【拾い読み】鈴木晶『ニジンスキー 神の道化』(1)ダンサー編
ちょっと前のことですが、ぽん太はハンブルク・バレエの来日公演でノイマイヤーの「ニジンスキー」を観て、いたく感激したのでした。
しかし、実はぽん太はニジンスキーをあまり知らなかったので、バレエを見ていてよく解らないところがありました。それではというわけで、鈴木晶氏の『ニジンスキー 神の道化』(新書館、1998年)を読んで勉強してみました。
バレエ会場でたびたびお見かけする著者の鈴木晶氏は、バレエ研究家であると同時に、精神分析にも造形が深いので、バレエファンの精神科医であるぽん太は、とても面白く読むことができました。特にニジンスキーが精神病になって踊るのをやめてからの部分が興味深かったです。
いつものように、ぽん太が興味を持ったところの拾い読みです。興味を持った方はぜひご自身でお読みください。
こんかいはダンサーとしてのニジンスキーについて。病気に関しては、稿を改めます。
なんとベジャールもニジンスキーを題材にしたバレエを振り付けているそうな。初演は1971年、タイトルは「ニジンスキー・神の道化」、主役はジョルジュ・ドン。第一部(バレエ・リュスのニジンスキー)と第二部(神のニジンスキー)に分かれていて、第一部にはバレエ・リュスの作品の断片が組み込まれ、第二部には彼の狂気と死が描かれていたそうで。ノイマイヤー版と似てますね。
これを元にベジャールは、1990年に同じタイトルのバレエを発表しました。この作品では、『ニジンスキーの手記』の朗読が大部分を占めていたそうです。またクライマックスでは、ニジンスキー役のドンが赤い布を舞台上に十字架の形に置き、その上に立つそうですが、これもノイマイヤー版と重なりますね〜。
ということは、ノイマイヤー版「ニジンスキー」はベジャール版を踏まえており、ベジャール版を観ずしてノイマイヤー版を理解することはできないと思われます。でも、ちょと探してみたのですが、DVDは見つかりませんでした。
しかし、何と、youtubeで見れるじゃyないですか!(https://www.youtube.com/watch?v=ROS-jG0qAXU&list=PLl50gigE6yC4XZF_EzqSXNaKvIeZYFTMv)。でも、両者の比較検討はまたの機会に……。
さて、ディアギレフのバレエ・リュスの旗揚げに際して、ニジンスキーはマリインスキー劇場を辞めて参加しましたが、他にマリインスキー劇場から駆けつけたダンサーの一人、リディア・ロプコワは、後に経済学者ケインズと結婚したそうです(まあ、どうでもいいけど)。
ニジンスキーはマリインスキー劇場を辞めるため、わざとタイツの上に半ズボンをはかずにステージに立ち、解雇されたそうです。当時の男性ダンサーは、タイツの上に半ズボンを履くのが普通だったんですネ。
ドビュッシーの「遊戯」が、ニジンスキーの振付第2作であることも初めて知りました。しかもテーマはテニス。若い娘ふたりがテニスをしていると、その様子を茂みの中から伺っていた若者が登場。くどいたり嫉妬したりの諸々があって、最後は仲良く三人でダンス。作曲を依頼されたドビュッシーは、「そんなバカバカしいものに曲を書く気はない」と断りましたが、ディアギレフが倍の作曲料を提示したところ、作曲を承諾したそうです。振り付けは失われておりましたが、復元版があるそうです。これもYoutubeにあるので(https://www.youtube.com/watch?v=lovGVYNKG_I)、そのうち見てみたいと思います。
第一次大戦中の1917年、スイスのサンモリッツに移り住んだニジンスキーには、次第に精神病の兆候が現れてきます。
1919年、ニジンスキーは突然「狂気と戦争」をテーマにした作品を踊るためのリサイタルを開きたいと言い出しました。そこで同年1月19日、サンモリッツのスブレッタ・ハウスという名のホテルの大広間でリサイタルが開かれました。観客が二百人ほど集まりましたが、スキーをしにきたリゾート客だったそうです。これが、ノイマイヤーの「ニジンスキー」の冒頭とエンディングで描かれていたものですね。
スブレッタ・ハウスというのはここですかね(公式サイト)。現在もあるようです。お城みたいなかっちょいい建物です(google mapの写真)。公式サイトの(こちら)のページにニジンスキーのことが書かれているから、ここで当たりのようです。
実際のリサイタルの様子について、本書にはけっこう詳しく描かれています。ちょっと長いけど引用させていただきます。
広間の照明が暗くなり、友人のピアニストがピアノの前にすわると、観衆の前にニジンスキーが姿をあらわした。黒い縁のついた白い絹のパジャマのような衣装をつけ、ベルトはせず、白いサンダルをはいていた。バレエでは、黒いパジャマ風の上下の上に、白い帯状の布をガウンのようにまとってました。足は裸足だったきがするけど。
彼はピアノに近づいて、何かショパンかシューマンの曲を弾いてくれと頼んだ。だが、曲が始まると、彼は椅子をステージの中央にもってきて、それに腰かけ、手足を少しもうごかすことなく、じっと観衆のほうを見つめていた。(……)我慢できなくなった妻が近寄って、「『レ・シルフィード」か何か、みんなのよく知っている曲を踊って下さい」と頼むと、ニジンスキーは「邪魔をするな!」と怒鳴りつけた。だが、ピアニストがショパンのプレリュードを弾き始めると、その曲に合わせて、ゆっくりと両腕を前方に持ち上げた。指先は上を向き、掌は外向きに、つまり観客の方に向けられていた。次いで彼はその両腕を頭の上まであげ、そしてふいに、関節がばらばらになったかのように、両腕をだらりと垂らした。バレでは、ピアノが音を出さぬまま、ニジンスキーは椅子に座り続けていて、妻が声をかけるために近づこうとすると、それを制するように立ち上がり、白い布を取ってピアノの方に歩いていきます。そしてピアノのショパンの前奏曲第20番にあわせて、踊り始めました。しかし本に書かれているような動作はありませんでした。
彼自身は、そうした腕の動きによって大事なメッセージを観客に伝えることができた、と満足していたが、観客席の間にはざわめきの波が広がり、何人かは席を立った。それを見たニジンスキーはますます緊張したが、ふと、観客を楽しませてやらなければと考え、コミックな踊りを見せた。観客席は和み、ちらほら笑い声も聞こえた。バレエでも最初の踊りの後、まばらな拍手がありました。そして再び立ち尽くすニジンスキーに妻が声をかけると、ニジンスキーはこっけいな踊りをはじめ、観客が笑い声をあげておりました。この踊りの途中に、ニジンスキーのレパートリーの様々な登場人物が侵入してきて、狂気の世界へとなだれ込んでゆきました。
だが、またもやふいに彼の気分は変化し、陰鬱で真剣な表情になったかと思うと、白と黒の長い布を一本ずつ床一面に敷き、大きな十字架を作り、その十字架の頂点にあたる所に、十字架にかかったキリストのように両手を広げて直立し、つたないフランス語で、終わったばかりの大戦について、そして大戦で失われた無数の生命について説教を始めた。布で十字架を作るシーンはバレエのラストにありますが、これは実話だったんですね。
さて、ニジンスキーは説教を終えると、「これから戦争の踊りを踊ります。あなたがたが阻止できなかった戦争。あなたがたに責任があるあの戦争の踊りです」と言って、踊りはじめ、やがてあの伝説的な跳躍を見せた。踊りはどんどん激しくなり、彼の凄まじい形相に観客は震え上がり、金縛りにかかったように彼の踊りを凝視していた。ニジンスキーは疲れ果てるまで踊り続けた。これがニジンスキーの「最後の踊り」であった。この戦争についての説教、踊りの部分を膨らませて、ノイマイヤーのバレエが作られているのですね。バレエ全体が、ホテルで踊っているニジンスキーの記憶と妄想の世界なのかもしれません。
ニジンスキーの長女キラは、作曲家・指揮者のイーゴリ・マルケヴィチと結婚したんだそうな。マルケヴィチは一時期ディアギレフの愛人だったこともあるらしいです。
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