なんと偶然にも、討ち入り当日の12月14日に観劇。記念にクリーニングクロスを頂きました。国立劇場さん、ありがとうございます。特設サイトはこちら、国立劇場の通常のサイトはこちら。
さ〜て、3ヶ月続いた「仮名手本忠臣蔵」も、いよいよ大団円。思えば思えば長き道のり。
「仮名手本忠臣蔵」を通しで観る機会はなかなかないし、普段は上演されない珍しい場面を観ることもできました。企画をした国立劇場に大拍手を送りたいところです。
でも一方でぽん太は、ちょっと物足りなさも感じました。それは、せっかく3ヶ月かけて通しで上演したのに、全体を通しての演出がなかったことです。
無学な狸のぽん太にはいつ頃からかはわかりませんが、現在の歌舞伎には「演出家」がおりません。それぞれの役者が先輩から学んだ演技の型を身につけていて、実際の公演では、その公演の座長格の役者が中心になり、演技をすりあわせることになります。
さらにもう一つ、最近の歌舞伎公演では、長い演目の中の見所だけを選んでダイジェストで上演するのが普通になっております。それによって、ダイジェスト版での完結性が目指され、忠臣蔵全体の中での位置づけはあまり考慮されません。後の部分のネタ振りなどは省力されるわけですね。
で、今回の「仮名手本忠臣蔵」通し公演に戻ると、残念ながら、これまでダイジェスト版公演で行って来た場面を全部並べて上演して見た、という感じでした。全体をとおしての演出意図が感じられないというか、通しでやるために部分の演出を通例と変える、ということは行われなかったようです。
菊五郎が勘平を演じた五・六段目も、吉右衛門が由良之助を演じた祇園一力茶屋の場も、どちらも素晴らしい演技でしたが、いつも見ているのと同じものでした。
たとえば上演に四日間を要するヴァグナーのオペラ「ニーベルングの指輪」を上演する場合、まず全体としての演出の意図があって、それに従って各部分が構成されていくと思うのですが、今回の忠臣蔵の通し上演は、既存の各部分に、新しいパーツを追加して、並べた感じでした。
ぽん太自身のこだわりでいえば、このブログでもこれまで何回か書いたように、今回の通し上演で勘平がどう扱われるかという問題を、とっても楽しみしておりました。もちろん狸のぽん太が望んでいたような解答が用意される必要はないのですが、勘平をどう扱うかに注意を払ったり配慮した形跡がまったくなかったのが残念でした。
歌舞伎の元になった人形浄瑠璃版の「仮名手本忠臣蔵」の場面構成と、それぞれの詞章は、こちらの文化デジタルライブラリーのサイトで見ることができます。
それを見るとわかるように、この長い物語のラストが光明寺焼香の段で、そこで勘平は二番目に焼香する栄誉を受けるのです。してみると、このダメ男勘平の物語こそが、忠臣蔵のメインストーリーだったと思われます。それがなんだか最近の上演では、最後に派手なチャンバラのすえに高師直を討ち取って、あ〜すっとした、みたいな話しになってしまってます(最近の演出は、みんなこのパターンですね)。ところが原作の人形浄瑠璃では、討ち入りのシーンすらありません。
もともとの浄瑠璃の詞章が、時代とともにどう変遷してきたかは大変興味深いですが、残念ながらぽん太にはそれを調べる脳力はありません。
今回の通し公演では、アレンジされた「柴部屋焼香」が上演されましたが、それだったら切腹する判官は「生き替わり死に替わり鬱憤を晴らさん」というセリフを言うべきだし、切腹した勘平が血判を押してから「魂魄この土に留まって、仇討ちの御供する」という順序であるべきだし、母おかやが「勘平どのの魂の入ったこの財布、婿どのぢゃと思うて敵討ちのお供に連れてござって下さりませ」と、原郷右衛門に財布を託すセリフもあるべきだと思います。
「歌舞伎なんだから、細かい矛盾はいいじゃない」という意見もあるかと思いますが、元々の文楽ではその辺りが細かく配慮されて綿密な構成になっているわけですから。
12月の文楽の「仮名手本忠臣蔵」通し上演も見ればよかったですが、残念ながら時間と体力がありませんでした。
さて、グチはこのぐらいにして、感想です。
今月の第三部では、「山科閑居」が一番面白かったです。特に戸無瀬を演じた魁春の演技がすごすぎました。こんかいは一階最前列の席だったので、細かい表情や動きがよく見えたので、よけいそう感じたのかもしれません。特に切腹を決意してからが素晴らしく、例えば凍てついた手水鉢から柄杓に汲んだ水を小浪に差し出し、小浪が水を飲む瞬間に、顔を背けて目をぎゅっと閉じるところなど……。いつもの3階席からは絶対に見えない名演技でした。
由良之助の妻お石役でなんと笑也が登場してちょっとびっくり。春猿が新劇に移り、市川右近は右團次を襲名して高嶋屋となるなか、笑也はどのようなスタンスをとっていくのでしょうか。由良之助の妻らしい格式と厳しさがありましたが、ちょっと冷たい感じがしました。幸四郎の加古川本蔵、笑うところなどちょっと大げさすぎて、「寺子屋」の松王丸みたいでした。児太郎の小波、色気と可愛らしさが出てきました。
さて、冒頭の演目は、これまでたぶんぽん太は観たことがない「道行旅路の嫁入」。加古川本蔵の娘・小浪が、継母の戸無瀬とともに、許嫁の力弥が住む山科へ旅をする道中を描いた、ロードムービー風の踊りです。
ぽん太は最近は、踊りの演目は必ず詞章を事前にチェックするようにしておりますが、そうすると面白さが倍増します。詞章は調べるとたいていどこかのサイトにアップされてます。
この演目の詞章、東海道の名所や地名が巧みみ盛り込まれて、なかなかよくできてます。母親が娘にちょっと際どいことばでちゃかしたりし、他にもエッチな表現があったりします。
美しく楽しい踊りですが、二人が力弥との祝言を心待ちにしながら、はるばる山科を訪ねて行った様子が描かれ、次の山科閑居の悲劇の下準備となっております。
「天川屋義平内の場」は、「天川屋義平は男でござる」のセリフは有名ですが、たぶんぽん太は初めて見ました。歌六の義平はあいかわらず上手でしたが、短めで話しも単純だったので、感動するほどではなかったです。
討ち入りでは、隼人くんと茶坊主(玉太郎)のやりとりは、初めて見た気がします。
国立劇場開場50周年記念
竹田出雲・三好松洛・並木千柳=作
通し狂言 仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら) 第三部
国立劇場美術係=美術
国立劇場大劇場
2016年12月14日
八段目 道行旅路の嫁入
九段目 山科閑居の場
十段目 天川屋義平内の場
十一段目 高家表門討入りの場
同 広間の場
同 奥庭泉水の場
同 柴部屋本懐焼香の場
花水橋引揚げの場
(主な配役)
【八段目】
本蔵妻戸無瀬 中村魁春
娘小浪 中村児太郎
【九段目】
加古川本蔵 松本幸四郎
妻戸無瀬 中村魁春
娘小浪 中村児太郎
一力女房お品 中村歌女之丞
由良之助妻お石 市川笑也
大星力弥 中村錦之助
大星由良之助 中村梅玉
【十段目】
天川屋義平 中村歌六
女房お園 市川高麗蔵
大鷲文吾 中村松江
竹森喜多八 坂東亀寿
千崎弥五郎 中村種之助
矢間重太郎 中村隼人
丁稚伊吾 澤村宗之助
医者太田了竹 松本錦吾
大星由良之助 中村梅玉
【十一段目】
大星由良之助 中村梅玉
大星力弥 中村米吉
寺岡平右衛門 中村錦之助
大鷲文吾 中村松江
竹森喜多八 坂東亀寿
千崎弥五郎 中村種之助
矢間重太郎 中村隼人
赤垣源蔵 市川男寅
茶道春斎 中村玉太郎
矢間喜兵衛 中村寿治郎
織部弥次兵衛 嵐橘三郎
織部安兵衛 澤村宗之助
高師泰 市川男女蔵
和久半太夫 片岡亀蔵
原郷右衛門 市川團蔵
小林平八郎 尾上松緑
桃井若狭之助 市川左團次
ほか
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