【雑学】歌舞伎にも出てくるお土砂に興味を持った江戸時代のオランダ人・ティチング
吉田元の『江戸の酒 その技術・経済・文化』(朝日新聞社、1997年)という本を読んでみました。江戸時代の日本酒の状況がわかって面白かったのですが、ぽん太の目が止まったのは別の部分。
外国人の日本酒に対する関心を論じているところで、長崎オランダ商館長イサーク・ティッツィングが、日本人を出島に密かに招き入れて、目の前で日本酒を作らせた話が出てきます。で、ティッツィングがいかに好奇心おう盛だったかを書いた次の記述に、ぽん太の目は釘付けになりました。
ティッツィングの好奇心は強烈だった。不幸にも出島において病死した若いオランダ人商館員の遺体にかけられ、死後硬直を解いた真言宗の「土砂」(加持祈祷しをした土砂)の正体解明に執念を燃やし、九州の寺から取り寄せて帰国時に持ち帰ったくらいだから、杜氏を呼び入れることなど何でもなかったろう。
にゃにゃにゃ、にゃに〜?土砂?
「お土砂」といえば、歌舞伎の「松竹梅湯島掛額」(しょうちくばいゆしまのかけがく)の「吉祥院お土砂の場」に出てくる、かけられると体がフニャフニャになるという粉ではないか。主人公の紅長は敵にお土砂をかけて撃退しますが、だんだん悪のりして出てくる人に片っ端からお土砂をかけはじめ、さらには舞台に上がってきたお客さん(仕込みです)や劇場の係員、しまいには舞台袖の附け打ちさん(木でバタバタバッタと音を出す係の人)までフニャフニャにしてしまうというドタバタコメディーです。
ぽん太はてっきりフィクションの世界の話かと思ってたのですが、お土砂は実在したんでしょうか。
ちなみにここに出てくる吉祥院(きっしょういん)は、おそらく谷中にあった吉祥院で、現在は杉並区に移転しておりますが(吉祥院|猫のあしあと)、真言宗ではなく天台宗のお寺です。
まず、困ったときのWikipediaを見てみると、イサーク・ティチングという表記で出ています(イサーク・ティチング - Wikipedia)。イサーク・ティチング(Isaac Titsingh。1745年-1812年)はオランダの外科医・学者。1779年から1784年の間3度にわたってオランダ商館長として日本に滞在したそうです。
で、下の方の「著書」をじっと見てみると、どうやらTitsingh, Isaac. (1822年). Illustrations of Japan, London: Ackermann.というのがあやしい。アマゾンでぐぐってみると、『日本風俗図誌』(丸善雄松堂 、1980年)というのがあります。どうやらこれのようですね。
でも、近くの図書館にはないようだし、このためにわざわざ買うのも悔しい。ということで、ネット上で探してみると……あった!え、英語ですけど。
・同志社大学 貴重書デジタルアーカイブ Illustrations of Japan
目次(14ページ)を見てみると、第二章に「土砂という粉と、その発明者・弘法大師に関する報告」という節と、「土砂という粉の報告への注」という節があります!!
それによると、1783年に一人のオランダ人が出島で亡くなりました。ティチングは土砂の効果を確かめようと、その遺体を冷たい外気に一晩さらして死後硬直を起こさせました。翌日、一人の日本人が土砂を持ってきて、両耳、鼻腔、口にそれを注ぐと、20分ほどで遺体は柔らかくなったそうです。
ティチングは、それが土砂の効果によるのか、それとも見抜けなかったけれども何らかのトリックが使われたのか、わからないと言っております。
万能薬としても用いられていた土砂にティチングは興味を持ち、あちこちで買い集めて、帰国の際に持ち帰ったそうです。
しかしこの後ティチングは、土砂のことは忘れたかのように、土砂の発見者とされる弘法大師の生涯や思想に話を移してしまいます。
そのあと編集者による注がついていて、フランス人のシャルパンティエ・コシニィ(charpentier-cossingny)が1799年に出版した「ベンガル旅行」のなかで、土砂について触れているそうです。
コシニィはティチングから土砂の一部を貰い受け、様々な科学的分析を試みた後、死後硬直に対する効果を実験してみましたが、思うような結果は得られなかったと書いてあります。
う〜ん、ということは、やっぱりお土砂はインチキだったのか?とはいえ、日本で昔から信じられ、広く使われていた「魔法の粉」だったのでしょう。ただ、歌舞伎の「松竹梅湯島掛額」が作られた安政3年(1856)には、ドタバタ劇の小道具として使われたくらいですから、幕末の江戸庶民にはもはや迷信と受け止められていたのでしょう。
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