトと戦うのかと思ったらいきなりダウン!白鳥たちはガックシうなだれて、しずしずと立ち去っていきます。さらに水が溢れて来て、王子は溺れそう。そして白鳥ちゃんは湖に身を投げます。
こ、これは、悲劇的なエンディングかと思ったら、王子が、お姫様に戻った白鳥ちゃんを抱きかかえて現れます。あれれ、ハッピーエンドだったのか〜。白鳥ちゃんが命を捧げたからかしら。ロットバルトは死んだのかな〜?なんだかスッキリしません。
スカラ座版では、王子がロットバルトと戦って倒してます。東京バレエ版は、王子の「力」よりも、白鳥ちゃんの「自己犠牲の愛」を強調したかったのでしょうか?
ということで細かく見てきましたが、ブルメイステル版の特徴をまとめると、①チャイコフスキーの初演版への回帰、②演劇性を重視した演出、の二つを挙げることができるでしょう。
①初演版への回帰に関しては、1895年のプティパ/イワノフ蘇演版で加えられたドリゴ編曲の曲を廃し、いわゆる「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」の曲を1幕に戻すなど、原点版に近づけました。そして初演で使われた、当時再発見されたばかりの「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の曲を導入しました。
②に関しては、様式的な美しさのある蘇演版に対し、ストーリーを重視しました。例えば第一幕のワルツの最後で王妃の到着を迎える演技を入れたり、第二幕で白鳥が落とした羽根を効果的に使ったり、第三幕の民族舞踊をロットバルトの手下としたりしました。また、お姫様が白鳥に変えられるプロローグや、白鳥がお姫様に戻るエピローグがありました。
演劇性に関しては、ブルメイステルが、スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念・モスクワ州立音楽劇場において、20世紀の演劇に大きな影響を与えた演劇理論家であったスタニスラフスキーと一緒に働いていたことが多いに関係ありそうですが、そのみちくさはまた今度に。
2015年8月に東京バレエ団の芸術監督になった斎藤友佳理が、なぜブルメイステル版にこだわったのかはよくわかりませんが、「東京バレエ団新芸術監督・斎藤友佳理、「白鳥の湖」に臨む」(YOMIURI ONLINE, 2016年2月2日)のインタビューを見ると、ただブルメイステル版をやりたかったというだけでなく、実力主義を掲げてオーディションを行なったり、指導教育体制を変えたりといった大きな変革のなかの一つであることがわかります。
今回の「白鳥の湖」を観た感じでは、まだ「演技力」という点では不十分のような気もしますが、変革の一方を踏み出したことは感じられました。
オデット/オディールの川島麻実子は、日本人離れした美しいプロポーションで、気品のある踊りでした。ジークフリートの岸本秀雄は、とても安定しておりましたが、童顔なのと、背がちょっと低いのが残念。
道化の入戸野伊織が大活躍。ジャンプはすばらしかったですが、もうちょっと回転速度が欲しかったです。パ・ド・カトルの男性陣がなかなか迫力ありました。背の高い方の人(松野乃知かな?)が大きな踊りで思わず目が行きました。ダンスール・ノーブル目指して頑張って下さい。スペインの奈良春夏は、さすがの存在感で観客を魅了しました。
あと、東京バレエ団のコールドは、ピシッとそろってていつもながら素晴らしいですね。背の高さまでそろってます。オーディションの時に身長の規定があるのかしら?
主催にテレビ東京が入っていることに、時代の波を感じました。
国立モスクワ音楽劇場バレエ団の「白鳥の湖」はどうなのか観てみたくなりました。今度来日した時は行ってみようっと。
終了後に吉岡美佳さんの退団セレモニーが行われました。4月からはベジャール・バレエ・ローザンヌに加わるとのこと。いままでありがとう、そしてお疲れさまでした。ますますのご活躍をお祈り致します。
ブルメイステル版「白鳥の湖」(全4幕)
─ 東京バレエ団初演 ─
2016年2月7日
東京文化会館
◆主な配役◆
オデット/オディール:川島麻実子
ジークフリート:岸本秀雄
ロットバルト:森川茉央
【第1幕】
道化:入戸野伊織
王妃:山岸ゆかり
パ・ド・カトル:河谷まりあ、二瓶加奈子、宮川新大、松野乃知
アダージオ:三雲友里加
【第2幕/第4幕】
四羽の白鳥:金子仁美、中川美雪、上田実歩、髙浦由美子
三羽の白鳥:二瓶加奈子、政本絵美、川淵瞳
【第3幕】
花嫁候補:小川ふみ、三雲友里加、榊優美枝、川淵瞳
四人の道化:海田一成、高橋慈生、中村瑛人、井福俊太郎
スペイン(ソリスト):奈良春夏
スペイン:宮崎大樹、松野乃知、原田祥博、樋口祐輝
ナポリ(ソリスト):沖香菜子
チャルダッシュ(ソリスト):岸本夏未 河合眞里、岡崎隼也、杉山優一
マズルカ(ソリスト):伝田陽美、梅澤紘貴
指揮: アントン・グリシャニン
演奏: 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
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